第48話 それっぽいんですけど!

「さて、あれはどこへ行きましたかね?」


 ひらひらとメイド服をはためかせた少女が、帽子の鍔の様に額に手を当てキョロキョロとあたりを見渡している。


 一見すれば何か探し物をしているただのメイドさんだろう・・・・・・・・・いや違う、頭に可笑しなものかぶっているので変わったメイドさんだ。だがそれでもよく見るとは決して言えないが、多少二度見するくらいの範囲で収まる話だ。


 だが彼女の今いる場所を含めた状況で他人が見たのであれば、たちまち悲鳴を上げ大勢の人々が集まり大事となっていた事は間違いないだろう。


 何故なら・・・・・・彼女が立っている場所。


 そこは、地上八階建てのであり、しかもそのであるからだ。


 しかもワザとなのかつま先がちょこっと外側に出ている。

 時折吹きつける風は強く、彼女のスカートを勢いよくはためかせている。

 何かの拍子に落ちてしまうのではないかとハラハラとする。


 そんな心理的恐怖を存分に味あわせる崖っぷちに佇む少女、それは謂わずと知れたナオであった。


 ナオは恐怖感などどこ吹く風と飄々と屋上の縁際をテクテクと歩いていた。



 ナオが何をしているかと言えば、それは不審者の捜索だった。

 人知れずカティーナ達から抜け出し逃げた変質者たちを追ってきたのだ。


『ふむ、臭いは向こうだな』


 そのナオの肩の上。鼻をヒクヒクとさせながら可愛らしい毛むくじゃらの手で器用に方向を示す一匹の白い子猫。


 最近ではナオのペットとして認識が定着してしまっているが、本来は燃える鬣を持った巨大なライオンの様な姿をしている、この世界で聖獣と呼ばれているアストロフィの仮の姿。


 アストロフィはこの国の建国時よりもずっと以前から存在する大地の守護者であり。今では国の守り神として国民から祀られているという、本当はとてもありがたき存在だ。

 それが何の因果か住処である森にナオが迷い込んできてからは一緒に行動をするようになり、今となっては仮の姿である子猫が妙に板についてしまっている。

 もしその事を国王が知ったならば卒倒する事間違いなしだろう。


 そんな爆弾でもあるアストロフィが示したのは古い建物が多く並ぶ場所だった。


「私も言った事は無いけど旧市街地とかって呼ばれている場所ですね。ふむふむ、アウトローな香りがプンプンしますよ」


 ナオはそう言っているが発展が目覚ましい王都ではこうした新旧が入り混じった部分はそう珍しくもない。

 というよりは中心地以外は古い町並みはかなり多く、当然ながら暮らしているのは普通の人々が大半だ。


 そんな常識を持ち合わせていないナオは、旧市街=スラムのアウトローの巣窟という図式が成り立ってしまっている。


 こいつは腕が鳴るぜと言わんばかりに下で唇を舐めるナオ。


「それじゃ、いくよ!」


 そしてまるで踏み台から降りる様な気軽さでてしまった。


 地上八階ともなると屋上での高さは三〇メートル近くある。

 普通の人間であればそんな場所から落ちれば待っているものは確実なる死でしかないだろう。体の原型などとどめておけない程の衝撃を受け、見るも無残な最期を迎える。ナオが取った行動は自殺願望者の最後の行動以外の何物でもない。


 だがこのナオ、既に人間を半ばやめている存在だ。


 猛烈な勢いで近づく地面。

 中間あたりまで落下したナオはビルの壁を蹴った。

 その細足からは想像もできない脚力は、蹴った反動により対面のビルへと落下方向を変える。

 そしてまたそのビルの壁を蹴る。

 まるでビルの間を弾むゴムボールの様に、だが確実にその落下速度を落とし、終いには難無く地面へと降り立って見せてしまった。それこそスタンという軽い音だけで。


「いくよ、アスニャン」


 そして死どころか怪我なども無いとばかりに元気に走り出す。


 メイドとは一体なんであろうかと疑問を呈したいところだ。




 そこは随分と静かな場所だった。


 先ほどまでいた表通りとは打って変わり人の声が殆ど聞こえない。

 人が全くいないと言う訳では無く、疎らではあるにしてもそれなりに人の往来はある。だがその誰もが口を開かないだけだ。逆に言えば先ほどの場所が騒がし過ぎただけかもしれない。店らしい店もないのもその要因なのだろう。


 その静かな街をシュタタタタと効果音が付きそうな走り方で建物の陰から陰へと渡るナオ。

 アストロフィがはっきりと臭いを嗅ぎ取っているらしくその進行方向に迷いは無い。


 ついた場所は一件の古いビルだった。

 三階までしかない小さなビルは、狭い敷地で挟まれる様に立っていた。

 外観としてはこれと言って目立つ怪しいものは無い。どこにでもありそうな賃貸のビルに思える。


『ふむ、どうやらここで間違い無いようだ』


 その最上階である三階部分を視線で示すアストロフィにつられ、口をぱかっと開けてビルを見上げるナオ。


「ここが敵のアジト・・・・・それっぽい!!」


 ナオの目は輝いていた。

 どうやらぼろいビルがナオの琴線に触れたらしい。テンションが高めだ。


「おい、お前。怪しい奴なんだモー」


 そしてピンチは突然訪れるもの。


 ナオの背後に大きな影が立ち塞がった。

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私、メイドなんですけど! ~転生メイドは最強にして最凶。未来の魔王のお嬢様を今日も精一杯可愛がります~ シシオドシ @tokahona

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