第11話 「は?」なんですけど!

「魔物ってどこにいるんだろうか?」


 ナオは歩きながら一人呟く。


「お嬢様と魔導車で移動するときだって一回もみたことないんですよね」


 昨日の夜、実践経験を積もうと決意したものの、どこでそれを行ったらいいのかが分からなかった。


 片側の腕に買い物籠をさげ、ゴスロリドレスに近いデザインのメイド服を着た少し幼さを残した可憐な少女が、腕を組んでうんうん唸りながら道を歩く。


 その容姿と行動のミスマッチさがコミカルで可愛らしく思える。


 周囲の人々もその少女の様子を微笑ましそうに眺めていた。


「よぉナオちゃん、今日もとってもかわいいね」


 そんな中、一人の男が少女に声を掛けた。ナオがハッとして銀髪を揺らし振り向くと、それは額に傷を持った禿げ頭の厳ついおっさんだった。

 そのおっさんは子供が夜泣きしてしまいそうなどすの効いた笑顔を浮かべ、気味の悪い猫なで声で怪しいセルフを吐く。他人から見たら通報ものレベルだがナオはおっさんの顔を見ても動じることなく、逆にニヘラと破顔する。


「もうおじさんうまいなぁ、でへへ。じゃあこの人参十本くださぁい」


 だらしない笑みを浮かべ、すい寄せられるようにおっさんの店にすり寄っていく。


 ナオは見た目はこれだが、染みついたじみっ娘気質により、褒められることに慣れていない。褒められると照れて調子に乗り直ぐほだされる。案外ちょろい女なのだ。


「お、毎度あり。この街にはもう慣れたのかい?」

「はい。あ、でもこの辺りだけですけどね。王都は広くて他の地区には行った事が無いです」


 基本能天気で物怖じしないナオは誰とでも話が出来る。それ故に彼女の知り合いは越してきてまだ日の浅いナオだが既にそれなりの数がいる。ただそれは偏っているのだが、と付くのだが。


 このどこぞのコマンドーな八百屋の禿おやじもその一人だ。


 ここは王都に幾つかある市場の内、貴族街にもっとも近い所。普段からナオたちメイドが買い物をしている場所だ。


 そしてナオの知り合いの大半がこの市場の店主たちである。


 そもそも王都に来てからのナオの生活は、屋敷にいるか市場に買い物に出るかのどちらかしかなかったのだから仕方の無い事。


 因みに今日のナオの買い物目的はパンであって、決して人参ではないとだけ言っておこう。


「あ、そうだおじさん。魔物ってどこに住んでいるのか分かります?!」


 人参を買い物籠に入れながら思いだしたように厳ついおっさんに質問をするナオ。この質問をぶつけようと思ったきっかけが、どこぞのコマンドー張りのおっさんの顔を見てなのは言うまでもない。


「あぁ、森や山などの魔素の濃いところにいるっては聞くが、生憎俺は魔物の居るところに行ったことが無いから、残念だけど詳しくは分からないな」

「え!!おじさんその顔で魔物と戦った事が無いの!?」

「いやいやいや、ナオちゃんその顔でってはひどくないかい」


 おっさんの返答にあからさまな失礼な言動を返したナオに、おっさんは若干涙目で訴える。このおっさん顔は怖いが心は繊細なのだ。

 因みに額の傷は子供のころ猫に引っ掛かれたものらしい。


「そもそも魔物討伐なんて軍や騎士団くらいしかしないからな。俺等みたいな市民は安全な街道くらいしか通らないし」


 そう言われてナオははたと思いだした。


(そう言えばそんな設定だったかもしれない)


 それはゲームの事。奈緒がプレイしていたゲームでも戦闘は軍と騎士団だけで、よくあるラノベのギルドや冒険者などは存在していなかった。


(あ、それだったら・・・・・)


 おっさんの返答でナオは閃いた。

 この世界がゲームの世界であるのならば、当然マップも一緒と言う事で、それはつまりゲームと同じ場所に魔物が出るということになる筈だと。


 ナオはおっさんと手を振り別れると本来の買い物へと向かった。その顔は悩んでいたことが解決してとても晴れやかな笑顔であった。


 そうなってくれば何とやら、ナオの美貌につられて下心を抱く男がホイホイとつられていく。


「ねぇ君、最近良くここで見かけるけど何処の娘だい?その恰好ってことはメイドさんかな。買い物?俺が荷物持ちとか手伝ってあげようか」


 一人の青年がにやけ面でナオに話しかける。年のころとしては二〇代後半だろうか。ナオは今一五歳であるが、その見た目は実年齢より若干幼い。体形はもっと幼い。つまりはこれは事案である。


 ヘラヘラと寄ってくる男にあからさまに眉を寄せ嫌がる顔をするナオ。


「そしたらお仕事早く終わるでしょ。終わったら一緒に食事でも行かないかい」


 能天気で物怖じしないナオではあるが、正直この手の男性が苦手である。


 2Dだったら幾らでも萌えられるのだが、それをリアル3Dでやられると引いてしまう。前世の奈緒は特にこの手に弱い。いや正直経験がほとんどないので対処の仕方に困る。

 そして現世のナオはその容姿故に不躾な目で見られることが多かった。さっきのおっさんの様に下心の無い(商売的な下心を除く)男性であれば何でもないのだが、こう見え透いたナンパ野郎はどうにも忌避感が強くなってしまう。


