第18話 森から脱出できたんですけど!

「おぉ、これは思っていたよりも快適です」


 強い風に銀髪をはためかせ気持ちよさそうに目を細めたナオは、アストロフィの背中に乗り意外と柔らかい毛の感触を堪能していた。


 アストロフィはそれを嫌がるどころか、とてもうれしそうに喉を鳴らし『そうであろう』と満足げな声を上げる。



 ナオとアストロフィは青の世界にいた。


 先程まで緑に囲まれていた場所から一転、真っ青な世界を



 そう、飛んでいる。


 アストロフィは地を駆けるように、何もない空中を駆け、森の遥か上空を気持ちよさそうに疾走する。

 炎のたてがみはどうやら全く熱くないらしく、間近にいる筈のナオは平然としており空の散歩を楽しんでいた。


 飛び立った当初はそれはそれは大騒ぎであったが、順応力の高いナオは直ぐに慣れてしまっていた。


「まさかライオンさんが空を飛べるとは思ってもみませんでしたよ」


 しかもこんな軽口が叩けるほどにリラックスしている。


『そのらいおんと言うのはやめぬか。我にはアストロフィという女神様よりいただいた名があるのだ』

「ん~、だったら私ことも人の娘とか其の方って呼びをやめてナオって呼んで」

『うむ、分かったナオよ』

「それじゃあ、ん~、どうしようかな・・・・・あ!アスニャン」

『あ、アス、ニャン・・・・・・・・』


 更にこの空の旅はナオとアストロフィの距離感も近づけたようだ。こんな風に愛称を付けようと思うくらいには。

 ただこの一人と一匹(?)の会話は他の者たちには唯の美しい少女の動物への語り掛けにしか聞こえない。アストロフィの言葉は常人には唸り声としか伝わらない為、端から見れば可笑しな少女としか思われないだろう。それ以前に巨大なライオンと少女の組み合わせの時点で大問題ではある。


 そんな違和感だらけのナオとアストロフィが何故に一緒に空の旅をしているのか、それは「此畜生」と絶叫した後に話が戻る。



『其の方、確か迷子と言っていたな』


 アストロフィの切り出しにナオが「う」と唸り、「迷子じゃないやい、迷っただけだい」と違いが分からない強がりの言葉を返すがアストロフィに見事にスルーされる。


『一つ取引をしようではないか』

「・・・・・取引?・・・・・・・・魂を売るなんて絶対にしませんよ!」


 ナオは自分の体を抱きイヤンイヤンと左右に振るのだが、平坦なナオの身体は変形することも揺れることも無い。


『我はどこの悪魔ぞ。そのようなものを要求する気は無い。何簡単なことよ。我がこの森から其の方を連れ出してやる。その代わり其の方は我を今後一緒に連れて行ってくれればいい』


 アストロフィは然も簡単だろと言いたげだが、ナオにとってはこれは悪魔の誘いにしか聞こえない。


 森から出れなくなったナオにとってこの誘いは魅力的だった。既に生きるか死ぬかの選択状態に陥っているナオとしては是が非でもお願いしたい。だがその代償はあまりにも重くて困るものだ。


 「ぐぬぬ」と唸り声を上げてはナオが黙り込んで考える。


(森からは出たい。でもライオンを連れていくのは絶対無理)


 そもそもこんな巨大なライオン、どうやって飼育したらいいのか全く分からない。たかだかメイドの分際で巨大ライオンの食費を出すのも無理だろう。しかもナオが住んでいるのは公爵家が所有する別邸だ。そんなところにこの如何にも見た目が凶悪そうな獣を連れて行ってしまったら、逆に自分が追い出されかねない。


(それはお嬢様の傍に居れないということになる。むむ、それだけは絶対に嫌だな)


 この世界で唯一の楽しみが無くなってしまうのはナオにとって許容できることじゃなかった。


(でも・・・・・・)


 ナオは悩んだ。どっちにしてもこのままではお嬢様と離れ離れになってしまう。


 だがそのナオの悩みを解決いてくれたのは、意外にも問題となっている張本人のアストロフィだった。


『まぁ我が人間の世界で相いれない姿であるのは承知している。其の方が悩んでいるのはきっとその事なのだろう。だが心配するでない。それであれば解決するのは簡単だ』

「簡単?どうするんです?」

『なに、こうするのよ』


 アストロフィはそう言うと体を薄っすらと光らせた。


 すると燃え盛る鬣は消えていき、見る見ると体を縮こませて、とうとう一般的な猫くらいの大きさまでになってしまった。

 いや、ていうかまんま猫だ。どこから見ても可愛らしい白猫にしか見えない。


「おぉぉぉぉぉ!」

「んにゃ?!」


 ナオがワナワナと震えながらアストロフィに近づくと、ガシっと体を掴んで持ち上げる。驚きの声も猫になってしまっているアストロフィは、体をびろーんと伸ばしてされるがままだ。


