第9話 友達が少ないんですけど!

 この第一学院はいわば騎士を育てるための学校でもある。そして上位の騎士となり国を守ることは貴族の義務であり責務である。


 この世界は魔法が存在する。それは万象の力であり、そこに男女の比は無い。


 魔法の才能があれば多くの術式と属性を使いこなせ、強大な魔力があれば大放出の魔法を生み出せる。多少の筋力や体力、或いは知力などの影響は有れども、その優位性の大半は血筋と才能によって左右される。


 故にこの国で騎士になることに男女の差別はない。


 現役の王獅騎士団は今でこそ男女比8:2ではあるが、それは偶々今回が男性の方が多かっただけで、過去には6:5で女性が多かったこともある。

 ただ現実問題として、女性は結婚し子供を産み育てることからそう長くは続かないということは有るのだが、それでも貴族の子供として生まれたものは、当初は誰しもが騎士団を目指すのがこの国の貴族の風習となっている。


 その騎士を育て教えるのがこの学院である。


 学院に在籍している生徒は血筋と言う優位性が存在するため、大半は貴族の子息子女たちで占めている。

 だがだからと言って決して平民に魔法士が生まれないという訳でもない。自然と魔力を持って生まれる子もいれば、長い歴史の中で在野に降りた貴族たちも沢山いるのだから。


 魔法士同士が結ばれれば血は濃くなり魔法士としての力も大きくなる。だから野に降りた魔法士の貴族たちは、魔法士でない平民と結ばれその血は薄くなっているのだが、稀に先祖返りの様に強力な魔力を持って生まれる子供がいる。


 そう言った平民の子供たちもこの学院に入ることが許されている。


 表面上、貴族も平民も皆平等。そう学院では掲げているのだが、実際にはそうはいかないのが世というものだ。


 人間多く集まれば当然上下というものは生まれてしまうもの。その最も簡単な分け方が生まれであり爵位になってくる。


「あの子、平民のくせに二属性操るなんて生意気じゃありませんこと」


 女生徒の一人が実習で魔法を放った生徒に対して悪態を口にする。


 今、生徒たちが居るのは広い学院の中でもとりわけ広大なスペースを有している演習場である。


 だだっ広い土のグラウンドの真ん中に何個かの的となる案山子が立てられており、生徒たちはそれに向かって魔法を放っていた。


 そんな授業中の一幕。平民の少女が放った魔法に貴族の女子がその無作為な牙を向けていた。


「でも初級とは言え【爆裂】の魔法を選ぶなんて、ほんと平民は粗暴でいやですわ」

「大方見栄で殿方を誘惑しようとしているのではないですか?」

「まぁ何それ。はしたないにもほどがありますわ」


 一人また一人とその悪口に乗っかる貴族の少女たち。終いには魔法とは関係のない中傷まで始める始末。

 貴族の子女は分かりやすい嫉妬を抱いていた。

 平民の女生徒が使った【爆裂系】の魔法は、火と風の属性を持っていないと使えない魔法だったからだ。


 女生徒が使った魔法自体は初級と呼ばれる、属性魔法の中では初歩の魔法なのだが、この二属性を操れる魔法士はそれほど多くない。とは言え今の段階の生徒たちで三人に一人くらいなのだが、この悪態をついた貴族の女生徒たちはその中に入っていないんだろう。


