第19話 出所してきたんですけど!
「グスっ・・・・ズズ」
涙と鼻水を流す銀髪の美少女ナオは、複数の制服を着たおじさん達に付き添われとぼとぼと歩く。
付き添いの制服おじさん達は、何故だか鼻の頭に絆創膏やら頬に引っかき傷など皆が皆どこかしら傷を負い、哀愁漂う疲れ切った顔をしている。
少しさび付いているのか開きの悪い扉を目の周りに青い痣をつくったおじさんが押し開ける。キィ~と金属を軋ませ隙間からシャバの美味しい空気が流れ込んでくる。
「もうこんな所に戻ってくるんじゃないぞ・・・・・・頼むから」
おじさんの一人が声を掛けるが妙に最後だけ力がこもっている。
ナオはグシグシと手で涙を拭きとると振り返って深々と頭を下げた。
「はい、お世話になりました」
確りと数秒間下げた頭をゆっくり持ち上げ、重く小さな歩幅で建物を後にする。辺りはすっかり真っ暗だった。
暗がりにナオの姿が消えていくとおじさん達は長い長いため息を吐いたのだった。
ナオが出てきたのは衛兵の詰所、いわば日本での交番みたいな場所だった。
見送ったのはここの衛兵であり、ナオは今までこの詰所で衛兵たちから色々と尋問を受けていた。理由は不審者だったからである。
王都に入るなり奇声を上げた外から一人でやってきたメイド。色々と意味が分からないその人物に衛兵たちは危険を感じ一時捕縛したのだ。
ならば何故その捕まえる側の衛兵たちがこれほどまでにボロボロになっていたのか、それはナオのちょっとしたヒステリックによる事故の後遺症である。
門で不審者と思われて連れられてきたナオは、とある一室にて数人の衛兵たちから素性の確認やら質問をされた。ナオが出ていったのはそのインパクトもあって別な兵士が覚えていたこともあり、特に王都の外に出て何をしていたのかということを重点的に訊かれた。
それにナオは正直どう答えたらいいのか分からなかった。まさかアストロフィの事を言う訳にはいかない。あんな規格外な化け物を王都に連れてきたなど知られては、王都転覆でも狙っているのではと勘ぐられてしまうかもしれない。だからついだんまりとしてしまう。
またナオの荷物から模造とは言え剣が出てきたのも良くなかった。
しどろもどろで言葉を詰まらせるナオに、これでは埒が明かないと思った衛兵は保護者を呼ぶと伝えた。
ナオにとって保護者とは公爵家になる。
ナオは焦った。
こんなところにいるのがバレてはヘレナとカティーナに何を言われるか分かったものではない。
ナオは必死に「堪忍やぁ、堪忍やぁ」と懇願したのだが駄目だった。
逃れられないと観念したナオは自分が公爵家のメイドだと話した。
しかし衛兵はお互いの顔を見合わせると一斉に「嘘だ」とナオを指差し笑い出したのだ。
これが悲しい事件の引き金となってしまった。
ナオの容姿の所為かここでそれほど厳しくはされなかったが、それでもこれまでの尋問でナオは精神はまいっていたのだ。更にはいつの間にか居なくなっていたアストロフィの薄情さに虫の居所が悪かったのも良くなかった。
ナオは衛兵の失礼な笑いに憤慨しつい暴れてしまった。
ナオがただの少女だったら衛兵たちがちょっと困ったぐらいで、すぐに宥められて終わったことだろう。
だが残念ながらナオは普通じゃなかった。
石を投げたら巨大ライオンのアストロフィが焦ったくらいだ。ナオの癇癪はそれこそ暴風だった。衛兵が次々と吹っ飛ばされ、尋問室は阿鼻叫喚の堝と化してしまった。
そして気付いた時にはナオは牢屋に入れられてしまっていた。複数の衛兵の必死の特攻によって抑え込まれたのだ。
それから一時間ほどで牢屋から出された。意外と早い解放にナオは誤解が解けたんだと安堵したのだが真実は違う。
