第14話 スタートデスなんですけど!

 森の中とは意外と暗い。

 管理され枝打ちがされていれば、気持ちの良い木漏れ日と流れる涼しい風、命育む緑の香りにさぞリラックスが出来る事だろう。

 だが自然の森は乱雑に伸びに伸びきった枝葉で太陽は遮られ、足元は腐葉土と化した独特の異臭と、下半身をすっぽりと飲み込んでしまう鬱蒼とした雑草に覆われ、道らしき道などある訳が無く爽やかさの欠片も無い。

 どこを向いても木の幹が先を覆い隠し、知らない者が迂闊にも立ち入れば天然の迷宮の洗礼を受ける事だろう。


 王都から魔導車で二〇分ほど進んだところに巨大な森ある。さながら自然界の要塞の様に見るものに畏怖を与えるその森は、魔物が多く生息する地として誰も立ち入ることは無い場所だ。


 その森の中、薄暗く鬱蒼とした雰囲気を大々的にぶち壊す軽快な鼻歌が流れている。恐怖を掻き立てる鳥の鳴き声がまるで合いの手に感じてしまうほど陽気で高テンポな曲は、時折調子がずれるがそれすらも心地よくなるほど透き通った音色をしていた。


 少女は銀色の髪を揺らす。

 ゆらりゆらりと遊びまわる銀糸はさながら森の中の妖精を連想させる。


 軽快な曲を奏でていたのはこの少女である。まるでハイキングにでも来たかのような軽装、と言うよりゴスロリメイド服であり、密林の中という場所にはあまりに不釣り合いこの上ない恰好をしている。


 少女の前の草や枝が綺麗に刈り取られていく。


 それは何の前触れも無く鋭利な刃物で切り落とされたように次々と落ちていく。よく見れば銀髪の少女の手にはこれまた不釣り合いなギラリと光る銀光。

 少女が銀光の尾を引かせ腕を振る度に、枝葉がすぱりと落ちていっている。


「魔物さ~ん、どっこかなぁ♪」


 テンポに合わせる軽やかな鈴音が奏でる言葉は何とも不調和が過ぎる。


 すべてがアンバランス。不釣り合いの不似合い。


 そんな状況を作り出しているのは当然ナオであった。



「いやぁ、アプローチの失敗でした」


 自らの頭をペシペシと叩いて舌を出す。


「そもそも皆に魔物と戦うって言う必要無いじゃないですか。休みの日に勝手にくればいいんだから」


 手にした刃の潰れた鍛錬用の剣を振ると、鳥肌が立ちそうなくらいの空気を切り裂く音が上がる。すると剣を振るった方角の草木がバッサリと切り取られて倒れていく。


 これは彼女が漫画をモチーフに編み出した【空ハ斬】。超速で剣を振りることで真空の刃を作り出すというとんでもない技だ。

 真空の刃に鋭さは関係ない。空気が切り裂かれ物理とはかけ離れた殺傷力を有する恐ろしい技だ。


 だがこの【空ハ斬】。練習段階から草しか切ったことが無い。ナオの中ではこの【空ハ斬】は草刈りに便利なものとしてしか認識されていない。


「しかし金属の剣先だとやっぱり草の切れ味が違いますね」


 ナオは練習には木剣を使っていた。流石にナオでも木剣で魔物と戦うのは危剣だと考えたのか、今日は鍛錬用の刃引きした鉄の剣を持ってきている。


 ナオの細腕にこれまた不釣り合いな武骨な剣は、屋敷の倉庫から勝手に持ち出してきている。これを見つけた時、埃を大分かぶっていたのでいらないものだから持って行っても良しと勝手に解釈したのだ。


「先輩に殴られ損でした」


 ヘレナに「魔物と戦いたいから休みくれ」発言から五日。ナオは一人森の中を歩いていた。


 ここはナオが住んでいる王都から魔導車で二〇分程の距離にある森である。


 魔導車とは魔素を燃料にして走る車で、今では馬車よりもこちらが主流となっている。一部では馬車の方が優雅だと社交界の場などでは使われることがあるが、こういった街の外で態々馬車で移動する酔狂な者はいない。

