第45話 ちゃうねんなんですけど!

「この奥に公爵家で懇意にしている料亭がございます」


 向かった先は少し奥まった場所にある所謂隠れた名店。

 公爵家であるカティーナの家族が王都に来るとよく使っている店で、融通も聞いてもらい易いからとヘレナがチョイスした。


「雰囲気のある場所ですわね」


 表通りから二三本入った場所である為人通りもまばらで非常に静かだ。

 周囲の建物も古くからある家が多く、王都にしては落ち着いた情緒ある風景となっている。

 最近では高層ビルも増えてきていたので、こういった歴史を感じる街は領地を思いだすのでカティーナとしてもこの場所は居心地がよさそうだった。


「景観保護地区にもなっていますから、街並みを勝手に弄る事が禁止されていますし、地域の住民の方も想いれを持って街を維持してるみたいですよ」

「俺っちはもっと都会的な方がいいっすね」


 ヘレナがそう説明するとウィルキンスが軽くちゃちを入れるが、ウィルキンスの顔を見るかぎり特に嫌がっているわけではなさそうだ。


 そんな古き良き王都、それを体現したかのような街並みは眺めていると時をさかのぼったような気になってくる。


(日本で言うところの下町みたいなところかな)


 ナオもまた感慨深く街並みを眺めていた。

 ただナオがその景色で思いだしていたのは前世での記憶だった。


 の実家は都内の駅から離れた辺鄙な場所にあった。

 よく言えば下町、悪く言えば古い廃れた町、住むのに不便がある場所ではあるが、奈緒はその町が気に入っていた。

 コンクリートが殆どの都会とは思えない木造だらけの建造物。年季が入って木が細り隙間だらけの塀であったり、人がすれ違うのがやっとの狭い路地を、老人がのんびりと歩いていたり、そんなどこかのどかで時代錯誤な感じが好きだった。

 ただ難点を言えばコンビニが遠い事と、犬に良く吠えられることだろうか。


 そんな慣れ親しんだ景色を思いだしていると、ふとナオの頭に両親の顔が浮かび上がった。


(そう言えば、私・・・・すごい親不孝者だよな)


 散々迷惑をかけた両親。

 最後は呆れられて家から追い出されてしまったが、それでも奈緒は両親の事が好きだった。


 そんな両親を残して自分は死んでしまった。


 しかも、


(マンホールに落ちて死ぬとか、葬式爆笑しなかったかな)


 別な意味で悲しくなった。



「ここですね」


 ナオが場違いな回想によりほろりとしている間に目的地に到着した。


 立派な古民家をリノベーションした店構えは、非常におしゃれだが決して格式は低くは感じさせない、そんな絶妙なつくりをしている。

 如何にも高そうだと連想させる立派な無垢の木の看板には『料亭 』と書かれている。


 日本のゲーム会社が作った世界だからかここの公用語は日本語だ。

 文化に関しては和洋折衷と独自の世界観があるが、随所に日本を感じさせる部分がある。


 ナオは一度この世界は何なのだろうかと考えたことがあったが、一分後に出した結論は「分からん」だった。そして考えても仕方が無いと速攻で投げ捨てた。

 ナオとしては楽しんでいるので特にここが何なのかは問題じゃないのだ。逆にゲームで攻略出来なかったカティーナと一緒に居れるのだから楽しみが尽きないくらいだ。


「ここは・・・・覚えていますわ」


 カティーナはお店の外観を見て来たことがあるのを思い出したようだ。


「お嬢様は確か4年ぶりくらいでしょうか。幼かったですし朧気でもしかたないですよ。では先ずは私が先触れとして店主とお話をしてまいります。お嬢様型は暫しこちらでお持ちください」


 ヘレナはそう言うと門扉を引いて中に入っていった。


「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 若干手持ち無沙汰となった一行。そんな沈黙の間はナオにとってありがたくない流れを生む。


