第20話 ゲームと現実では違うんですけど!
「「はぐぅぅ」」
派手ではないが豪華な部屋で可憐な少女が二人頭を押さえてうずくまっていた。
一人は椅子に座り損ね、倒れた椅子に自ら頭を打ち付けた公爵家お嬢様のカティーナである。
黄金の髪をかき分けて、膨れ上がった後頭部を半泣きでさすっている。
もう一人は泥と埃に塗れているがその美しさは全く霞むもことを知らない銀髪の少女ナオ。
転んだカティーナを笑ってしまった事で鬼先輩から頭頂部に鉄拳制裁を受けてしまったようだ。
こちらは完全に涙を流し口をすぼませている。
「お嬢様大丈夫ですか」
そしてこの部屋にはもう一人、ナオとは違ったデザインの落ち着いたメイド服を着ている赤髪の妙齢の女性。メイド長のヘレナがいる。
ヘレナは助け起こした主人であるカティーナへ心配そうな視線を送る。
「だ、大丈夫ですわ」
恥ずかしかったのか、頬を真っ赤に染めたカティーナが軽く手を上げて答える。
「そ、それよりもナオ。貴方の常識の無さの方が問題ですわ。ヘレナ、悪いけどあれを持ってきてくれるかしら」
「はい、かしこまりました」
ヘレナが直した椅子へと今度は慎重に腰を落としたカティーナがヘレナに耳打ちして指示をだす。ヘレナは恭しく鮮やかな赤髪を垂らしてから静かに退室をした。
しばらくしてヘレナが戻ってくる。その手には丸めた大きな紙筒。
それをテーブルの上に乗せると紐をほどいて巻いてあったものを広げる。するすると広がっていく紙には絵のようなものが描かれていた。全体があらわになる前にそれが何であるのかは一目両全だった。
それは地図だった。
日本の精巧なものとは違ってどちらかと言えば絵画的な印象を受ける。おそらくは縮尺は正しくはないのだろうが、ただそれでもかなり詳しく細かいところまで描かれていて、まぎれもなくこの世界では上等な地図だと分かる。
「これは王都周辺の地図ですわ」
「・・・・・!?」
ナオはその地図を見た瞬間、カティーナやヘレナには気付かれない程度に息を呑んだ。
(こ、これって・・・・・)
ナオは地図を凝視する。隅から隅まで確かめるように忙しなく目を動かしている。
その表情は驚きに満ちていた。
なぜならこの地図をナオは見た事のあるからだ。
(こ、これって取説に載っていた地図と同じ)
奇しくもヘレナが持ってきた地図はゲームの取り扱い説明書に載っていたこの国の地図そのものだった。それも寸分たがわぬもの。もし違いが有るとすれば書かれている文字が日本語で無いことくらいだろうか。
「あら、地図を見るのは初めてだったかしら」
地図を凝視するナオを目にし、何故かカティーナは勝ち誇ったようにたわわな胸を反らす。カティーナ的にはナオを驚かせることが出来たのが嬉しいのだろう。
だがその行為にナオは気づいていない。ナオはそれくらい地図に集中している。
代わりに反応した者がいる。
ヘレナだ。
ヘレナはカティーナの反らされた胸を見て、誰にも気づかれないくらいそっと自らの胸を撫でると寂しそうに天を見上げていた。
「これは王都で売っている一般的な地図ですわ。防犯上王都の内部までは載せておりませんが、周辺の地形はこれでわかりますわ。それで【獅子塚の森】とはここですわね」
カティーナの白魚の様な指が地図の上をなぞっていく。ナオの瞳がそれを追うように動いていく。
指し示したのは全体的には正円に近い形をした森の絵だ。地図上にある王都から丁度真上。方位にすれば真北に相当する場所。
(確かにここはマップには描かれていたけど、フィールドとしては発生していない場所だったはず)
そこはゲームでは行けない場所の一つで、ナオが以降としていた森はそこよりも西よりにあった。こうして地図で見れば一目瞭然でも、実査の目線で見るとその違いを判断するには難しいかもしれない。
