第21話 王子様が現れたんですけど!

「よろしくお願いいたしますわ、先生」


 黄金の髪を弾ませて優雅なお辞儀をするのは公爵家の次女のカティーナである。

 彼女は今出てきた部屋には『教務室』と掛かれたプレートが付けられている。ここは王都にある第一学院の教官が務める場所、日本でいえば学校の職員室にあたる場所だ。


 カティーナこんな場所に訪れたのは別に悪さをして起こられたとかではない。彼女はいたって優秀な生徒であり、教官たちからは模範的な生徒として眼を掛けられている。

 では何故に訪れたのか、それはナオの為である。ナオを第一学院に編入させるにあたって、その手続きの確認にやって来ていたのだ。


 自身の担任教官と話を終え必要書類を手にしたカティーナは、学院指定のフレアスカートを花咲かせるように広げて身をひるがえし廊下を戻る。その足取りはいたって軽やかだった。


「先生に話も通しましたし、あとは書類を纏めて提出するだけですわね」

「おや、カティが教務室に来るなんて珍しいんじゃないか」


 書類を捲り眺めながら歩いていたカティーナに一人の男子生徒が話かけてきた。


「・・・・あら」


 カティーナは誰がと振り返ると、その男子生徒が見知った人物であったため薄い笑みを浮かべる。美しき少女の笑顔は誰もが見惚れる華やかさががあったのだが、残念ながらこの場には声をかけた男子生徒しかいない。


 オレンジに近いブロンド髪の男子生徒はカティーナと並んでも何の遜色もない程端正な容姿をしている。身長もカティーナより頭一つ半ほど高く、ただ立っているだけなのにそこはかとない高貴なオーラが溢れ出している。


「ロバート殿下ではありませんの」


 カティーナに名を呼ばれ優雅な笑みを浮かべる彼の名はロバート・ディル・アルタ・トラヴィス。


 このトラヴィス王国の第二王子であり、カティーナの同級生である。


「殿下はやめてくれないか。この学院では皆が同じ騎士候補生なのだ。そのままロバートで構わないよ」

「それはご高尚な考えですわ。ですがこれはわたくしの常のものですので、申し訳ありませんが変えることは難しいですわ。ですのでせめて様呼びが限度ですわね」

「カティ、君は変わらないね。ところでこんな所へ何の用だったのかな?」

「まぁ、こんな所とは酷いお言葉ですわね」

「茶化さないでくれよ」

「クスクス、それは失礼しました。そうですわね、担任教官にお願いと報告がございましたので寄らせていただきましたわ。わたくし従者を編入させようと思っておりますので、その手続きなどを」


 廊下で立ち話をする二人。それなりに親しみがありそうな会話であるのだが、お互いどこか固さを感じる。


「こうして立ち話も楽しいのだが、どこか移動してはなさないか。ボクと君がここにいたら・・・・・・皆が通り難そうだ」


 二人の周囲には人がいなかった。いやどちらかと言えば近寄れないになるのだろう。何しろ二人は王族と公爵家、それこそ国の上位に位置する者たちなのだ。その二人が廊下で話をしている所を通ろうと思う様な愚行な人間は恐らくナオくらいしかいない。現に廊下の先には二人の様子を窺っている生徒たちが数人いる。


「そのようですわね。申し訳ない事をしてしまいましたわ。でもわたくしロバート様とこれ以上お話しすることは特にございませんわよ」

「そ、そうか」


 残念そうにトーンを落とすロバート。


「えぇ・・・・・あ、そうでしたわ。わたくしロバート様にお聞きしたい事がございましたわ」

「そ、そうか!」


 嬉しそうにトーンを上げるロバート。


「ならばテラスにでもいこうか。カティ、君は食事は終えたのかな?まだであればそのくらいはごちそうするよ」

「まぁよろしいですの?身分を排除されたのです、レディーファーストも気になさらずとも良くてですわよ」

「ははは、流石にそれは君のと同じくボクの常だからね、出来ない相談だよ。では行こうか、カティ」




 第一学院はその性質上貴族関係の者が多く在籍している。

 それ故に設備も貴族が使うことを前提に作られている部分が多い。

 日当たりの良いガラス張りのホールもその一つ。学院の職員や学生たちが食事をとるためのテラスであるが、名目上ここを使用することに制限は一切設けられていない。だが実際には貴族しか使っておらず、平民は滅多に立ち寄ることはない。


