第47話 いつの間にかいなくなってたんですけど!
「申し訳ありません。お待たせしました。個室が開いているとのことで使わせていただけるみたい・・・・・・・・・な、何事ですか!?」
老舗料亭の門前に、事前の交渉役として店に入っていたヘレナが戻ってくると、その異様な状況に張り付けた笑顔を強張らせた。
皆が一様に気を張り詰めさせていた。臨戦態勢と言ってもいい雰囲気だ。
しかも大男のドーバンがその身を小さく蹲らせている。
それは明らかな異常事態を示すもの。
「何ものかの襲撃を受けた」
そしてテルガーの放つ言葉にヘレナは一気に顔面を蒼白させ、飛び掛かる様にカティーナへと抱き着く。
「お、お嬢様・・・・お嬢様お怪我は!?」
カティーナの全身を確かめる様に手を這わせるヘレナ。もしどこか美しい主に傷でもあったらと思うと平常心が保てない。それは端から見るととても際どい女性の絡みの様。
すかさず男性陣はカティーナとヘレナから視線を逸らす。
カティーナはいきなりのヘレナの強襲に成す術無く立ち尽くしていた。いや半分突然の事に意識が飛んでしまっているのかもしれない。
全身を弄られ棒立ちとなっている。
「お、落ち着け。お嬢様は大丈夫だ」
「あなたが付いていながらどういうことですか!」
そこを堪り兼ねたテルガーが声を張り上げた。若干衣服が乱れ始めこれ以上は拙いと思ったのだ。
平常心を無くしていたヘレナはそのテルガーに食って掛かった。
そのヘレナの言葉にテルガーは苦虫を噛む様に渋面を作りながらも、出来るだけ冷静にゆっくりとヘレナに語り掛ける。
「だから落ち着け。お嬢様への危害は何も無い。お嬢様はその時別な場所にいた。ただ自分とウィルキンスもお嬢様について動いたため、ドーバン一人だけが残る形となり襲撃を受けた。だから・・・・・お嬢様に傷一つない。その、そろそろ解放してあげた方が良いのではないか?」
テルガーの言葉に何を言ていると赤い髪を揺らし眉を潜めたヘレナだったが、次第に落ち着きを取り戻していくと自分とカティーナがどのような状態であったのかをゆっくりと認識していく。
そして弾ける様にカティーナから離れ。
「も、申し訳ありません」
勢いよく頭を下げた。
「い、いえ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
恥ずかしさに顔を赤らめ乱れた衣服を正し、カティーナは咎めるのではなく心配してくれたことに対して礼を述べる。
それがなおの事ヘレナのばつを悪くする。
「あぁメイド長。取り込み中悪いが、先ずはお嬢様に安全な場所を確保するのが先決だ。店の個室が借りられるのであればそちらに移動したいのだが」
そんな二人にテルガーは気まずそうに進言をした。
流石に襲撃を受けた後でいつまでも主を危険な場所にさらしておくわけにはいかない。目的が分からない分なおの事だ。
気恥ずかしさを誤魔化すようにヘレナは喉を鳴らし「わ、分っています!!」と声を荒げ、背筋を正すと何事も無かったかのように案内を始めた。
「こちらへ」
その変わり身の良さに一同苦笑いしながらも素直について歩き出す。
自身の失態に誰も触れてこない事に安堵しながら、全員が付いてきたのを確認しヘレナは前をむく。
「・・・・?」
ただどこか違和感をヘレナは覚えていた。
「ようこそおいで下さいました。女将のルイティシアでございます」
引き戸式の玄関扉を開くと一人の女性が丁寧に出迎えてくれた。
着物ともまた違う着流しの様なデザインの服であるが、その出で立ちは実に上品。年のころは五〇を超えるかどうかだろうか。確りとした化粧をしている為随分と若く見える。
女性はこの料亭の女将だ。
ルイティシアと名乗った女将はカティーナ達に温和な笑みを浮かべる。
「突然の無理を聞き入れていただきありがとうございます。レヴァナンス公爵家が次女カティーナですわ。当家を代表してお礼を申し上げます」
代表して主であるカティーナが挨拶をした。
軽くスカートをつまみ上げる貴族女性の挨拶カーテシーを優雅な所作で行う。
その動きは実に洗練された完璧なもの、あまりの美しさに慣れている筈の女将であっても一瞬目を見開かせるほど。
だが女将もそこは一流のもてなし人。
すぐさま「いつも御贔屓いただいております。どうぞお気になさらずお寛ぎ下さい」とおくびも出さずに受け答えるのだった。
「ではお嬢様。女主人、申し訳ないのですが部屋に人数分の冷たいお茶をお願いします」
焦りから先ほどは失態を見せてしまったヘレナだが、落ち着きを完全に取り戻して細やかな配慮に気を配れるようになっていた。
部屋へと案内される最中に一先ず一息入れられるようにと全員分の飲み物を女将に注文する。
それに対し女将が振り返り頷いて。
「では五つご用意させていただきます」
と述べた。
・・・・・・・・・・・・?
その女将の言葉にヘレナは妙に引っ掛かった。
思わずカティーナへと視線を向けると、カティーナも腑に落ちないと言った表情を浮かべている。振り返ればテルガーたちも同様だった。
「・・・・・・・・・・・あぁ!!」
そしてその原因に気が付いた時、ヘレナははしたなくも盛大に声を上げた。
何かが腑に落ちないと思ってはいた。
どこか足りないと感じていた。
そしてどうにも静かだと思っていた。
この料亭に入ってからずっと感じていた違和感、その原因がわかった。
ここに居るのは女将が言う通り五人だけ。
主であるカティーナ、護衛隊隊長のテルガー、隊員のウィルキンスとドーバン、そして自分。
足りない。それは明らかに足りない。
「ナオがいないぃぃぃ!」
そうあの毎度ろくでもないお騒がせばかりを起こし、ゴスロリメイド服を見事なまでに着こなす不詳の部下。今日も内緒で尾行してはやはりひと騒動を巻き起こした張本人、ナオがこの場から忽然と消え去りいなくなっている。
悲鳴に近いヘレナの雄叫びに、カティーナたち一行は全員が驚愕の表情を浮かべ、その後直ぐに頭を抱え込んだのだった。
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