 蔭口ともいえない聞えよがしの悪態に、魔法を放った平民の少女は身を竦ませて明らかな萎縮を見せていた。


 だがそんな少女を救う鈴音が鳴らされる。


「他人を貶める言動は自身の身も貶めますわよ」


 金の長い髪をそよ風に遊ばせ、美しき少女が貴族の女生徒を戒める。


 その少女を目にした貴族の少女たちは分かりやすく狼狽えると、次々と薄っぺらな言葉を並べたてはじめた。


「まぁカティーナ様、今日もご機嫌麗しゅう」

「い、いつ見ても美しい髪ですわ。是非そのような美しさを保てる秘訣を今度お聞かせ下さらないかしら」

「そ、そうですわね。今度よろしければお茶会などでも・・・・」


 彼女たちはその気位故に順序を重んじる。だから自分たちよりも上位貴族の子女であるカティーナに辛勝の悪い事は出来ない。


 カティーナはそんな貴族らしい女生徒に溜息をもらすと「授業中ですのでまた今度にしましょう」と社交辞令を返しては、それ以上の長居は無用とその場を離れていった。


「カティーナちゃん、やめればいいのにぃ」


 疲れたような表情で戻ってきたカティーナにシャリオットが話しかける。


 そのシャリオットの弁にカティーナは肩を竦めて「性分ですわ」と答えた。


 丁度その折、先程悪口を言われていた平民の女生徒が駆け足でカティーナへと向かてきては、深々と頭を下げる。


「何ですの?」

「カティーナ様、助けていただきありがとうございました」


 出来るだけ素っ気ない風にカティーナが言うと、女生徒が頭を下げたまま俺を口にする。それにカティーナは表情を崩すことなく「お気になさらず。授業に集中したかっただけですわ」と平坦な口調で告げるが、内心はニコニコだったため若干上ずってたりする。

 だが女生徒はそんなカティーナに恐縮しながら踵を返して平民たちが集まるグループへと走って戻っていった。


「良かったね、カティーナちゃん」


 人懐っこいニコニコ顔でシャリオットがカティーナの顔を覗きこむと、カティーナは顔を逸らす。


「べ、別にわたくしは彼女を助けた訳ではありませんから、関係のないことですわ」

「またまたぁ。カティーナちゃんは素直さんじゃないんだからぁ」

「・・・・」

『次、レヴァナンス」

「あ、は、はい!」


 教師の自分を呼ぶ声に、カティーナはシャリオットの弄りから逃れられたと安堵を漏らすと、グラウンドの中央へと足を向ける。


 グラウンドの真ん中の的まで50m程離れた場所で立ち止まる。


 隣に立つ教師が的を指差す。


「あれにお前が使える一番上の魔法を当ててみない」


 その言葉にカティーナは動揺する。


(え!?このタイミングでそれは・・・・・・)


 普段であれば気にしなかったことだが今は拙い。特に先程の平民の少女を揶揄った貴族の子女を咎めた直後だというのが最悪だ。


 カティーナはさてどうしたものかと考える。


(ここは少し抑えた魔法を放って・・・・)


 そこまで考えたがそれを内心ですぐに否定する。そのような手抜きをすることは真面目なカティーナには許容できない。


 そうして逡巡していると教師が「どうした、早く打ちなさい」と急かしてきた。


(仕方ありませんわね)


 カティーナは諦め魔法を構築し始める。


「--------」


 歌うかのように優雅に呪文を紡いでいく。


 カティーナの長い金糸がまるで羽の様に広がると、魔素の粒子が彼女の周りで舞い踊り始めた。


「ファイアストーム」


 そして口にする魔法名。


 魔法名がカティーナの言霊として乗るとそれは即座に事象として顕現する。


 グラウンド中央の案山子が旋風にのまれたかと思うと、その中心から数メートルに及び火柱が立ち上る。

 旋風はその火と更に魔法により生み出された石を巻き込み、強靭となって案山子に襲い狂った。


 それはたった数秒の事象であったが、炎の旋風が納まると、そこには焼き崩れ更に無数の穴が開いた無惨な案山子の姿があった。


「流石公爵家だな」


 魔法が消え教師がそう述べると周囲は緊張が解かれたかのように一気に歓喜が沸き起こる。


「すげえ、入学したばっかなのにあんな魔法」

「流石筆頭貴族は違うな」

「見ましたか、三属性ですわよ。なるほど、カティーナ様は口で言うより実戦で平民の愚かしさを諭したかったのですわね」

「流石ですわ。見ましたか平民ども、あれが貴族ですわ」


 そしてその中にはカティーナにとって望ましくない言も多かった。


(・・・・だから使いたくなかったのに、タイミングが悪すぎですわ)


 望まぬ周囲の反応に眉を顰めながら、カティーナは先程の平民の女生徒へと目を向けると、悔しさに唇を噛みしめる姿が目に入った。


(そういうつもりでは・・・・・・)


 そう思いながらも態々それを伝えに行くのも謀れる。


 カティーナは無言で踵を返しシャリオットの待つ場所へと戻っていった。


「すっごいねぇカティーナちゃん!あれって火と風と土?」


 シャリオットの無邪気な反応に少し救われながら、カティーナは頷く。


「えぇそうですわ」


 そしてもう一度平民の女生徒へと目を向けては、うまく行かない事がらに哀愁の吐息を漏らす。


(ナオにはああ言いましたが、わたくし友達が少ないのですよね)


 細い肩を項垂れて少々うるんだ瞳で空を見上げたのだった。

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