第24話 意味ありげなんですけど!

「本気で行かれるおつもりですか!?」


 壮年の男は語気を強めて声を上げた。だがその愁いた目には相手を労わる優しさが感じられる。


「方々探しつくして手がかりが無いのだからな、国内にいないとなれば他国を探すのも必要だろう?それに・・・・・・・・あの噂も気になるしな」


 若い男。まだ二十にも届いていないだろう青年は、重たげな大きい背嚢を背負い直しながら壮年の男に対して然も事無げにそうきり返す。全身を覆う外套でその顔は確認できないがきっと苦笑いを浮かべていることだろう。


「『魔に愛されし光の娘』でしたか?若いながらに三属性の混成魔法が既に使えるとか、どこまでが本当なのか分かりかねますが全属性に適性を持っているともいわれていますな。事実であるならば放置すれば我が国にとっていずれ脅威にはなることだけは間違いないのでしょう。しかしながらその者の情報を聞いた限りではであるとは思えません。確かに類似点は感じなくも無いのですが、それでも可能性は低いもの。それにその者の調査にはポルリッチ卿が動いているはずです」


 壮年の男がそう話すと若い男は明らかな不機嫌さを顔に出す。


「よりによってあの老害か、あのクソ親父は知っていて回したんだろうが・・・・・チッ、なおの事俺が行かないと駄目だな。ポルリッチの性癖を考えれば何かやらかしかねないからな」


 若い男はポルリッチとなる人物を思い浮かべては、それがいい方向に向かわない事を想像し舌打ちをした。

 壮年の男は自分が行くときかない相手にどうしたものかと眉根を寄せる。その表情を見た若い男は先程まで不機嫌さに細めていた目を僅かに緩めた。


「そんな顔をするなグラハムス。俺も可能性が限りなく低い事は分かっている。それに俺の酔狂で皆に多くの苦労をかけていることも、な」

「そうお思いなのであれば・・・・」

「それでもな、グラハムス。俺は確かめてみたいんだよ。まぁ本当にのかどうかも分からない、生きていたとしても『魔に愛されし光の娘』がそうだとは限らない。唯の噂話だけで踊らされた馬鹿な男だと最後は笑われて終わるかもしれない。実際俺も半信半疑・・・・・いや本当は《彼女》はもう居ないのだろうと思っている節もある」


 若い男は自傷気味に笑う。何故こんなにも執着しているのか自分でも分からないと肩を竦める。


「それでも可能性があるなら俺は行く」


 若い男はまるでそれが自分の使命なのだと言わんばかりに外套の奥で強く瞳を光らせる。その眼光にグラハムスと呼ばれた壮年の男は僅かに気圧された。


「し、しかし何も御身自ら向かわずとも別なものに任せても良いのではないのですか。もし彼の国で何かあればそれこそ取り返しがつかなく・・・・」

「それには及ばんさ。俺に何かあってもあのクソ親父は動くことは無いだろうからな。もしかしたら清々したと喜ぶかもしれないぞ。或いは何か問題を起こすのを待っているのかもな。そうでなければポルリッチなど使わないだろう」

「・・・・御戯れを」

「ふっ、グラハムス。お前のその間がそうだと語ってるぞ」

「・・・・・・・・」


 グラハムスは若い男の弁に口を瞑んだ。


「お前は心配し過ぎなんだよ。今はあの国とそこまで緊張状態にはなっていないし、俺の顔がわれている訳でもない。別に向こうに行って暴れようって話じゃないんだ。あの国に行って噂のが何者なのかを確認するだけだ。それにな、今は良くてもこれからはどうなるか分からない。あの親父がこのまま大人しくしているとは思えないからな。色々と人を動かしているとも聞きおよんでいる。もしかしたら数年の内に事を起こしかねないからな。そうなってからでは何も出来なくなってしまうし、もしその者がでなかった場合、敵として知っておくのは無駄ではないだろ?」

「・・・・・確かに。ここ最近の動きはどうにもきな臭い部分があります。諜報も裏で何やら忙しなく動いている様子」

「事がなしてしまってからではもう動けない。だからその前に可能性があるものは全て調べておきたい」


 若い男の口が弧を描く。


「後から後悔するなど愚かな者がすることだ」


 若い男の意気込みが本気であると知れば知るほど、グラハムスとしては不思議に思えてならない。男がを探すことにそこまで執着する理由があまりに不透明過ぎるからだ。


「どうしてそんなにも執着なされるのですか?お会いになったことも無ければ、かの話をお聞きになったのはほんの幼い子供の頃でしょうに。況してや存在しているかどうかも怪しげな神託と称する不確かな言葉のみ。私には分かりかねます。貴方様ほどの方が何故にそのような戯言に何年も費やされるのか」