 なのでナオは無視して通り過ぎようとしたのだが、男はそれを阻害するように前に立つと、軽薄そうな笑みを浮かべては、ナオの手を取ろうと自らの手を伸ばしてきた。


 ササッ。


 だが男の手は何もない宙で空振りをする。


 捕まえたと思ったのに何故か空ぶった事に男は首を傾げつつも再度ナオへと手を伸ばした。


「・・・・ねぇ、君」


 サッ。


 ササッ。


 男は目を擦る。どうしてか掴んだと思った手が空を切ってしまう。寸前までそこにいた筈のナオが気が付けば一歩ずれたところにいる。

 しかも動いた形跡を全く感じない。

 男には瞬間移動したのかの様に思えた。


(いやまさか)


「あの」


 サッ。


 ササッ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 男は無言になった。


 単純にナオが高速で移動したに過ぎないのだが、それが予備動作なく高速に行われるため男には何時移動しているのか認識が出来なかった。


 正直怪奇現象、ホラーの領域に感じた事だろう。


 ナオの顔をまじまじと見ては引きつった笑みを浮かべる。


「何でしょうか、今忙しいんですけど」

「あ、そ、そうなんだ。ごめんね」


 だからナオの断わりにごねることなく素直に引いた。


 これ以上関わったらいけない。本能的に悟ったのかもしれない。


 去り行く男を見ながらナオは頬を膨らませ。


「まったく、人の顔を見てナンパをやめるって酷すぎませんか。これだか3D野郎は」


 などと言ってナオの怪奇現象に恐れた男の行動を、自分の顔を見て好みじゃないからナンパをやめたのだと誤認するのだった。





「せんぱ~い。私、とっても大事なお話があるんです」


 お昼も過ぎたころ、仕事を一段落し休憩時間に入り凝り固まった肩を回し、ヘレナは自前のティーセットでお茶を入れ始める。


 そんなおだやかなひと時のおり、騒がしく部屋に入って来るものが。


 買い物かごを下げた銀髪少女だ。


 だがヘレナは微動だにすることなくそれを華麗にスルーする。それはそれは見事なポーカーフェイス。彼女が如何にこの銀髪少女の突飛行動に慣れているかがうかがえる一幕だ。


「せんぱ~い、聞いてますかぁ?」


 チョロロとカップに注ぎ入れる紅茶の香りを楽しみながら、優雅に口へとカップを運ぶ。


 するとひょこりと左から銀髪の端正な顔が生え出てきてはヘレナを見つめる。若干引きつりながらも大きな乱れを見せずヘレナ身体を右へと回した。


 その時。


「ぶふぅ~~~~~!」

「あっつ~~~い!!」


 ヘレナは含んだ紅茶を霧吹きの様に一気に噴き出した。


 振り向いた先には至近距離でナオの顔。ヘレナはゆっくり動いたわけでも無いのに、最初からそこにあったかのように存在するナオに、思わず吹き出してしまった。


 正に分裂、正に瞬間移動。


 奇怪なナオの行動は有っても怪奇は今まで無かった。


 だがこれは怪奇。


 あり得ない現象を起こすナオにヘレナの我慢が天元突破した結果、ナオの顔面へ熱々のお茶を吹き出してしまった。


「ケホ、カハ、は、鼻が痛い」

「ぐほぉぉぉ、目がしみるですぅぅぅ」


 そして二人でのたうちまう。


 これは一体どんな状況なのか。




「・・・・何なんです、もう」


 ハンカチで鼻を押さえたヘレナが、額に青筋が十文字に浮かびそうな顔で恨めし気にナオを睨む。ナオは掌で目をごしごしと、やっと落ち着いてきた痛みに安堵の息を短く吐いた。


「先輩が無視するからいけないんです」


 そして両頬を膨らませ可愛らしい怒り顔を作る。


「最近の貴方を見ていると素直に返事したくなかっただけです。で、一体何の用です。私の休憩を邪魔するだけの話ですか?」


 ヘレナはむくれるナオにジト目で返し、先程までの淑女の姿勢から一転、テーブルに肘をのせ頬杖を付く。


 ヘレナの返しに「むむ、最近の私変です?」とナオが少し戸惑うが「最近でなくても変です。それは良いから早く要件を言いなさい」と素気無く流さる。


 だがそんな事でへこたれるナオではない。


 「そうです、そうです」と言いながらヘレナへと身を乗り出すと。


「魔物と戦いたいので休み下さい」


 目をランランとさせ、手を組んで拝むようにそう言い放った。


 するとヘレナの左右の眉が徐々に近づき、深い皺が刻まれたところで首を大きくかしげ、半開きの口から音が漏れ出す。


「は?」

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