「おぉぉぉぉぉ!」

「ふにゃにゃにゃ♪」


 奇妙な雄たけびを上げアストロフィを頬ずり。気付けばアストロフィも目をとろんとさせてご機嫌に尻尾を振っていたのだがハッと我に返ると。


「んにゃ『止めぬか!』」

「あ」


 ぴょんとナオの手からすり抜ける。捕まえようとしするナオから距離を取り、またしても光ると元の巨大ライオン擬きへともどってしまった。


「あぁぁぁぁぁぁ」


 残念そうにするナオをしり目に、アストロフィは『これなら問題無かろう』とナオの脳内に声を届ける。


 ナオは少し悩んだ。


「ばっちぐぅ」


 いや嘘だ。即決だった。


 親指を立てては良い笑顔を向けていた。さっきまでの悩みは無んだのかと言うぐらい気持ちのいい即決だ。


『ば、ばっち?つまりは良いということだな』


 ナオの謎言語に戸惑いながらも良いのだろうと解釈するアストロフィに、ナオは大きく縦に首を振った。


 どうやらナオは白猫状態の可愛さにノックアウトされたようで、それ以外の事はどうでも良くなってしまったようだ。






 それからどうやて森を出るのかとなって今に至る。


 ナオのアスニャン呼びは、変身形態のアストロフィから来ているのはまるわかりだ。


『そ、それは如何なものかと我は思うぞ』


 明らかな苦々しい声のアストロフィ、若干の焦りも感じる。でもナオは譲る気はないようで「決定、アスニャン」とアストロフィの反論を遮ってしまった。


 アストロフィは唸るもそれ以上反論してこなかった。


 ナオはアスニャン呼びが気に入ったのか、オリジナルの歌を歌いだす。


 アストロフィは最初こそ頭を抱えたい気分だったが、上記減に歌うナオの声を聞いているうちに『まぁ仕方が無いか』と諦めに口角を僅かに持ち上げる。


 その時だった。


『ナオよ、前の方から何かが来る』


 上機嫌に歌っていたナオにアストロフィが注意を促した。


 ナオは目を凝らし言われた前方を見てみると、確かに何かがこちらに向かってくるシルエットが見える。


「・・・・鳥?」


 見た感じ鳥だろうか、翼らしきものをはためかせている。


「・・・・・のわりには・・・・・でっかい、ような」


 どんどんと近づく鳥らしきもの。最初は気付かなかったが、近づくにつれその縮尺がおかしいことにナオは頬を引きつらせた。


 それはデカかった。


 翼を広げた状態だと優に十五メートルくらい有りそうだ。まだ数十メートルは離れているというのにその異常な大きさだけは良く分かった。

 その巨鳥が長く大きな翼をゆっくりとはためかせ、大口を開けてこちらへと真直ぐ突っ込んでくる。

 よく見ると巨鳥の体はまるでトカゲの様に体毛が無く、長いしっぽの先には銛のような突起がついている。


「ギャア゙ァァァァァァ!!」


 巨鳥が耳がつんざくような大ボリュームの咆哮を上げる。空気が震えるとは正にこの事か。音は波となって鼓膜だけじゃなく、ナオの全身を震わせた。


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ナオが慄きの悲鳴を上げた。


 今日のナオは巨大生物に祟られているのかもしれない。


『ふむ、あれはワイバーンだな』


 その祟ってきたうちの一体である巨大ライオンのアストロフィは、然も何でないように平然としていた。そのアストロフィから告げられた巨鳥の正体にナオは改めて慄くこととなった。


「な、なななななんでワイバーンなんているんです!竜種はもっと後半に出るのが定石でしょうが!」

『我がいたからな。どうしても強い魔力に引かれて魔物が集まってしまのだろう。現にこの森周辺には多くの種類の魔物がいるでな』

「アスニャンの所為ですか!!」


 ゲームとは違って強力な魔物ばかり出てくることにナオがキレる。そしてどうやらその原因がアストロフィの神の眷属由来の強い魔力にあるらしく、何て迷惑なとナオはアストロフィの背中に突っ込みのはり手を入れた。