 魔導車は時速で凡そ四〇㎞ほどのスピードがでる。ただそれは舗装されている街中での話であって、街の外のあぜ道では精々二〇kmが良いところだが、それでも人の足よりは断然速くそして何より疲れしらずだ。


 だからここへ来るのは魔導車でとナオは考えていた。乗り合いの魔導バスを使てやってくればいいと思っていたのだ。だがそもそもこんな鬱蒼とした森にそんな都合のいいものは無かった。だからと言って自分で魔導車をチャーターするほどナオはお金を持っていなかった。


 結果ナオはここまで走ってやってくることになった。


 そもそもこの距離を走ってこようと思う方がどうかしているのだが、ナオはこの魔導車で二〇分かかる場所まで魔導車と同じ二〇分で到着している。これは恐ろしい好タイムだ。ナオの様な小柄で華奢な女の子がとても出来ることではない。しかもほとんど息を切らす事が無かったのだからとんでもない上にナオが来ているのがメイド服と極めて走り難い格好をしているのだから呆れてくる。


 ナオは前世の記憶が戻ってからと言うもの、こういった体の強化が著しく進んでいる。これが記憶だけの問題なのか甚だ疑問が残るのだが、ナオはこれらも全て「チート」この一言で自らを納得させていた。


 閑話休題。


 ナオは素直に魔物と戦いたいと頼んだら怒られ呆れられてしまっただわけだが、一般的な反応を考えればそれは至極真っ当な反応だったのだろう。

 この世界そもそも軍や騎士以外魔物と戦うことなど無いし、況してやメイドをやっているような普通の女性が戦うなど臍で茶を沸かしかねない話だ。そもそもその必要性も状況も無い。


 ゲームの世界でもそうだった。


 ゲームでは騎士候補生のが、訓練だったり騎士からの要請で戦闘をする流れとなっていた。

 

 だから冒険者など存在しないこの世界で騎士でも騎士候補生でも無いただの女性が戦うなどあり得ない事なのだ。


 そもそもナオは魔法が使えない。使い方を知らない。

 非力な女性が魔法も無く護衛もつけずに魔物の生息地に来るなど自殺以外の何物でもないとヘレナたちは思った事だろう。

 魔法とは単純に超常現象を具現化するだけでなく身体能力の向上をもつかさどっている。だから魔法が使えない人間と魔法が使える人間とでは隔絶とした差があるのだ。それこそ大人と赤ん坊ほどの大きな差が。


 しかし森を歩くナオにはいたって気楽な様子だった。陽気に鼻歌を奏でてしまうほどに。


「おぉ、魔物襲来!!何がでるかなぁ」


 その場違いだらけのナオは少し先の方に魔物らしきものを見つけて嬉しそうな声を上げた。


 がさがさと草木が震え鳴る。何かが奥からその姿を表す。


 それは体長四メートルは有りそうな人型の魔物だった。


 保護色なのか黒ずんだ緑色の肌は筋肉か贅肉か判断に困る盛り上がり方をしている。二本脚に二本腕。頭も一つとシルエットとしては大きい人と言った感じだが、肌の色以外にこれが魔物だと思わせるのに十分な特徴があった。


