第17話 此畜生なんですけど!
哀愁に銀髪が項垂れる。ぐらりと今にも崩れ落ちそうなナオは、「臭い」「加齢」「体臭」と呪怨の如く呟く。
すると徐に落ちている小石を拾うと、それをアストロフィに向かってぽいっと投げた。
『むむ、何をする』
突然石をぶつけられるといったのナオの暴挙に、アストロフィは不満の声を上げるが、ナオは拾っては投げ拾っては投げ、身近な小石や砂をどんどん投げる。それは次第にスピードが増していく。
『あ、いだ・・・・・・やめ、あぶ・・・・其の方何をする、ぬわ!』
とうとうアストロフィでも無視できない威力の弾丸と呼ぶべき小石が飛ぶようになり、たまらず前足で顔を守るアストロフィは焦りの咆哮を上げた。
ナオがキッと睨む。
「な、何なんですか貴方は。女の子に対して臭いって酷いじゃないですか。そう思っても言わないでおくって言うのが優しさだと私は思うんですけど。てか、私は臭くなんかない。ちょっと森を歩いて汗が染み出ただけで、加齢臭なんかでてないやい!」
手を振り回し、頬を膨らませ、必死に抗議する。どうあっても加齢臭だけは許せないらしい。
『ま、待て、ちょっと待て。かれいしゅうが何だか分からんが、別に其の方の体臭が匂っていると言った訳では無いのだ。痛、止めて』
そして石をぶつけられていたアストロフィも必死だ。巨体をくねらせては全てとはいかないが器用に小石を避けている。その動きは正にネコ科の動物であると思えるもの。
「グス・・・・どういう事」
ようやっとナオが何でこんなことをしているのか理解したのだろう。慌てアストロフィが弁明すると、それを聞いたナオの手がピタッと止まった。よく見ればアストロフィの後ろの岩に細かな穴がいくつも空いている。それが何でできたのか考えるのも恐ろしく、それを受けて「痛い」だけで済んでいるアストロフィも大概だ。
『はぁ、まったくとんでもないものよ。我にこの様な仕打ちをすることもさることながら、色々と人として逸れているところは所縁在ると言わざるを得んな』
小石の散弾からやっと逃れることが出来たアストロフィは、ほっと溜息をついてぶつけられたところを舐めてつくろう。
『少しばかり言葉が足りなかったようだな。我が其の方から匂うと言ったのは物質的なものではない。いわば魂の匂いと言うべきものよ』
「・・・・魂?」
『うむ、そうだ。今は土に眠る種子の様に其の方の魂の奥底に隠れているが、僅かながらにではあるがその一部分が芽吹いて来ておる。それを我が嗅ぎ取った、と言うことだ』
「・・・・分かり難い」
『ふむ、簡単に言えば其の方の魂に人とは違うものを感じた。そういう事だ』
アストロフィの説明に胡乱気な視線を向けていたナオだが、最後の言葉にドキリとする。
(人と違う魂って、もしかして転生のこと?)
日本人からの転生者であるナオは、魂のワードに覚えがあり過ぎる。これはばれても良い事なのだろうかと冷や汗がダラダラと出始める。今なら匂うと言われても怒れないかもしれないくらいに。
アストロフィがむくりと立ち上がった。
座った状態でも巨大であったが、立ち上がるとその迫力は桁上がりだ。さすがのナオも太陽を隠すくらいに巨大なライオンの姿にびくりと体を強張らせた。
(どうしよう。守護聖獣とか言ってたよね。これってもしかして私は異物だとか言って食い殺されるんじゃ?)