『そう騒ぐでない。あの程度など我にとっては小鳥程度でしかない。どれ一つ我が役に立つということをナオに見せておくとするか。揺れるかもしれぬから確りと捕まっておれ』

「ちょ、何するおのぉぉぁぁぁぁ」


 アストロフィが加速した。

 前面から押し寄せてくる強風にナオは耐えてしがみ付くのに必死だった。その顔は初めて美少女の枠から外れてしまっている。


 間近に迫ったワイバーンは巨大だった。アストロフィが小動物に思える程巨大だった。


 アストロフィは空中を軽やかに弾み駆ける。


 そしてワイバーンと接触するか否かの刹那、まるで片手間の如きに前足を軽く振り下ろした。


「ギャガァァ、アガッ・・・・・・・・・・・」


 お互いが交差し通り過ぎる。


 するとワイバーンの巨体から頭部が無くなっていた。その首筋には四本の抉った溝がくっきりと残っていた。


 その生々しく凄惨な肉の断面にナオは顔を青くしながらも、その時の情景を確りと見ていた。そしてきっと心が色々あって壊れてきていたのだろう。


「あれが・・・・・・猫パンチ」


 ぼそりと漏れ出した感想が余りに場違いでピントがずれている。


 頭部を無くしたワイバーンは、グラリと体をかたむけせると徐々に高度を落としていく。頭部を失ってとうに死んでしまっているのだが、アストロフィはそこで終わらなかった。


『鳥風情が丸焦げになるがいい!』


 アストロフィの頭上に放電する球体が浮かんだ。


 バチバチと危険な音を立てるそれは、目を覆いたくなるような閃光を放つと、けたたましい雷鳴を轟かせ閃光となって迸っていった。


 閃光はワイバーンを突き抜け一瞬で遥か彼方へと消えていく。


 見ればワイバーンの胴体には大きな穴が開いていた。とっても香ばしい焼けた肉の香りを漂わせて。


「・・・・・マジスカ」


 ゲームの中でも強者として出てきていたワイバーンがこうもあっさりと倒してしまうとは、アストロフィの圧倒的な力に、ナオはやべぇもの連れてきちまったと改めて後悔をし始める。


(猫形態が可愛かったから勢いで良いよと言っちゃったけど・・・・・・・・これはかなりヤバいのを引き込んでしまったのでは?)


 落ちていくワイバーンの丸焼きを見ながら、ナオは今日何度目かの冷たい汗をたっぷりと流す。


『カカカカ、見たか我が力』


 そんなナオの冷や汗に気付かないアストロフィは上機嫌な笑い声をあげるのだった。





 ちょっとしたトラブルはあったものの、アストロフィの空を駆ける能力は殊の外優秀で、あっと言う間に森を抜け王都の城壁が見える位置まで戻ってこれた。


「これ以上行くと見つかりそうですから、この辺でおりて後は歩いて行きましょう」


 アストロフィの姿を見られるのは拙いと流石のナオでも分かっている。少し離れた平原に降り立つよう指示するとアストロフィは素直に従ってくれた。


 アストロフィがゆっくりと地面に降り立つ。屈んでナオを背中から降ろす。


「じゃあ、にゃんこ形態よろしく」

『その物言いにあまりしっくりとこないのだが、あい分かった』


 ライオンの癖に微妙な表情を作りながらアストロフィは光りを放って白猫の姿になる。何度見ても完全に質量の法則を無視した変身にナオが驚いていると、ぴょんと肩の上に乗っかってきた。その姿が可愛かったのか、ナオはニコニコとアストロフィの頭を撫でた。


 十分程歩くと王都にたどり着いた。そのころにはもう大分日が傾いて空が赤く染まり始めていた。


 通用門には左右に二人の兵士が立っている。ここで身分証明確認とかはしていないが不審者がいないかを見ているのだ。


 その兵士二人は門を通るナオを凝視する。とてもとても不思議なものを見るような目で凝視する。


 当然だ。何せナオはゴスロリメイド服なのだ。そんなものを着た小柄な少女がたった一人で外からやってきたのだ誰でも不審に思うだろう。兵士からすれば一時保護して色々と詰問するかどうか紙一重の怪しさだろう。だがまだ年端もいかない少女であることから兵士は辛うじて行動には起こさないでいた。


 しかしナオはそんなことなど考えもしていない。そもそっも自分の出で立ちがおかしいなどと思ってもいない。朝出てくるときも同様に不躾に見られていたのも災いした。


 それとやっとの想いで森から抜け出し帰ってこれた喜びも大きかったのだろう。


 だからナオはこの状況下では取ってはいけない行動をとってしまった。



 王都の中に脚を踏み入れた瞬間、ナオは両手を高々と掲げ上げ。


「うぉぉ、帰ってきたぞぉ!!」


 歓喜の雄たけびを上げたのだ。



 ナオはすぐさま駆け付けた兵士二人に敢え無く拘束されてしまった。

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