第4話 ツンドジマジカワなんですけど!

「おっじょおっさまぁ。あっさでっすよ~」


 軽快なリズムを刻みご機嫌な声を上げるナオ。当然のことながら扉は力いっぱい開かれ、バカンという騒音をこの軽快なリズムの一部に組み込む器用さを見せる。


「・・・・くっ、この朝っぱらから、毎度毎度駄メイドは・・・・・・・」


 だがその無駄な器用さとリズムはどうやらここの主にはお気に召さなかったようだった。


 白いレースの天蓋が包み込んだ大きなベッドが部屋の中央にある。日本であればここで一軒家が建ちそうな広い間取りの部屋は、シンプルながら女性らしさを思わせる内装だ。


 その大きな天蓋ベッドの中から出てくるのは、部屋のイメージとはかけ離れた呪詛の様な苦悶と怒気を含んだ呟きと、不快な朝の起こされ方に眉を引く付かせる女性の姿だった。


 だがナオはそんな女性の不快さなど気にする様子も無くずかずかと中へと入っていく。顔はニコニコと鼻歌が聞こえてきそうな雰囲気ですらある。


 ナオがベッドへと近づくと布団をがしっと掴む。


「もうお嬢様ったら、早く起きないとチューしちゃいますよぉ」


 そして勢いよくベロンと布団を捲り上げ、ナオは可愛らしい唇を突き出して寝ている少女へと顔を近づけていく。


 サラサラと流れ落ちる銀髪が妙な色気を感じさせるが、寝ていた少女はそんな美貌の少女の行動に眉間に皺を寄せる。

 少女はナオの行動を予測していたかのようにさっと手を伸ばし、ナオの頬をぐにゅりと変形させて押しのけた。


「や、やめ。気持ち悪いですわ!」

「き、気持ち悪いはあんまりじゃないですか!?」


 まるでじゃれあいの様なキャットファイトを暫し楽しむと、ナオは満足したのかすっと身を引いた。

 そんなナオに寝起きの少女はジト目を返し「こんな事なら専属にするんじゃなかった」とぼやいては、溜息を一つつきベッドからスラリとした白い脚を下ろす。


 ベッドから起き上がった少女はナオよりも少し背が高く、美しい黄金色のブロンドの髪はお尻に届きそうなほど長い。

 南国の海を思わせるようなエメラルドブルーの瞳は、年相応の愛くるしさと意思の強さを併せ持った独特の輝きを放つ。少々吊り上がりめの目が彼女の気の強さをうかがわせる。

 容姿端麗のお手本ともいえそうな整った顔立ちは、幻想的な雰囲気を持ったナオとはまた別なベクトルでの、正統派美少女と言えるものだった。


 彼女の名はカティーナ・レヴァナンス。この屋敷、レヴァナンス家の次女であり、ナオが仕える主人であり、そしてナオが最大限に興味をそそられる人物である。


 カティーナは寄行を行う従者に対して奇異の目を向ける。そんなカティーナの視線にナオはこてんと頭をかたむけた。


 正統派美少女であるカティーナから見ても、目の前のメイドの恰好をしたナオは吐息が漏れ出してしまう美を誇っている。そもそもナオがカティーナのメイドとして働くきっかけになったのはその容姿ゆえだ。

 だがナオの奇行に度々被害を受けるカティーナとしてはそれを素直に褒めることはない。

 もしかしたらそれは嫉妬なのかもしれない。だけどどうしてもカティーナはこの少女を褒めてはいけないと言う概念が奥底にある。


(そもそも行動と言動が可愛くないのよ。だけど、だけど・・・・)


 カティーナとして目の前の少女にそう心底叫びたかった。だが淑女として育てられたカティーナはそんな感情をぐっと中に押し込める。


(そんな仕草をするなんて可愛すぎて反則ですわ)