ナオが暴れ牢に入れた後、衛兵たちは正直扱いに困った。本来は公務執行妨害なのだろうが衛兵たちはこれを表ざたにはしたくなかったのだ。
あの場にいた衛兵たちが皆ナオにぶちのめされていたのだ。そんな事口が裂けても言えない。年端もいかない華奢な可愛らしい女の子に、詰所の衛兵が皆のされてしまったなど恥でしかない。
それに相手がもしかしたら公爵家に所縁在る者かもしれないというのも良くなかった。
当初は笑い飛ばしてしまったが、あの少女ならざる力と類まれな容姿はを見ていると、何となく公爵家とつながりがあってもおかしくないように思えてきたのだ。
衛兵たちは急いで公爵家に使者を送った。もし仮に公爵家とつながりがあったら、この暴行事件は逆に少女を痛めつけようとしたのではと追及されかねない。
貴族とは白でも黒にしてしまう。しかもそれが上位の公爵家となればどうなるか分かったものではない。
戦々恐々と衛兵たちは返事をまった。
そして返ってきた返答に皆が困惑を禁じ得なかった。
危惧した通り捕らえた少女は公爵家の者であった。だが以外な事に公爵家所縁のものを捕た事に対しての責任を求めたりと言うのは無く、特段文句を添えられることもなかった。
そのこと自体に衛兵たちはほっと胸を撫でおろしたのだが不思議にも感じた。
だが一番衛兵たちが困惑を覚えたのはそこでは無かった。
『その変な生き物はうちのです』
公爵家から申し訳なさそうに言われたあの少女に対する扱いに、果たしてあの少女は一体公爵家で何をしているのだろうか、と戦慄に困惑に身を震わせたのだった。
そしてほどなくしてナオは出所した。
「ナァ~オォ~」
地獄そこから沸き起こったのかの様な地を這う声がナオをビクリと震えさせた。建物を出て敷地の境界門まで来たナオは、その声を耳にした瞬間くるりと自信の向きを変える。
「衛兵さ~ん、ヘルプ、はぷ!」
そして脱兎のごとく駈け出した瞬間襟で喉を詰まらせ体が止まった。何時の間にやら背後に迫っていた赤髪の女性に首根っこを掴まれてしまっていた。
「あなた、仮にも公爵家のメイドとあろうものが、衛兵に拘束されるとはどういうことですか!」
「・・・・・・せ、先輩。これにはふかぁい事情が」
恐る恐るナオが振り返れば、メイドの先輩であり別邸のメイド長であるヘレナが。
髪色同様真っ赤に変貌した顔は正に鬼神の如し形相である。
身体能力が異常に上がっているナオであったが鬼神ヘレナからは逃れる術も無し。首根っこを掴まれたまま両足をズルズルと引き摺られて連れ去られる。
もしこれを衛兵たちが見ていたのであれば更に恐怖したことだろう。「公爵家のメイドおそるべし」と。
ほどなくしてナオは第二の連行と相成ってしまった。
「ナオ、あなた・・・・・・・・・・・」
カティーナは言葉を詰まらせ、冷めた視線を椅子に座りプルプルと震える銀髪少女へと向ける。
広くゆとりあるカティーナの私室であるが、今は潰されてしまいそうな妙な圧迫感がある。
「まさか身元引受人で呼ばれるとは私も予想外です」
カティーナの隣で畏まりつつも体からオーラを吐き出しているヘレナの視線もまた冷たい。
「そもそもどこへ何をしに王都を出ていったのですか?服をそんなに泥だらけにして、それにこの剣・・・・・・いったい何をしていたのです。察しはつきますが、ね」
「・・・・・ナオ、貴方そう言えば少し前に魔物と戦いたいなんていってましたわね。もしかして・・・・・」
カティーナとヘレナの追及は厳しかった。それはそれは衛兵の詰め所で行われたものが生易しく感じるほどに。
何より顔が近い。
おでこがくっ付くんじゃないかと言うぐらいにカティーナもヘレナも顔を寄せてくる。近距離からの冷めた視線は痛すぎるのだ。