自分が特殊過ぎることを重々承知しているナオは、立ち上がった巨獣に初めて恐怖し身の危険を感じる。置いていた模造剣を手繰り寄せては持ち手に力がこもる。
『うむ、決めた!!』
「ひ!」
アストロフィの唸り声と脳内に届く男女混成の声に、ナオは咄嗟に模造剣を構えアストロフィへと向ける。だがアストロフィはそんなナオの行動など気にした様子も無く、喉を一度鳴らすと顔をナオへと近づける。
『我は其の方について行く』
「ふへ?」
鼻先に剣先が突き刺さりそうな距離でアストロフィはナオにそう告げる。燃え盛る
ついて行く、唐突に申しだされたアストロフィの言葉に、ナオは素っ頓狂な返事を返すしかできなかった。
余りにも突然な事に脳内がうまく処理できない。深緑の瞳を丸くしては形の良い眉を歪に持ち上げる。
『ここでの我の役目はもうとうに終わっているのだ。其の方がここに現れたのはあの方の意思なのであるならば、我が其の方に付いて行くのは必然。ここより出でて共に歩もうではないか』
身勝手な申し出とは正にこの事か。そう言わざるを得ないアストロフィの物言いに、ナオの処理しきれなかった感情が苛立ちに変わって噴き出す。
「はぁ?!何言ってんです!ではないかと言われても私は困るんですよ。付いて来るなんてどうしてそうなるのです。意味不明です。理解不能です。課長の無理難題の方がまだましです!いやあれも酷かった。おのれ後藤課長、今度会ったら八つ裂きです!!」
そして思いだすのは前世での上司から受けた業務命令と言う名のパワハラ。要らない記憶の復活に更に憤慨し、真っ白な肌が真っ赤そめて胡坐をかいている膝をバンバンと叩く。
そもそもこのライオン擬きがどうして付いて来ると言い出したのかがナオには全く理解できない。しかも仮についてきたとして、こんなバカでかくてしかも燃える鬣の獣など、王都に連れていったらナオがどんな目にあわされるか分かったものじゃない。
(何なのこいつ)
ナオは前世を思い出しときよりも混乱した。森で出会ったライオンさんがデカくて会話できたくらいだったら「まぁファンタジー」で済ませられたかもしれない。
(いきなり現れて、こんな展開誰が読めるんです!?確かアストロフィって言いましたか・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?アストロフィ?)
そして混乱と苛立ちの中、ライオン擬きが名乗った名にナオは妙な引っ掛かりを覚える。
「・・・・貴方アストロフィって言いましたよね?」
『うむ、そうだ。我の名はアストロフィ。女神グランセリゼ様の眷属であり、この世界を任された守護聖獣なり』
「・・・・まじか!」
もしかしてと聞き返すナオに二度目の名乗りを自慢気に上げるアストロフィ。ただ今度のナオは最初と違って素直な驚きを見せていた。
(こいつ、ゲームには出てこなかったけど世界観の説明プロローグに出てきた奴だ)
そして思いだした。
このアストロフィが奈緒がプレイしていた【ヒロインサーガ】、そのシリーズ通して共通する世界観の中で設定上出てきていた存在であることに。
イラストも何も無く、本編には一度も出てきてはいないが、ストーリー説明のプロローグで確かにアストロフィの名前を聞いている。
【ヒロインサーガ】それはマルチ主人公のマルチエンディングのRPGと恋愛シミュレーションを合わせたゲーム。その世界観はファンタジーそのもので神の存在が定義されている。
世界の創造主である女神グランセリゼ。
創世の女神にして唯一神だ。
そしてその女神には眷属がいる。
世界の秩序を守る守護獣にしてトラヴィス王国の守り神。
(守護聖獣アストロフィ!!)
メインシナリオ内には一切出てきていないもんだから、コアユーザーであったナオですらうっすらとしか覚えていなかった存在。だが設定が設定なだけに存在していれば決して無視できない大きな存在。
まさかそんなものまで存在していたとは思ってもみなかった。しかもゲームで言えばスタート地点である王都から一番近い戦闘ステージ。サイクロプスだけでも無理ゲーだと思ったのに、まさか神の眷属なんてラスボス紛いな存在がいるのは反則もいいところだ。
「ふざけんな此畜生!!」
ゲーム上では設定でしか存在しなかった神の眷属に、そんなもの完全にキャパオーバーだ。
手にした模造剣を地面にたたきつけ、巨大なライオン擬きがびくつくほどの咆哮をナオは上げていた。
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