第8話 第一学院なんですけど!

 トラヴィス王国。


 中央大陸の東に位置する王権国家であり、人口二百万人ほどの中規模国である。主要産業はその気候の良さから農業と酪農であるが、地下資源にも恵まれていてなかなかにして裕福な土地だ。その為過去数度にわたり他国から侵略を受けるも、建国以来一度として領土を失ったことは無い。


 トラヴィス王国は他国の侵略を是としない。それは建国の立役者にして初代国王となったアルセーヌ・トラヴィスが決めた国是であり、今でもそれは王国の矜持として守り抜かれている。

 だがだからと言って軍事力を放棄している訳では無い。そのような事をすれば国などあっという間に滅んでしまう。

 侵略はしないが防衛には他国に隙を見せない強固さをこの国は誇っている。

 

 その一端がトラヴィス王獅騎士団おうしきしだん


 【白楼の巨獅子】という伝説上の巨大な獅子。それは王国の守り神として称え祀られた存在で、トラヴィス王国の国旗にも描かれている。

 その獅子の名を持つ王獅騎士団は名実ともに王国最高峰の騎士団であり、王国を建国以来守り抜いてきた最強の盾である。


 幾度もの他国の侵攻に王獅騎士団が先陣を斬り、他の騎士団を率いて退けてきた。その名声と屈強さは中央大陸中に広まっている。


 王獅騎士団の最大の強み、それは魔法士の強さにある。


 魔法とはこの世界に万物の理を人の意志に従い具現事象化する奇跡の御業であり、それを行使できる人間は尊敬と羨望をその身に一身に受けることとなる。

 それもそのはずだ。魔法を扱えるものは数千人に一人しかおらず、しかも戦闘で使えるほどの高出力の魔法を使えるのはその更に数十分の一しかいないのだから。その様な希少な魔法士をどこの国も国家のもとで抱え込み、丁重に厚遇するのだ。


 それはこのトラヴィス王国とて変わらない。いや、寧ろこの国は魔法士を他の国よりも大事にする。


 この国はもともと複数の小国家が乱立し対立を繰り返していた戦乱の地域であった。それを建国王であるアルセーヌ率いる魔法士の軍団が次々と制圧、まとめ上げていったのだ。

 その魔法士の軍団こそ最初の王獅騎士団。

 王獅騎士団は騎士と名乗っているがその主な戦力は魔法である。建国王アルセーヌがどこから集めてきたのか今となっては文献でも分からない謎ではあるが、その強大な魔法の力を持ってアルセーヌを助け、トラヴィス王国を作り上げたのは間違いない。

 だから最初の王獅騎士団の面子はその功績をたたえられ、この国初の主要貴族となった。


 魔力は血で継ぐ。


 魔法士の能力や才能はその血が色濃く反映される。

 この国の魔法士は少なからず貴族に連なる者達であり、各党首本家の者たちは濃き魔法士の血から魔法の才に富んでいる。現在の王獅騎士団もそのメンバーの大半を貴族の子息子女や、当主からあぶれたものたちが占めている。

 それ故、貴族となった最初の王獅騎士団の子孫たちは、その類まれな魔法士の血を絶やさぬよう重んじてきている。それが魔法士としてこの国の貴族となった彼らの責任であり、発現率の低い魔法士を守るために王国がとった政策でもあった。



「・・・・・・だからこそ貴族たるもの、その血統を重んじ責務を果たすことが大事であり、王獅騎士団が王獅騎士団であり続けなければならない」


 教壇の前で熱弁を振るう男性は、長い話の最後をそう結んだ。


「おっとチャイムが鳴りましたね。では今日はここまで」

『ありがとうございました』


 タイミングを見計らったように鐘の音が聞こえてくると、男は手にしていた本をパタンと小気味良く閉じ、彼の前の大勢の少年少女が立ち上がり男に礼をする。


 ここは王都にある唯一の王立の学院、トラヴィス第一学院の教室内である。


 教壇で熱弁を振るっていたのは第一学院の教師であり、彼の前にいる多くの少年少女はその生徒達。


 銀髪のメイドが玄関先で一大決心をしている時、その主人である公爵家のお嬢様、カティーナの姿もまたこの少年少女の中にあった。


 そのカティーナは授業内容にうんざりした様に肩を垂らしていた。


「どうしてあの先生は直ぐに貴族は貴族はと同じことを繰り返し言ってくるのでしょう。どうにもあの選民意識の塊のような考え方は好きになれませんわ」


 上品な言葉づかいで悪態を吐き捨てるカティーナ。


 カティーナは上級貴族の子女として生まれ、貴族としての教育を受けて育ってきたが、その考え方は一般の貴族のそれとは違っていた。


 そんな彼女をニコニコと笑みを浮かべながら隣の席に座る少女が口を開く。


「まぁまぁカティーナちゃん、あれはお年寄りの楽しみなんだからおこっちゃ駄目だよぅ。貴族が、と言うよりは魔法士が特別なのは事実なんだしぃ」


 明るく弾む様な言動は彼女の容姿ととても相まっている。

 少女はカティーナと比べると二~三歳ほど幼く見える。大きな瞳をくりくりとさせて、薄いピンク色のふわっとした髪も相まって、その愛らしさは小動物を彷彿とさせ庇護欲をこれでもかと掻き立てる。