 そんなテラスの中でも二階席は更に特別な意味を持っている。基本使用が自由であるテラスではあるが、この二階席だけは別であった。


 一際豪華なその席は王侯貴族やこの学院でも有数の実力者しか使うことが許されていないのだ。


 学院に認められた一部の者たちだけが使用できるその席で、第二王子であるロバートと公爵家令嬢であるカティーナが優雅な食事をとっていた。


「食事を取り乍ら話に興ずるのはマナー違反だけど、時間は有限だ。カティ、君がボクに訊きたいことが何であるか教えてくれるかい」


 まるで晴れ渡る空の様な透き通るスカイブルーの碧眼が流れるようにカティーナを見つめる。切れ長のロバートの瞳は見つめられるだけで意のままに操られてしまいそうになる魅力がある。


 だがそれを見返すカティーナの、南国の海の様な碧がかったエメラルドブルーの瞳もまた負けず劣らずの魅力で打ち返している。


 お互いの視線が交錯した一拍の後、カティーナはナプキンで口元を拭う。


「これは興味の話ですわ」


 そして前置きの言葉から語り始めた。


「王家が祀っている【獅子塚の森】。そこにはどのような魔物が住んでいるのかしら」


 カティーナのその問いかけがあまりに以外だったのか、ロバートの切れ長の瞳が丸く開かれる。しかしそれは一瞬のこと、ロバートはすぐさま平静さを取り戻すと意図を探ろうと言葉を選び始めた。


「それはまた、どうしてそんなことを訊くのかな?」

「特にこれと言った意味はございませんわよ。先に言った通りただの興味、ですわ」


 何かを勘ぐるようなロバートをカティーナはするりと掻い潜っていく。


「これでもわたくし達は騎士候補生ですから、王家しか入ることのできない領域だとしても、魔物がいるのであれば知識としては入れておきたい、そう考えるのは当然の事ですわ」

「ふぅん、勤勉だね。さすが、レヴァナンス家てことなのかな。まぁいいよ、君がそう言うのであればボクの知っていることは教えよう。それ自体が別に秘匿って訳でもないからね」


 ロバートが手を上げると学院直属の給仕がテーブルまでやってくる。ロバートはコーヒーとダージリンティーを注文する。

 幼馴染であるが故にカティーナの好みはある程度把握している。その辺りの気配りやそつの無さは高貴なものとして標準装備されているようだ。


「さて、【獅子塚の森】の魔物だったね。とはいってもボクもあの領域に入ったのは一度しかないからね、それほど詳しい訳じゃないよ。基本近衛騎士が討伐してその後をボクたち王族が入っていくから、実際魔物と出会ったことも無いしね。ただ知識としてどういったものがいるのかは教えられている。カティはあの場所がどんなところであるかは知っているよね」

「ええ、存じておりますわ。この大地の守護者にして女神様の眷属であられる【白楼の巨獅子】、その御霊が眠る霊廟が祀られた場所ですわ」

「その通り・・・・あぁ、ありがとう」

「・・・・・は、い、いえ。失礼いたしました」


 若い女性給仕がワゴンに注文した飲み物を乗せて運んできた。

 ロバートが爽やかな笑みを浮かべてお礼を述べると、女性給仕は頬を染めてはロバートに見惚れ呆けてしまう。


 カティーナがその様子に苦笑いを浮かべていると「どうぞ」とロバートが手を差し出した。「いただきますわ」とカティーナはダージリンティーの香りを楽しんでから口を付ける。


