第12話 メイド長は大変なんですけど!
半べそを掻きながら出ていった銀髪の部下を見送ったヘレナは深い深いため息を落とす。
「はぁ何であの子はああなのかしら」
ヘレナは今年で二十五歳。艶やかな真っ赤な髪を持った切れ長の目のクールビューティーなのだが、最近ある事が気になりだしていた。
それは眉間の皺が少し濃くなってきている事。
女性で二十五歳となるとこの国では結婚もし、子供が二、三人いてもおかしくない年齢なのだが、ヘレナに関しては未だ独身で彼氏もいない。ただ外面が整っているため若く見られることもあり、ヘレナとしては結婚については焦ってはいなかった・・・・・・・これまでは。
ここにきて急激に老けてきているのではとヘレナは最近焦っている。毎日鏡の前でおでこの皺を伸ばす体操を欠かさないくらいに。
そしてヘレナが老け込む原因は分かっている。
ナオだ。
ナオの予想だにしない行動に振り回され、その度に注意し躾ける役目のヘレナの気苦労は多い。この眉間の皺だって九割以上ナオが関連していると言っていい。
「突然過ぎるのよ、いつも」
ナオはまたしても予想だにしない事を始めようとしている。
「魔物と戦うって何よ。あの子はいったい何になりたいのよ」
段々と強くなる語気に気付かずヘレナは鼻息荒く独り言を呟く・・・・・・いやこれはもう呟きをとっくに超えている。
ただそうなってしまうのも仕方の無い事。トラブルメーカーがまたしても何かやらかそうとしているのだから。
「頭は悪くないのよ。悪くないのにどうしてそうなるの」
半分泣き言に近くなってきた。
そしてまた深いため息をこぼしては、冷めきった紅茶に口をつけ、その味の悪さにまたしても眉間に皺を寄せたのだった。
「あうぅ、痛いぃ~」
ズキズキと痛む頭頂部手で押さえながら、キッチンに買ってきたものを並べる。
「嬢ちゃんまたメイド長怒らせたのかい?」
白シャツに白いエプロンを付け、頭にはこれも白い帽子をかぶっている、見るからにコック然りの恰好をした男が、その様子を呆れ顔で見ていた。
「ゲンドラさん、ちょっと聞いてください、先輩ひどいんですよ」
ナオはそう切り出すと、ヘレナに拳骨を喰らった経緯を話し出す。ゲンドラはその話を聞きながら次第に複雑な表情になると、ヘレナと同じく深いため息を吐いた。
「嬢ちゃん、お前馬鹿だろ」
「な、酷いです。馬鹿じゃないですよ!」
ナオは頬を膨らませぷりぷりと怒るのを仕方の無い奴だとゲンドラはワザとらしく肩を竦めてみせる。
「馬鹿じゃなかったら何なんだ。魔物と戦いたいから休みが欲しいって。意味がわからねぇ」
「え?分かり難いも何もそのまんまの意味ですよ。私魔物と戦ってレベルを上げるんです」
「れべ?何だ?」
ナオがふんすと小さな拳を握る。
「まぁ何にせよ。あんまりメイド長を困らせんじゃねぇぞ。ただでさえ別邸を任されたばっかりで大変なんだから、嬢ちゃんみたいな変人まで構っていたら綺麗な顔が老け込んじまう」
「あ、そんなこと言って、先輩に言いつけますよ・・・・・て変人じゃないです」
「あははは、それだけは勘弁してくれ・・・・・てお前、パン買って来いって言ったのに何で人参がそんなに出てくんだよ」
「これは致し方の無い必用経費なんです」
「・・・・・メイド長に怒られるのはそう言うとこだと思うぜ」
ゲンドラは自由な銀髪メイドに苦笑いを浮かべ、今日の主食が無くなってしまったことでのメニュー変更に深い溜息をこぼした。
「ただいま」
「おかえりなさいませお嬢様」
赤髪を揺らし恭しく腰を折って学院から帰宅したカティーナをヘレナが出迎える。
「ん?ヘレナどうかしたのかしら、何だか疲れているように見えるけど」
カティーナはヘレナを見て怪訝そうに尋ねると、ヘレナは少し驚いた後僅かに頬を緩める。主人に気を遣わせてしまった自分の未熟さを感じながらも、家人の何気ない変化に気付いてくれる主人に嬉しさを覚える。
「申し訳ありません。お気を使わせてしまいました」
「それは別に構わないけど・・・・・・・・ナオ?」
「えぇ、まぁ」
「あの子また何かやったの?」
「あ、いえ、何と言いますか、その、これから何かしようとしているみたいでして、それをさっき諫めたところです」
「どういう事かしら?あの子何をしようとしているの?」
「それが、魔物と戦いたい、と」
「・・・・・・・・・・」
ヘレナが整った眉を困ったとハの字に折り曲げて、先程眉間の皺の原因にあった頭の痛い部下の宣言をカティーナへと伝える。カティーナは美しい顔をそれはそれは面白いくらいにすぼめると「は?」と、貴族の子女としてはあるまじき間の抜けた声を上げた。
ヘレナはカティーナの反応に更に申し訳なく、眉根を切りそろえた前髪に隠してしまうくらい持ち上げた。
「意味が分からないわ。魔物と戦いたいってどういう事かしら」
「私にもナオの考えていることはさっぱりでして」
「・・・・・ヘレナも色々大変ね」
「ふふふ、お嬢様程ではございませんが、確かに大変ですね。ですが不思議とナオの事は憎めないのがたちが悪いところです。居れば問題ばかり起こすのですが居なければ居ないで落ち着かないですし」
「あら、ヘレナ。意外とナオの事が好きなのね」
「それこそお嬢様程ではございませんよ」
ヘレナは揶揄う様な視線をカティーナに送ると、カティーナは顔を真っ赤にして「そそそそんな筈ないでしょぉ」と、分かりやすい反応を返した。
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