ナオが目指した森はゲーム序盤で主人公たち騎士候補生が一番最初にイベントで訪れるフィールドで、敵は序盤にふさわし弱いものしか出てこない。
だがナオが実際迷い込んでしまった森はゲームでは語られていない場所であり、この地域の人間からすれば神聖化され訪れことさえ禁じられた特別な場所らしい。
「いいことナオ。この【獅子塚の森】は我が国の守護神たる【白楼の巨獅子】が祀られている場所として、昔から立ち入りが許されていない場所なの。立ち入ることが出来るのは四年に一度の奉納祭の時だけで、それも王家とその護衛騎士のみなのよ」
その事をカティーナの説明によりナオは理解する。
(立ち入れない場所。だからゲームでもフィールドとしてでてこなかった可能性があるのか)
ある意味ゲームと現実がリンクしているともいえる内容ではあった。だがゲームと現実は違うと実感する部分でもある。
ゲームであれば決められたところにしか行けないが、現実はそうではない。場所以外でも人だってそうだ。ゲームに登場していない人物がこの王都だけでもかなりの数がいる。ナオ自身がいい例えだろう。
(これはゲームの内容を知っているからと言ってことが上手く進められるとは限りませんね)
それを踏まえたうえで今後どうしたらいいかを考えこむ。ナオ自身頭は悪くはない。どちらかと言えばいい方なのだが、今世のナオの性格が破天荒な為、周りから見るとちょっと足りない子になっているだけなのだ。
兎にも角にも、ナオの知らない事がこの世界には多いということが露呈したことになる。ナオの生い立ちが少し特殊であったため、今世ではほとんど真面な教育を受けていない。それ故今持っているこの世界の知識はゲームからが大半である。結局のところ一般常識が欠けているのは間違いない。
これからカティーナが魔王とならないよう上手く立ち回るためにはその辺りがネックとなってくるだろう。ゲームと現実との情報量の違いがナオの今後の課題となることは確実だ。
(そっかぁ、知らないとは言え守護神のアストロフィの住処に入ったのは拙ったなぁ。まさか別フィールドに踏み入れるなんて予想もしていなかったし、しかもアストロフィはこの国では神に等しい。そんなのを連れてきたのが知られたら・・・・・・・)
ナオは改めて自分がしでかした事の大きさに寒気を感じる。
(これ、絶対バレちゃダメな奴だ!)
そしてこのことは永遠に封印しようと固く決意する。
ナオがとんでもない秘密を抱え込んでしまった事に冷や汗をかいている傍らで、こちらもこちらで何かを決意した人物がもう一人いる。
カティーナである。
カティーナは地図を見てから固まったまま動かないナオをじっと見つめ、大きく頷きを入れる。肩に掛かったまるで天使の輪が広がりをみせるようにご自慢の金糸を手ですくい上げ決意ある言葉を口にする。
「決めましたわ。ナオ、貴方第一学院に編入なさい!」
それは有無を言わさぬ断言であった。
それには物思いにふけっていたナオも自分の胸に悲観していたヘレナも驚きを返さずにはいられない。
「え?」
「お、お嬢様、それは・・・・・」
だがカティーナは二人の反応など気にするでもなく優雅に足を組み替える。
「このままではナオがどんどん馬鹿になります!」
出てきたのは悪口。
「それ酷い」
ナオの眉がきゅっと寄る。
「今までも常識が無いとは思っていましたが、こうも酷いと今後取り返しがつかなくなってしまいますわ。矯正できるうちに何とかしないと、如いては我が公爵家の恥ともなりかねないですわよ。それにナオは仮にもわたくしの専属メイドなのですから、それがこんなではわたくしが恥ずかしくていられませんわよ」
更なる容赦のないカティーナの追撃にナオは涙目だ。
そんなナオを置き去りに話は更に進む。
「しかしお嬢様、ナオを第一学院に編入させるとなりますと・・・・少々厄介ではないでしょうか。仮にも第一学院は由緒ある学舎です。そこにいくら公爵家のメイドと言えど唯の平民が入る訳には」