「・・・・・・・・そうはそうと、ナオ」


 それはカティーナの語りの冒頭を聞いただけで分かった。


「ちゃうねん!」


 似非えせな方言を使って何がと突っ込みたくなる遮り方をするナオ。目をウルウルさせて懇願にカティーナを見ているが、そこに全くの信用性は無い。

 更に言えばその潤んだ瞳は自分の葬式が爆笑だったかもという哀れな妄想によるもの。

 見た目はチワワの様に可愛いが中身はぐずぐずの悪女だ・・・・・・いや見た目も今はへんてこなほっかむりの所為で余り可愛くも見えない。


「何が違うといっているのかしら。わたくしはまだ何も言っておりませんわよ。そうやって真っ先に自分の保身を訴えるという事は、何か後ろめたいことがあるのではなくて?」

「ちゃ、ちゃうねん」


 普段から怒られなれているナオであるが故につい条件反射で出た逃げの言葉。それを逆手にとって追い詰めようとする冷たい眼の美少女にさすがのナオもタジタジになる。


 尻すぼみに同じ言葉を繰り返すが、目が鮫に狙われたイワシのように泳ぎまくる。


「さて何が違うのかしら、ナオ。あの方を薙ぎ倒してしまったことかしら、それともその変な格好をしている事かしら、あぁもしかしてここに貴方がどうしているのか、という事かしらね」


 「わかってんぞ、こらぁ」と言わんばかりに冷えた鋭い視線を送るカティーナ。

 最早そこに逃げ場などない。


 組んだ指を高速で回転させながらどうにか誤魔化せないかと思案に暮れるナオ。


 絶対混ざりたくないと口を噤む三人の男たち。


 高級料亭の前はピリ付いた空気で固まる。





「あらぁこれはいただけないな。『鼠』の奴つかまってんじゃない。僕としてはどうでもいいけど、放っておくと竜の奴がうるさいからな。まったく面倒な事だよ。し踏んだり蹴ったりだね・・・・・・・まぁでもこれは」


 そんなナオたちのことを隠れて見ている者が居た。


 蛇を思わせる縦割れの目をした陰湿そうな男。

 口ではそう言っているがその表情は実に楽しそうだ。


 その者はトイレでナオを襲った変態さんだった。


 ショッピングモールでナオを見失い、仕方なしと任務に戻ってカティーナたちを追ってきたのだが、そこで一応仲間である男が捕まっているのをこうして陰から様子を窺っている。


 因みにナオがそこに居るという事に気付いていない。


 服装で気付きそうな気もするが、今のナオは変装と言う名のヘンテコほっかむりスタイルだ。あの特徴的な銀髪を隠しているだけならいざ知らず、凡そとびっきりの美少女がする格好ではない為、その可能性を常識的に排除してしまっていたのだ。

 これがナオという非常識を知らないが故の弊害である。


「う~んこっちの子も遊びがいがありそうだな。ちょっと胸が僕の好みじゃ無いけど、偶には趣向を変えるのも一興かもね。シュロシュロ」


 カティーナを見ては二又に割れた長い舌で口を舐めずり、男はどうやって遊ぼうかと思考を巡らせる。


「その前にあの役立たずを何とかしないとね。下手に僕たちの事がばれると拙いからね」


 だが楽しみをより楽しむ為には面倒ごとを先に済ませた方が良い。

 男は自分にそう言い聞かせると再びカティーナたちの動向に注意を払う。


「護衛の男が三人か・・・・・どれも簡単にはさせてくれそうにないな」


 問題の『鼠』は大柄な男が抱えていた。見るからに力がありそうで正面からでは絶対に相対したくはない。

 だが一番厄介そうなのはその隣で静かに佇んでいる男だろう。


「彼がリーダーかな」


 ここからでも分かるほど彼の隙をつくのは難しそうだ。


 どうしたものかと男が算段を練っていると、思いもしないところでそのチャンスが訪れた。


 へんてこな格好をしたが奇声を上げて逃げ出し、それを目標である公爵令嬢が追いかけて出したのだ。すると当然護衛も動かざるをえない。

 そして都合の良い事に『鼠』を抱えた大男だけがその場に残ったではないか。


「おや、これは」


 そんな格好の隙を逃すほどこの男は軟な道を歩んではいない。


 即座に陰から飛び出した男は大男の背後へと迫るのだった。

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