 でも内心は萌え萌えである。


 だからどんな突飛な奇行に走っても、最後には許してしまう。カティーナとはそんな甘々なお嬢様なのだ。


「着替えます。服を出してちょうだい」


 可愛らしいメイドをいつまでも眺めていたい気持ちをぐっとこらえ、すまし顔で強気な口調でそう告げると、カティーナは着ていた寝間着をその場でするりと脱ぎだした。


 カティーナはナオと同じ一五歳のまだ少女と言える年齢。同じ年で二人とも隔絶した美しさを誇っているものの、二人には決定的な違いが存在する。


 するりと落ちる寝間着は仮にそれがナオだった場合、重力に任せて足元まで一直線に落ちていったことだろう。それこそ何の抵抗も引っ掛かりも無く。


 だがカティーナは違った。


 それは女の格の違いというべきもの。


 だけどその格の違いが、今この時だけはカティーナにとって不幸を与えるものとなってしまった。


 普段であれば違っていたのかもしれない。でも今日はナオの無駄に軽快なリズムで起こされてしまった所為か、つい体がアクティブに動いてしまった。


 それは寝間着を脱ぎ捨てるのと歩き出すのがほぼ同時だった。

 先程述べたようにナオであったならば、それでも何ら問題も無く服が脱げるだけで済んだのかもしれない。

 だがカティーナは違う。

 女としての格がナオよりも上なのだから。


 カティーナの寝間着は彼女の大きく張り出した胸の双丘に引っ掛かり、最後まで落ちることが無かったのだ。


 そう彼女、カティーナは類まれな巨乳の持ち主だった。


 その結果、中途半端に脱げた寝間着は彼女の脚元に布を余すと、お約束とばかりにその裾を見事に踏んでは、綺麗なダイブを決めてしまう。


「ぎゃぷ」


 たわわに実った双丘が彼女自身の重みにより大きく押しつぶされ脇からはみ出さんと暴れる。とても淑女とは思えない潰されたヒキガエルの様な声を上げたカティーナであるが、それはほとんどが胸をつぶされる痛みによるもので、衝撃自体はほぼほぼ自前のクッションで吸収されていた。


 まるで絵にかいたようなドジっぷりを目の当たりにしたナオは、その可愛らしい口をにへらと歪ませては、


(さ、流石お嬢様。天上の如きあほ可愛ゆす)


 とても主人に抱いていいものではない評価を内心で叫びつつ、脳内にお嬢様のみだらな姿を焼き付けようと目をひん剥いて凝視する。

 しかも前世の記憶が戻ったせいなのか、同じ年のカティーナのドジっ娘ぶりが今日は何倍にも可愛く思えた。


(安定の”ツンドジ”、ごちそうさまです)


 そして眼福だとカティーナが見ていないことを良い事に、彼女に向かってサムズアップをかましていた。


 因みに ”ツンドジ”はナオの造語だ。ツンデレ、ヤンデレに変わる新しいジャンルとしてナオが考え出したもので、これは彼女がここで働くようになって一年位経った時に思いついたもの。当然この世界にツンツンとかドジっ娘などの言葉は存在しない事を考えると、意識はしていなくともナオの中で前世の記憶はどこか燻っていたのかもしれない。


 のそのそとこけた高貴なお嬢様が起き上がる。肩が震えているのを鑑みるに羞恥に耐えているのだろう。


(か、顔が見たい!!)


 そんな可哀そうなお嬢様をナオは愛でたい衝動に駆られるが、それをしてしまったら今日一日きっと口をきいてくれなくなるだろうなと、断腸の想いで断念する。


 このメイドのナオとお嬢様のカティーナは、お互いがお互いを可愛くて仕方が無いのだが、それをお互い素直に表せないこじれっぷりで今日まで過ごしてきている。


 またこの関係をお互い心地よく思っているのだから質が悪い。


「ふ、服を・・・・・」

「はい、どうぞ。お嬢様」


 だからこの関係を壊さないために、然も何もなかったと装うカティーナにナオは素直に従い合わせるのだ。

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