 ロバートも喉をコーヒーで潤すと話を再開させた。


「えっと、あの場所がどんな場所かって話だったね。カティの言う通り聖獣様の御霊を祀っている場所になる。聖獣様はこの大陸全土を守護していたと言われるほど強大なお力を持っていたとされている。その為あの霊廟のある領域は濃い魔力で溢れていてね。他の領域と比べて魔物が強くなりやすい場所なんだ」

「ロバート様も霊廟には尋ねられたことがあるのですよね。でもその言い回しですともしかしてロバート様は聖獣様には逢われたことは無いのですか?」

「うぅん、その辺りはボクからは何も言えないかな。ただ霊廟の名を聞けば想像はできるだろ」


 アストロフィが住んでいた【獅子塚の森】と王国が呼んでいる場所には王家とその護衛しか入れない。それは建国時に初代国王となるアルセーヌと守護聖獣アストロフィとの間で取り決められた為とされているが、実際どうしてなのかは国民には知らされていない。

 だから場所として有名であっても、その場所自体どういったところなのかは王家以外はほとんど知られていないのが実情である。


 そこにあるとされる『霊廟』。


 その言葉が意味するところは墓である。


「はっきりしないのは残念ですわね」

「ははは、悪いね。でも分かるとは思うよ」

 

 意味深な発言をするロバーとであるが、彼がこういう発言をするのは昔からである。カティーナが特別であるかどうかは別として、ロバートはどんな相手であっても似たような態度をとる。しかし女たらしという訳では無い。当人が自覚しているかどうかは分からないが、こういった言動は特段口説こうと思って発している訳では無く、一つの可能性がある事実として述べているだけなのだ。

 ロバートの容姿と立場を考えると非常に頭の痛い事ではある。


 そんなロバートを知るカティーナであればこそ、この場を笑って誤魔化す程度で済んでいるが、他の貴族子女に同様の対応をした後などは、王宮の秘書官たちは天手古舞に踊らされることもしばしばなのだ。


 興味は尽きないがこれ以上はロバートも核心は話さないだろうと、カティーナは話を本来聞きたかった方向へと戻した。


「それで、強い魔物ってどのようなものがおりますの」

「そうだね。報告で上がってきていたのはワイバーンかな」

「ワイバーン!亜竜種までいるのですか」

「ああ、それ以外にもトロールであったり双頭狼だったり、どれも大型の魔物ばかりだね。時には小型の魔物もでるらしいけど、それでも他と比べると格段に強くなっているみたいだよ。後はそうだね、サイクロプスなんかも出るって言ってたかな」

「っ!・・・・・サイクロプス」


 そして出てきた情報にカティーナは表情を歪めた。


 ロバートに態々訊いたのはナオの言っていた事がどこまで本当なのかという真偽だ。


 夜にナオから話を聞いて勘違いだろうと結論付けはしたもののどうにも気になっていたのだが、ロバートに声を掛けられたことで丁度良いと確認を取ろうとしたのだ。


(あの子本当に・・・・・)


 まさかと思いながらも訊いてみた答えにカティーナは頭を痛くする。奇しくもナオの証言が裏付けされてしまった事に軽い眩暈すら覚える。


(でも知識で持っていただけで本当は行っていないかも・・・・・て、それこそないわね。あの子そもそもそう言った嘘がにがてだし、知識を持っている方が荒唐無稽だわ。これはナオを勢いで従者にしてしまうと言ったけど正解だったかしら)


 放置するより管理した方が良いだろうとカティーナは結論付ける。


 仮に本当にサイクロプスと戦ってきたのであれば、ナオが戻ってきたのは逃げきれたか或いは勝ったかのどちらか。魔法が使えないナオが勝てるとは思ってはいないが、それでもサイクロプス相手に生き延びたことは評価に値する。サイクロプスは正規の騎士団が小隊で当たるような魔物なのだから。