「そ、それは・・・・」
流石のナオもたじたじだ。
「王都の外に出てまさかとは思うけど魔物を探していたのかしら?王都の周りには滅多に魔物は現れないけど、貴方本当に出くわしたらどうする気だったのかしら?」
基本魔物は森や山などにおり、その生息地域からは滅多な事では出てこない。その為道や平原で魔物に襲われるというのは起こる事がほとんど無いのだがそれは決してゼロではない。年に数回はそう言った事件もおきている。だから定期的に騎士団や軍が王都周辺を見回りをしている。
魔物とは危険な生物だ。それこそ動物などとは比べ物にならない。そんな魔物と魔法も使えない非力な女性が出くわしたら怪我ではすまい。
カティーナもヘレナもナオが戦えるなど微塵も思っていない。様々な面で奇天烈なナオだが見た目は妖精のような可愛らしい少女でしかないのだから。二人のこの怒りは失敗からくるもであり、何よりも優しさと愛情の表れでもある。
より強い愛情、だからそれが衛兵よりも追及は厳しくなるも仕方が無い事だ。
「その様子だと見つからなかったか、或いは逃げてきたのでしょうけど、まったく無謀にもほどがありますよ」
ましてやナオが魔物と戦って帰ってきたなどとは思ってもいない。こうして無事に帰ってきたのが良い証拠だと考えている。
「まったく、これはどこから持ってきたのです?」
ナオが持っていった剣を重そうに持ち上げる。模造とは言え鉄製の剣だ、それなりの重さは有る。
ヘレナは鞘から剣を少しだけ引き抜いた。
「これ訓練用の模造剣じゃないですか。これでどうにかできるとでも・・・・・・・え?」
そして半分くらい引き抜いたところでその動きが止まった。
「ちょちょちょ、何ですのそれ!」
カティーナは蒼白に顔を染めてヘレナが持つ模造剣を見る。
「ひっ」
ヘレナは慌てて模造剣を投げ捨てた。
ボスンと模造剣が落ちると、毛の長い絨毯の上に赤い染みが出来上がる。
魔物の体液だった。
それが模造剣の刀身にびっしりとこびり付いていた。
血だらけの剣を見てナオもぎょっとしている。自分でもそんなに血が付いてるとは思っていなかったようだ。
ナオはサイクロプスやアストロフィと対峙したときは必死過ぎてみていなかったみたいだ。
因みにこれは別にサイクロプスを斬って付けた訳では無い。そもそもナオは真空の刃で斬り裂いたので剣はサイクロプスに届いてすらいない。これは流れ出たサイクロプスの血が落とした剣に付いてしまったものだ。
「ど、どど、どどどどどどうして血が!」
「ちょ、ナオ、貴方本当に魔物と!?」
何とか言い逃れようと考えていたナオだったが、まさかの剣に血が付いている事態に脳内はパニックだった。
「ナオ、説明なさい!」
「い、イエッサー。自分、サイクロプスと戦ってきたであります」
ヘレナの剣幕にビクリと跳ね起きたナオは、パニックと焦りから言わなくても良い事を口走ってしまった。しかも何故か敬礼付きで。
「「・・・・は?」」
カティーナとヘレナは淑女にあるまじき間抜けな声でハモる。
一瞬何を言われたのか良く分からなかったのか、カティーナとヘレナはお互いを一度見てから再度ナオへと向いた。耳をかっぽじろうかとも思ったが、流石にそれは淑女としてしなかったが。
「さ、さい・・・・・・えっと、何を言っていますの?」
「え?サイクロプスと戦ってきました」
「それは聞こえてます」
「え、だって何言っているってお嬢様が・・・」
「そう言う意味では無くてよ。どうしてそこでサイクロプスが出るのかってきいているのですわ。あなたサイクロプスってこういうのですわよ」
カティーナはそう言うと腕を大きく広げてサイクロプスっぽい何かを象る。最後に片目を瞑って「こうですわ」と言いながら手がガオーの状態。やっているのはとても可愛らしい行動であるのだがカティーナはとても真剣だ。
