第10話 剣の才能に覚醒したんですけど!

 ナオが前世の記憶を取り戻してから数日が過ぎた。


 記憶を取り戻したその日以降ナオにこれと言った変化は無く、今までと変わらぬ生活を送っている。カティーナに対するナオの奇行も相変わらずではあるが、それは以前からの事でもあるので少なくとも公爵家の別邸にいる面々が、ナオに不信感を抱かれることは無かった。


 だがそれは誰も気が付いていないだけ。


 誰も見ていないところでは、着々とナオに変化の兆しがあった。



 皆が寝静まった月夜の時間帯。ナオは一人屋敷から抜け出す。

 黒いメイド服でまるで忍者の衣装の様に闇夜に紛れ。月と同じ色で輝く銀髪を颯爽と風になびかせ、ナオは音もたてずに屋敷の敷地内を走り抜けていく。

 その手には長い棒らしきものが握られているが、荷物らしいものはそれだけであとはなにも持っていない。

 きっとその姿を見ればナオの事を侵入してきた賊としか思えないだろう。


 当主が居ないと言えどここは公爵家の別邸である。当然のことながら門番もそうだが夜間の警備を行うものが配置されている。


 だがナオはどこで覚えたのか、巧みに警備の人間に見つからないように駆け抜けていく。良く刈られているとは言え少なからず生えている草や、防犯用に敷かれた音の出やすい砂利の敷き詰めもものともせず足音を一切を立てることが無い。その無断に長けた隠密性は一流の間者か暗殺者のようだ。


 闇に紛れる黒装束のメイドは、すんなりと三メートルはあろう公爵邸の塀を飛び越え敷地外へと抜け出していく。


 警備の物は誰一人として隠密メイドに気付くことが出来ずに。



 街の端にあるとある憩いの場。開放的な景色と気持ちの良い芝は近隣の住民の憩いの場として慣れ親しまれている。

 夜になるとまた趣が変わり、柔らかな外灯の光が道や木々を照らし夜に彩を添える。それは夜空を邪魔するどころか一層引き立て、昼間とは全く違った空間を作り出す。恋人たちの語らいを後押しするようなロマンチックさを演出する。


 その公園の深夜の時間帯。もう人気が無くなったひっそりとした静けさの中、ヒュゴっと場違いな不気味な音が鳴り響く。


 広々とした緑地に外灯の薄明り、そこに浮かび出るのは一人の少女の姿。闇夜に紛れる黒いドレスを身にまとい、まるで天の川が地上に落ちてきたかのように外灯の灯りを反射させる銀の流麗をなびかせる。


 闇夜にメイドが流れるように演武を舞い踊っていた。


「ふむ、どうやら私は出来る女だったようですね」


 言っていることは良く分からないが、どうやらこの銀髪のメイドもとい転生少女ナオは剣の練習をしているようだ。


 女性が奏でるには些か恐ろしい風切り音を連続で鳴らすのは一般的に剣の鍛錬用として売られている木剣である。ただメイド服の幼い少女、ましてや夜に現れた月の妖精の様な可憐な少女が持つとその違和感は途轍もない。さらに言えば今は誰もが寝静まる夜夜中なのだ。警備の人間がこの場を見たのであれば色んな意味で確保したことだろう。


 ナオは木剣を縦横無尽に振りまわす。まるで重さを感じさせない素早い素振りを何度も繰り返し、その動きは手に馴染む感触でも確かめているかのようだ。


「ふい~つかれたぁ」


 暫く木剣を振り続けたナオが、小鳥の囀りの様な聞きほれる可愛らしい声音で草臥れた中年の様なセリフを吐き出し、はしたなくも地面に直接臀部を付けて座った。それから手にした木剣を掲げて満足気に頬を吊り上げる。