「分かっていますわ、シャル。でもだからと言ってこれ見よがしは良くない、そう思っているだけですわ」

「そうなの?う~んシャルには良く分かんないやぁ」


 そんな彼女にカティーナは愛称で呼び持論を語る。


 カティーナの弁にカラカラと笑い返す少女はシャリオット・クランデュベル。クランデュベル伯爵家の一人娘である。


 彼女も貴族の子女であり当然その教育も受けてきた人間。だから教師の言っている事の方が彼女にとってはしっくりとくるのが正直なところ。だがカティーナと仲のいいシャリオットは公然と反論はしなかった。笑ってごまかし受け流す。


 そんなシャリオットの対応にカティーナは苦笑いを浮かべ、机の上に広げていた教科書などをしまい始めた。カティーナ自身この自分の考え方を押し付ける気は無いのだろう。


 教材を片付ける、その何気ない所作も優雅にこなすカティーナ。だが相反して、隣の席の貴族であるシャリオットは、机の上に並べた教科書などをごちゃっとまとめると、机の中に無理矢理押し込んでしまう。


「次魔法の実技だよね。カティーナちゃん一緒に更衣室いこう」

「ちょ、お待ちなさいな。まだ片付けが、シャル、待って」


 自分のが片付くとカティーナの手を取り強引に引っ張り連れていこうとするシャリオットに、カティーナは慌て机の中に残りの教材を詰め込み、辛うじてしまい終わったところで引き摺られるように立ち上がった。


 着替えのために更衣室にやってきた二人。


「もう、貴方はもう少し落ち着きを持たないと、貴族の子女としての嗜みが・・・」

「あははは、ごめぇんカティーナちゃん」

「・・・・はぁ、もういいですわ」


 シャリオットはよく言えば天真爛漫、悪く言えば落ち着きのない子供。そのどこかナオにも似た性格のシャリオットに、カティーナは肩を竦めてみせる。

 小言を笑顔でスルーするシャリオットにカティーナは諦めの溜息を吐き出すと、制服をスルスルと脱ぎ始めた。


 すると何やら突き刺さる視線を感じたカティーナは、顔を上げるとこちらをまじまじと見つめるシャリオットの姿。


「な、何ですの?」


 カティーナが怪訝な声を上げるが、シャリオットは大きな金の瞳を輝かせてカティーナのある一点を見つめつづける。


 そして、


「カティーナちゃんのまた大きくなった!」


 シャリオットが叫んだ。


 何が、とは無かったがシャリオットがどこを指して物を言っているのかその視線で丸わかりだ。カティーナの顔が赤く染まり「なっ。か、変わりありませんわ」と、胸を抱き視線から逃れ様と身を捻った。


 シャリオットは今度は自分の胸を見つめ、手を上下になぞってみては深いため息を落とす。


「理不尽だよねぇ。そんなにたわわだとつい叩きたくなるよぉ」

 

 うらやましそうに見つめるシャリオットが不穏な事を口走ると、今朝がたの駄メイドの蛮行を思い出したカティーナは顔を赤らめて「やめてくださいまし」と本気の嫌がりを見せる。


「シャルだってぇカティーナちゃんぐらいボインボインだったらもっとモテるのに」

「何をおっしゃってますの。シャルは今でもおモテになられているでしょ?」


 カティーナの言葉通りシャリオットは男子から人気がある。だがその人気の出かたがシャリオットには気に入らないらしく、カティーナの弁に可愛らしい眉を僅かに潜ませては口を尖らせた。


「妹みたいで可愛いって言われてもうれしかないよぉ。シャルはカティーナちゃんみたいに大人の女性としいて見て欲しいんだよぉ」


 言っている割には子供っぽい口調なのが締まらない。カティーナは微笑ましいものを見ているように頬を緩ませ、シャリオットの頭をそっと撫でる。


「それがシャルのいいところでは」

「むぅ、カティーナちゃんもそうやってシャルを子ども扱いするぅ」


 頬を膨らませるシャリオットだがどこか嬉しそうだった。

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