 ことの発端は教会で起こった騒動からだった。

 若い男はその時から取りつかれたようにを探し、何度も危険な目にあいながら未だ諦めることをしない。


「・・・・戯言、か」


 若い男はクスリと笑った。


(確かにそうなのかもしれないな)


 若い男とて全てを信じている訳では無い、どちらかと言えば全て嘘ではないかと疑っているくらいだ。それを本人も良く自覚をしている。自らの行為を酔狂と思うほどには。


 だけど、と若い男は口を開く。


「グラハムス、お前は自分の中で何かが足りないと思ったことは無いか?」


 己の頭がそれをどれだけ嘘だと考えていても、諦めることを、それ自体否定しきることを心が拒んでいる。


「それはまた唐突な質問ですね。私に足りないですか?そのようなものなど幾つもありますよ。常に足りないと思うからこそ鍛錬に励み己を鍛えて埋めていくのですから」

「ふっ、真面目な奴だ。だが、そうだな、俺も足りないものだらけだ。年を追うごとに自分の未熟さや至らなさを痛感させられるよ。でも、俺が言いたいのはそんな事じゃない。どんなに努力しようと自分を高めようと決して埋まらない穴が開いてるんだ。何をしても満たされず常に空っぽ状態さ」

「それを満たすのがだと?」

「あぁ、俺はそう信じている。疑うべき神託、居るのかどうかも定かじゃないのは百も承知だ。それでも俺は逢えるのであれば逢ってみたいんだよ。逢って確かめたい。それが俺を満たしてくれる存在であるのかを・・・・・・・それにな、これは俺に対する贖罪でもあるのだよ。を巻き込み守ることが出来なかった愚かな男への。だからこれはただの自己満足なのさ。もしかしたらそれで許されたと自分が思った時に穴が埋まってくれるのかもしれないな」


 出会えたならばどんな気持になるのだろうか。満たされない心が埋まってくれるのだろうか。若い男は渇望という渇き切った思いに一滴の水を求めるが如くその存在を探し続けてきた。


になりますか」

「・・・・・・あぁそうだな。お前はあった事があるんだったな」

「はい、生まれたばかりの一度だけではありますが・・・・・・・・・噂に違わぬ『輝ける子』でしたね。その白さに彼女自身がまるで光を放っているかのようでした。健在でしたらさぞかし美しく育たれたことだろうと思います」

「・・・・・・そうか。『輝ける子』に『光の娘』か」

「・・・・・あの事件はお会いになる前日の事でしたか。そうだといいですな」

「・・・・・・・・・悪いがグラハムス」

「えぇ、仕方が無いですね」


 若い男が見上げるとグラハムスがワザとらしく肩を竦ませてみせる。


「そこまで言われてしまっては男として何も言えませんな」

「悪いな・・・・・・・留守は頼む」


 若い男はグラハムスの肩に手を乗せ、申し訳なさげに目尻を下げる。


 グラハムスは片膝を着いて若い男に傅いくと、片腕を胸の前に持ってきて首を垂れる。


「はっ!道中お気をつけて」

「あぁ、行ってくる」


 グラハムスに見送られ若い男は傍にあった魔導車へと向かう。それは人が乗り込むタイプのものでは無く、馬に乗るかのように中央の座席へと跨り乗るもので、屋根も無ければタイヤもついていない。全体としては流線形のフォルムに重量感のある車体は艶が消された黒色で統一され、その見た目はまるで漆黒の闇に包まれた大狼を連想させる端整さがある。


 ハンドル中央に男が手を翳すと碧白い光の魔法陣が浮かび上がった。すると車体がフワリと持ち上がる。

 男がペダルを爪先で踏みしめると車体は「フォーン」と音を立てて進みだした。

 その加速はすさまじい。

 グラハムスを置き去りに数舜の間で見えなくなってしまう程。


 『魔導モービル』そう呼ばれる乗り物を操作しながら若い男はゴーグルを装着する。

 

 時はまだ夜が明けたばかり。


 広大な平原の遥か先から太陽が半分姿を現していた。


 男は目を細め煌々と照りだす太陽を見つめる。遮光の効いたゴーグルでもその輝きに直ぐに目がくらんでしまいそうだった。


 だが男は目を逸らすことはしなかった。


 男は徐に手を伸ばすと、まるで太陽をつかみ取るかのように握りしめた。


 それから男はペダルを更に強く踏み込み、激しく外套をはためかせて地平線へと消えていった。

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