「たったの一週間とは思えないこの上達ぶり。私はとうとう剣の才能に覚醒目覚めてしまったようだ!これならもうじき実戦も行けるかもしれませんね」


 ヘレナが聞けば頭を抱えてしまいそうな頭の悪い発言ではある。だがあながちそれが間違いでもなかった。


 ナオが木剣を振り始めたのは前世の記憶が戻った次の日からだった。公爵家の私兵たちの訓練用木剣を拝借し、屋敷の庭で適当に振るってみたのが始まりだ。それは偏にお嬢様を助けるため、平穏ではないこの異世界で力は必要だと考えてのこと。


 一番最初に振るった時はそれはそれはひどかった。


 今のナオの身体は同年代の少女と比べても小さく華奢だ。ほっそりと長い手足はとても柔らかそうで筋肉など全くついていないかのよう。生まれてこの方運動らしい運動もしてきていない。強いていうなればメイドの仕事くらいでしか体を動かすこともしていなかった。当然前世なんてもっとひどい。そもそも奈緒は引きこもりヲタクに近かったのだから。


 だから最初振ったときは木剣の重さに途中で止めることができずに地面に叩きつけてしまい、手がしびれ木剣を落とし、更にバランスを崩したナオはベチャリと転んでしまう始末。才能云々以前の問題だった。


 だが熱いお嬢様愛を持つナオはそれでもあきらめずに木剣を振り続けた。


 時に警備の私兵に「護身術を身に付けようと思う」と言って、顔を赤らめる私兵たちから剣の振り方の教えを請い。別な日にはそれをもとに今度は前世のアニメで見た剣士たちの動きを独自に組み合わせ、自分なりの剣術を作り出していった。


 頑張っているのは分かるが、やっていることは破天荒すぎる。


 だがそれでもナオは木剣を振れるようになっていた。アニメの剣士のイメージ通りに剣を振るうことが出来てしまった。


 そしてナオは思った。


「この身体異常じゃね?!」


 それは五日目くらいだっただろうか。


 試しにやってみた【空ハ斬】。


 ナオの中学生時代少年誌で見た漫画に出てきた主人公の必殺技だ。


 素振りした剣から真空の刃を飛ばす技を遊び半分で試してみたところ、目の前の草が綺麗に刈り取られていった。

 その時は顎が外れるのではないかと言う程開いた口が閉じなかった。


 自分でやっておいてなんだが、そんな非常識な技が出来るとは思ってもいなかった。


 しかも剣を握って五日目のど素人がだ。明らかに人体としておかしい。いや、人体どうこう以前の問題かもしれない。


 だがそう思う反面、ナオはこの結果を直ぐに受け入れている。


「流石転生体!」


 ラノベではよくあることだと。


 転生した日本人は例に漏れず皆チートなのだと。


 だから異常な自分の身体を便利と思えど気持ち悪いとは思わなかった。


 そうしているうちに身のこなしも常人からどんどん外れていった。


 警備の私兵に見つかる事の無い足さばきであったり、多少太い木の幹であっても木剣で叩き斬ることが出来る筋力であったりと、一五歳の華奢な少女の人間としての限界など簡単に振りきって見せたのだった。


 そして今ナオは一週間足らずで剣をマスターしてしまった感におぼれていた。アニメで見た剣技はあらかた出来るようになっていた。もちろんあのやたら高いポジションから出す突き技も使えている。太い木の幹に綺麗な穴が何個も空いているのは全部ナオの所為だ。


 多分ナオが木剣を振るう姿を、プロの兵士が見ていたらきっと「アメイジング」と叫んだことだろう。

 ナオのマスターしたという感想は自画自賛でも何でもなく、公然の事実としてあるのだ。


 明らかに異常、見るからに異質。


 でもそれはチートなんだから当たり前。そんな考えがナオの中で根付いてしまっていた。


「これは次のお休みに魔獣狩りに行かなくては」


 ナオはそう決心すると月明かりのした不気味な笑みを浮かべては高笑いをするのだった。

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