ナオはカティーナのサイクロプスの真似を見て「うまいうまい」と拍手を送る。
「ちょっと聞いてますの!」
怒られた。当然だ。
「聞いてます、聞いてます」
「何だか馬鹿にされている気がしますわね。でも、ナオ。そもそも王都周辺にサイクロプスは出ませんわよ。貴方別な何かと間違っていませんの?」
「間違ってないです。ただ違うのは行った場所が森ってだけで」
「え!?・・・・・ちょっとお待ちなさい。もしかして本当なの?・・・・しかも貴方森まで行っていたというの。な、何だかどこを驚いていいのか分からなくなってきましたわ」
カティーナが頭を押さえてふらりとよろめく。ナオはまた何かやっちまったかとオロオロと目を泳がせる。
縛らう額を押さえていたカティーナが何か重大なことに気が付いたようにガタンと激しい音に椅子を跳ね飛ばして立ち上がる。
「・・・・森ですって!!ナオ、貴方まさか【獅子塚の森】に行ったのではないでしょうね?」
血相を変えてナオに詰め寄る。
「うわ!?・・・・・ん、獅子塚?」
カティーナの迫力に気圧されのけ反ったナオだったが、直後頭のうえにはてなマークがぽかりと浮かべは汚れてくすんでいる銀髪を揺らす。
(【獅子塚の森】なんてフィールド名あったかな?)
ナオはカティーナの言う森の名前に身に覚えが無かった。
ナオには前世の記憶、この世界がゲームであった記憶がある。コアユーザーだった奈緒は隅から隅まで遊び尽くしていたのだが、その奈緒のゲームの記憶に【獅子塚の森】などと言うフィールドは存在していない。
「王都の北側にある森で、この国では、特に王都に住むものであれば誰でも知っているべき場所ですわよ」
首を傾げるナオのあまりの抜けた表情にこれは知らないのかと、カティーナは呆れの嘆息をこぼし説明をする。
「王都の北の森なら多分そこですね」
「はぁ、全くナオは次から次へと・・・・・・それで、その森に行ったことは衛兵に話ていないでしょうね」
「えぇ・・・・・はい、多分」
気の無い返事を繰り返すナオに、カティーナはがくりとテーブルに手を突き頭を垂れる。磨かれたテーブルに反射するカティーナの表情は鮮明でないにしても疲れているのが見て取れる。
「申し訳ありません、お嬢様。私の教育不足でした」
そんなご主人様へヘレナは申し訳なさそうに頭を下げる。しかし当の本人はあっけらかんとしたものだ。何でこんなにも悩んでいるのかが分かっていないと言ったナオの顔にカティーナはイラっとする。
「いいわ。ヘレナの所為ではないでしょ。そもそも誰が単身で森へ出かけると思うのよ。このナオが変だっただけでヘレナに責任はありませんわ。しかし他所にばれていないのは幸いね。いいことナオ、あの森に行ったことは誰にも口外してはいけませんことよ。これは命令です、分かったですわね」
ナオに関しては今更かと、諦めが肝心だとカティーナは自らに言い聞かせ、事がこれ以上大きくならないよう釘だけを刺す。
ナオがカクカクと首を縦に振るのを確認し、妙に重く感じる体を休ませようと椅子に腰かけようと体を後ろへと傾けた。
だがしかし・・・・・。
「・・・・・ふわ!へが!!」
お尻は空を斬り、そのまま後方へとひっくり返ってしまった。
カティーナの椅子は倒れたままだった。
其の事に気付かず座ろうとしたカティーナは尻餅をついて椅子に頭をぶつけてしまった。
口をつぐんでいたナオも我慢しきれず盛大に噴き出してしまった。
因みに今日のパンツは熊さんだった。
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