 この事実はカティーナにとって悪い訳では無い。メイドのナオがそんな無謀な行為をするのは忌々しきことだが、戦闘訓練を積んだものとなれば話は変わってくる。


 それにカティーナはこれでもいずれ騎士となるのだ。


 そう考えれば傍らに信頼のおける者が近くにいてくれるのは心強い。


(常識を教えようと思ったのだけれど、もしかしたら本当の意味で従者になるのかもしれないわ)


 そうなったらいいなとカティーナは嬉しそうな笑みを浮かべた。


 その笑みを見つめる人物がいる。


 第二王子のロバートだ。


 カティーナが思考に飲み込まれている間放置された形となっていた。ただ本人は楽しそうなので問題はなさそうだが・・・・・。


 そのロバートが口を開いた。


「ところで、カティ」


 一部の者しか呼ばないカティーナの愛称を口にする。


 カティーナは思考の中から戻ってくる。


「何でしょうか、ロバート様」

「従者を編入させると言っていたね」

「ええ、そうですわ」

「君はボクたちと違って入学してからずっと従者を決めていなかったけど、どうしてこの時期に」

「いえ、大した理由はございませんわ。ただ単純にそのものとから、隣に付いていられる従者にしようと思ったのですわ(あと、常識が足りないからですけど)」


 カティーナは毎度毎度とんでもない事をしでかす専属メイドの事を思い出す。カティーナが受けた被害も数多いのだが不思議とナオに対して不快感は持っていない。ナオと一緒に居ればカティーナはどんな時でも楽しいのだ。

 そんな破天荒なナオを思っていると自然とやさしい笑みがこぼれてくる。それはそれは見とれてしまう程美しい笑みが。


「・・・・・・・それは、男、なのかい?」


 女神を彷彿とさせるカティーナの笑みに複雑な表情で相対するロバートは、重苦しくも問いかける。


「女の子ですわよ・・・・・・・・・何故そのような事を聞いてこられるのですか?」


 ロバートの問いにカティーナは眉を顰め、訝し気な視線を向ける。


「そ、そうか、女性なのか。きっと君の事だから連れてくるのは綺麗な子なんだろうね」


 あからさまに態度のおかしいロバートにカティーナの視線が鋭くなる。


「ロバート様・・・・・わたくしの従者に手を出さないようにしてくださいまし。もしちょっかいをかけるようでしたら、流石のわたくしも相応の態度を取らざるを得ませんので」

「いやいや、そんな事ボクはしないよ」


 笑顔で手を振るロバート。どうにもカティーナにはそのしぐさすらも軽薄な態度に思えて仕方が無い。


 ロバートのこういった性格は昔から変わらない。カティーナ自身が固い性格なので昔から受け入れ難い部分である。それが頑なに様付けする言葉の隔たりに繋がっているのだろう。


「お願いいたしますわ。あの子は普通の・・・・・・んん、あまり世間にもまれていない子ですので、ロバート様に気軽に接してこられてしまうとどうなるか分かりませんので」

「気を付けておくよ。おっと、もうこんな時間だね。じゃあボクはお先に失礼するよ。カティも授業に遅れないようにね」


 分かっているのか分かっていないのか、軽く手を上げてその場を去っていくロバートの後ろ姿に、カティーナは溜息をこぼした。


「まったく、結局のところあの方は何を知りたくてわたくしを誘ってきたのでしょうか?やっぱりわたくしの従者が女性かどうかが気になっていただけとか・・・・」


 やれやれと首を振って立ち上がると、カティーナもテラスをあとにした。



 カティーナ・レヴァナンス、一五歳。


 【ヒロインサーガ3】で発売されてからしばらくたっても誰にも攻略されず、恋愛パートのイベントすら情報としても出てくる事の無かった存在。


 難攻不落はゲームだけでなく現実でも起こるのか。


 彼女は分かりやすいロバート心情を慮る事すら出来ない、鈍感系少女であることは間違いない。


 しかしそれも致し方ない。


 何しろ彼女は恋というものを未だ知らないのだから。


 ゲームでも現実でもカティーナが幸せになるための道筋は未だその姿すら確認できないままである。

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