「えぇ、分かっておりますわ。だからナオには通常枠では無く、わたくしの従者枠を使って入ってもらいますわ」
「・・・・従者枠!」
然も驚いた風のナオだが実際にはそれほど驚いていない。謂わば場のノリだ。
「そうよ。ナオ、あの学院がどういった場所かは知っておりますわよね」
その過度な驚きを見せるナオに気をよくするチョロインカティーナはここぞとばかりに鼻息を荒くする。
「う~ん、騎士と魔法士の育成?」
「ちょっと怪しい答え方ですが、概ねその通りですわ。そして魔法が使えるものは代々の血筋を受け継いでいるものが多く、つまりは貴族の子息子女が多いということでもあるのですわ。その為第一学院では一生徒につき一人だけ専属の従者を付けることが許されていますの」
今日も絶好調に指を立てて講釈するお嬢様の心地よい声を耳に入れながら、ナオはふむふむと首を振ってこたえる。
さて、この従者と制度はナオも知るところではある。だからこそカティーナが従者のことを言い出してもナオに驚きは少なかった。何しろゲーム内にもこの従者という学院のシステムが存在していたからだ。
ナオは前世での知識を思い起こそうとそっと天井を見上げる。
何故かこの世界と同じ世界観を持つ【ヒロインサーガ】と言うゲームは、大きなジャンルで言えばRPGに属するものだ。ただ普通のRPGとは違う異色ともいえるコンセプトを持っていることで有名な作品でもある。
まず操作できる主人公がマルチであること。更に大筋のストーリーは一つなのだが、選択する主人公によって話の展開が変わっていくマルチシナリオシステムを採用していることが一番の売りでもある。
故にこのRPGはやり込もうと思うと相当な時間かかる。一つ一つのストーリー自体は短く、大体一キャラで拘らずクリアしようとすれば十五から二十時間くらいでできるようになっているが、キャラの数の多さとそれぞれの分岐の存在で、コンプリートを目指そうとするとトータルプレイ時間はとんでもないものになってしまう。
更にもう一つの売りがこのプレイ時間に拍車をかける。
ヒロインシステム。それはストーリーの進行過程で恋愛パートが発生し選択肢によりイベントと相手の好感度が変わっていくシステムで、好感度が基準値を越えるとそのキャラと恋人になれるというもの。
そしてこれがなかなかの異色ぶりを見せている。
主人公になるキャラは男女それぞれ複数いて、どのキャラクターも恋愛パートが存在する。
当然恋愛であるのだから女性キャラであれば男性キャラを、男性キャラであれば女性キャラを、そう思うところが普通なのだが【ヒロインサーガ】は違っていた。
「誰でもヒロイン」そう掲げたコンセプトにより、主人公が男性だろうが女性だろうが関係なく全キャラクター攻略が可能となっているのだ。
つまりは男と男、女と女というカップリングが可能という事。
その為このゲームはR15指定を受けることになったのだは、これが一部のコアユーザーからは絶大な支持を得るものとなっていた。
奈緒もその一人だった。
実際ナオはゲーム内にて魔王となるカティーナを除く全キャラクターをコンプリートしているのだからそのドハマりぶりは言うまでもない。当然それは男性キャラを使って男性キャラとカップリングした、ということでもある。因みに奈緒は買ってきて真っ先にそのパターンを楽しいんだ。
そんな【ヒロインサーガ】だが、主要登場人物で唯一操作できないキャラクターがいる。それが魔王となるカティーナだ。
裏のラスボスとして登場するのだから当たり前ではあるのだが、実はこれにも隠し要素があり、操作は出来ないが攻略は出来るとネットで話題になっていた。
噂の発生源はどうやら開発者の一人だそうで、あまりにカティーナの攻略情報が出てこない事に業を煮やしたその開発者は自らヒントを出したのだという。