 顔に目が一つしかなかった。そして大きな裂けた口からは如何にも凶悪そうな牙。


 ナオはその巨体はゆっくりと見上げていき・・・・・・そして。


「・・・・・!」


 絶句した。


「え・・・・・・あれ・・・・・・待って・・・・・・」


 それはナオにとって予想外な遭遇だった。


 ナオはゲームの記憶からこの魔物がどんな魔物なのかを呼び起こすと、さっきまでの嬉しそうな表情から一転、強張ったものへと変化する。


「う、うそ!?な、なんでサイクロプス・・・・・・・・・・・・・」


 そう、現れたのは一つ目の巨人サイクロプスだった。そしてこのサイクロプスはゲームだと・・・・・・・・。


「この的ってもっと後半の、それこそレベルが五〇以上になった辺りで出てきた魔物の筈なんだけど・・・・・何でスタート地点の王都の森に出てくるの?!」


 ナオの叫びが森を揺らす。


 その表情には明らかな恐怖を浮かばせ、ナオの足もとの草がカサカサと音を立てる。震える脚が崩れぬよう必死にこらえたナオは、目の前の一つ目巨人を前に立ちすくんでいた。


 ナオはまさかの事態に混乱した。


 ゲームでのスタート地点であった王都の周辺の魔物ポイントには雑魚しかいない筈だった。だからナオはこんなにも気軽だったのだが、今ナオの目の前に現れたサイクロプスは終盤に出てくる強敵。ナオのゲームの記憶と違う現象。


「ま、拙い拙い。こんなの初めて戦う相手じゃない・・・・・」


 この世界にあるかどうかわからないが「レベルが違い過ぎる」と愕然とする。


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 サイクロプスが久しぶりのごちそうを目の前にして歓喜の雄たけびを上げる。裂けた口内から立派な牙を剥き出し威圧と共に周囲の枝葉を揺らす。


「ひっ」


 とうとう耐え切れずにナオは地べたに座り込んでしまう。もう足が言うことを聞いてくれない。勝手に腰から下の力が抜けてしまっている。

 奥歯からカチカチと音が鳴る。目からはじわりと涙が滲んでくる。


 あぁなんて愚かな事をしてしまったのだろう。ナオは内心で短絡的に行動してしまった事を悔いた。



 サイクロプスが周辺の木と遜色無いほどの太い腕を持ち上げる。作った握り拳はまるで巨大な岩にすら思える。


(リセット、リセット、リセット、リセット・・・・・)


 心の中で呪文のように唱える。だが現実はそれを許してはくれなかった。


 恐怖にふるえるナオが見たのは、サイクロプスの歪んだ笑み。


 その瞬間、振り上げた巨大な拳がもぐらたたきの様に振り下ろされる。


「やあぁぁぁぁぁぁ!」


 ナオの叫びと共に銀閃が煌めいた。


 すると、振り上げていたサイクロプスの腕がずるりと落下。


 それはここまで来る間にナオが斬り落としてきた枝や草と同じように、然も気軽に刈り取られたかのようにひっそりとぽたりと腕が斬り落とされた。


 それから数舜の間。


 胸からカッターで切られた絵の如く綺麗ない直線を境にサイクロプスの体が上下で別れ、そのまま地面に静かに倒れていった。


 咄嗟にナオは手にしていた模擬剣を払っていた。それこそ意図していない反射行動であってそこにナオの意志は乗ってはいなかったであろう。


 だが振りぬいた銀閃は見えない凶刃となって、放った主人を窮地から助けたのだ。


「・・・・・・・・へ?」


 ナオは恐怖から一転。目の前で起きた不可思議な理不尽に目を丸くする。


「あ、あれ?死ん、だ?」


 脚が立たなかったので腕をいっぱいに伸ばし、剣先でサイクロプスを突っついてみる。


 ピクン。


 ビクン!!


「はわわわわわわ」


 するとサイクロプスの足がピクリと僅かに動き、ナオは驚き怯え大きく後ろにひっくり返る。だが大丈夫。このメイド服パンツは見えない構造をしている。


 サイクロプスが反応したのはそれまでだった。それ以降動く気配は全くなかった。


「・・・・は・・・・はは、あははははははは、み、見ましたか。私の実力を!!」


 そしてそれでサイクロプスが死んだと判断できたナオは高笑いを上げる。腰は抜け立ち上がることも出来ず、涙と鼻水をすすりながら、ナオは様にならない初勝利の雄叫びを上げたのだった。

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