ただどのキャラでどのストーリーを通ればカティーナが攻略できるのか、それはネット上でも謎のままであった。
全キャラで可能なのか、或いは特定キャラだけなのか、その全貌は全く明かされずただカティーナも攻略対象だとリークされただけだった。
(確かに補助パーティー要員として従者システムがありましたね)
ナオはそんなゲーム知識を思い出しつつ、カティーナが言う従者について考える。
ゲームの中で従者は確かにいたのだが、それが学院内どんな存在であるのかは触れられてはいなかった。単体のストーリーを短くしないといけなかった弊害なのかもしれないが、従者に関してはプレイヤーが選べる便利な助っ人キャラクター的な位置づけでしかなかった。
(なるほど、それが現実となるとこういった設定となってくるわけですね)
ゲームの世界では唯のお助けキャラの選択でしかなかった従者制度も、現実となればそれなりの理由と役割が発生する。
ナオがゲームとの違いに納得とも感心ともとれる評価をしていると、カティーナの発言から難しい顔をしていたヘレナが口を開いた。
「しかしお嬢様、従者となるには魔法士を補助できる力ある者がならないといけないはずです。従者は魔法士の剣であり盾であらねばなりません。その役目をお嬢様はナオにやらせるおつもりなのですか」
細く意思の強そうな眉を潜めたヘレナは難色を示す。だが、カティーナは平静にそれを聞き届けると首を横に振った。
「わたくしはナオにそのような事を求めたりいたしませんわ」
「それならば・・・・」
「ですが、ナオには隣にいて欲しいとは思っておりますのよ。例えそこに力が無くとも、どれだけお馬鹿であろうとも、ナオはわたくしの専属メイドなのです。その事はこれからも変わることはありませんわ」
凛とした佇まいで信念の如し意思を露わにするカティーナは、誰しもが見惚れてしまうくらいに美しく見えた。
そこには椅子に座り損ね頭を打ち付けたドジはお嬢様などいない。ましてや熊さんパンツなど穿いていることなど想像も出来ない。
その堂々とした言には苦言を呈したヘレナももう何も言えないと軽い歎息と微笑みをこぼすしかなかった。
ただナオとしては若干物申したいところがあるようだが、それでもカティーナの気持は素直に嬉しかったのか目をキラキラと輝かせている。
「ですから、わたくしはナオを従者として学院に編入させ、恥じない程度の常識を身に付けさせようと思いますわ」
「おぉぉぉぉ」
決意を拳に張り出す胸の前でギュッと握りしめるカティーナにナオは拍手で応じる。
「それに、ナオがサイクロプスと戦えるって言うのなら従者ぐらい楽にこなせるでしょ」
そう言って悪戯を企てる子供のような目をナオに向けるのだった。
結局ナオへの詰問は余りにもナオが無知だということで終わりとなった。【獅子塚の森】然り、サイクロプス然り、カティーナやヘレナは何かと勘違いしているのだろうと無理矢理に結論付ける。
やっと解放されたナオは汚れた体を風呂で綺麗に洗い流し、心身ともに疲れた体を休めようと自室に戻る。
『ナオよ遅かったのではないか』
ドアを開け正面に見えるベッドの上には今日のナオの厄日の一端を担った存在がさも当然のように鎮座していた。
全身がくすみの無い純白の毛におおわれた猫。いつの間にやらどこかに消えていなくなっていたアストロフィの変化した姿がそこにあった。
それがすぐにでもダイブしたいベッドの上で太々しくも欠伸をしているではないか。
何時の間にそこにいたのか、そもそもどうやってその場所がナオの自室だと分かったのか、疑問に思うことは色々とあるのだが、ナオは苦々しく奥歯を擦りながら恨めしさを込めてアストロフィにこう吐き捨てた。
「この裏切り者」
と。
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