第44話 事故なんんですけど!

「ぬぉぉぉぉ」


 人混みをすり抜けながらナオは全力で爆走していた。

 それはカティーナを付け狙う変質者を退治するため。


「あのぼいんはやらせませんよぉ!」


 そこに緊迫感は無い。ナオだから。

 しかも言っている事が古いし酷い。

 だがナオはいたって真剣だった。


 休日であるのでそれなりの人の出がある。当然真直ぐに走る事などできず避けながら走るナオ。だがそのスピードは恐ろしく速い。


「わ、えっ、何?」

「きゃ、誰私のお尻触っていったの!」

「うぉびっくり・・・・て、あれ何も無い?」


 通り過ぎていく人々は何が通り過ぎていったのか理解すらできずにいる。

 まさに風のようにとはこの事か。


 変質者の男とカティーナの距離は凡そ十メートルほど。

 その距離は徐々に詰まってきていた。


 ナオの想像では、この後変実者はカティーナの背後から抱き着いてその豊満な胸を揉みしだくものだと決まっている。寧ろそうしないはずが無いと強く確信しているのだ。何故ならばナオは既に経験済みだからだ。だからあれの気持ちよさをよく知っている。ならば揉むのは当然だ、と言う持論。だから変質者が狙うのはそれしかない、と思っている。


「あれは私のものです」


 当然違う。


 が、ナオの間違った忠誠心は一応主人を守ろうと働いてはいるようで、こうして必死に駆けている。


 もう五メートルを切った。いつ襲い掛かってもおかしくない。だがナオはまだまだ追いついていない。もう一人の男をかまっていたせいでカティーナたちとの距離が開き過ぎた。


 悔やむ気持ちを燃料に変えナオは更に加速する。


 しかしそれは徒労に終わる事となった。

 ナオが到着する前に男の目的(ナオの想像上)が止められてしまったからだ。


「おっとこれ以上近付くのは無しっすよ」

「な!?・・・・・・・・えっと、何か用かな?」


 護衛の一人であるチャラい服装をしたウィルキンスが、そのから肩を掴んで声を掛けた。

 不審な男は突然の事に驚きを見せるが、直ぐに平静を取り戻し白を切ったがウィルキンスは男を離す気は全く無い。


 ナオが向かうまでも無く、護衛は確りと機能していた。


 実を言えばナオが飛び出して直ぐぐらいにウィルキンスは動いていた。

 相手に悟られない様カティーナたちからそっと離れ、様子を窺いながら不審な男の背後へと回っていたのだ。


 余りに必死過ぎてナオはその事に気付かなかったのだ。


 気付かずに焦り爆走し・・・・・・・そして。


「いやいやとぼけようとしたっ」

「ごはぁぁぁぁ!」

「おあっぁぁ!?」「ぼほぉ!」


 止まり切れずにウィルキンスと不審な男に体当たり。

 そのまま三人はなだれ込む様にして地面に倒れる。


 一番下に不審な男、その上にウィルキンス、そして一番上にナオの構図で転がる。


 ウィルキンスは突撃され倒されてはいるものの被害らしい被害は然程ない。少々腰が痛いがそれだけの話。だが下敷きになった不審な男の被害は大きい。


 顔面を地面とウィルキンスの間に挟まれ、更にどういう経緯か股間にナオの膝が直撃。今にも何かを吐き出してしまいそうな悲鳴を上げ、そのままあえなく夢の中へと白目と泡を吹いて旅立ってしまった。


「え、え、誰・・・・・・・・って、嬢ちゃん? え・・・・何その格好??」


 とはいえウィルキンスの動揺も激しい。

 まさか後ろからタックルされるとも背中に乗っかられるとも思っていない、と言うよりそんな予測など出来る訳が無く、状況を整理するのにしばらくかかるだろう。

 いや、それ以上に気付かなかった事に驚いている感じか。

 いやいや、それ以上にナオのほっかむりスタイルに驚いていた。


「いたあぁぁぁ」


 その二人の男の上で赤くなった鼻を摩るナオ。

 ウィルキンスの堅い腰に顔面から突っ込んでしまった。


「何するんですかウィルキンスさん!」

「え、俺?」


 涙目で文句を口にするナオ。その理不尽さに本人自覚無し。

 逆にウィルキンスは困惑し自分を指さし驚いている。


 その間も不審な男は意識を失い地面にグリグリとすりつぶされている。

 こいつ出番が今一なうえに不憫だ。


「ウィルキンスさんが突然飛び出してくるから目測を誤って」

「ナオ、あなた何をやっているの?」

「へ・・・・げ、せんぱいだぁぁぁぁぁぁ!!」


 ウィルキンスに馬乗りになったまま文句を言うナオの背後の忍び寄る影。

 その影から底冷えする呼びかけが。

 ナオが恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは燃える様な真っ赤な髪と顔をしたヘレナだった。

 ナオは顔を引きつらせ咄嗟に逃亡体勢を取ろうとしたが、そこは流石ナオ限定の歴戦の勇者。素早いナオの動きを難なく捉えその頭頂部に必殺の拳を叩き込む。

 条件反射か拳が頭頂部に突き刺さるよりも早くナオは悲鳴を上げ、突き刺さった後は脳天を押さえてのたうち回る。

 地面をバタバタと転げまわるナオ。だが不思議とナオのスカートは捲れない。


「全く・・・・・・・本当にいるとは」


 そんなナオを見下ろしヘレナは肩を落とす。

 いる可能性が高いと思っていたが実際眼にしてしまうと今のナオではないが頭を抱えたい気分だ。


「・・・・・・それよりも」


 だがそんな事は些事だと思えるくらい悩ましい問題がある。


 ヘレナは重い、とても重い溜息をこぼした。


「はあぁ・・・・聞きたくは無いのですが・・・・・そのは何のつもりですか」


 そして吐き出されるのは先ほどよりも三音程下がった低い声。

 頭を摩っていたナオがびくっと体を強張らせる。

 ヤバい、頭の中がその言葉でいっぱいになり冷たい汗がドバドバと出てくる。


「ふひゅひゅ何の事で、い˝だあ˝ぁ˝ぁぁぁ」

「怒りますよ」

「先輩もう怒ってぽかぽかと・・・・・・あいすいません」


 逃れようとするも容赦ない鉄拳により玉砕。ナオはその場でヘレナに土下座をかます。最初からその潔さがあればここまで怒られまいと言うものだが、それが理解できればそもそもこんな事はしないだろう。


 【奈緒】だった頃は完全なオタク気質で大人しい方だったのだが、そのオタク気質が逆にここがゲームの世界だという可能性にいらないブースターを掛けてしまっいる。

 今の【ナオ】は性格が完全に変わってしまっている。しかも最近では妙な能力に目覚めたためにその歯止めがポロリと抜け落ちてしまっている次第。


「ナオ・・・・・・あなた・・・・・・」


 さすがにこの暴走ぶりにはカティーナも引いていた。


 いきなりの騒ぎに驚き状況を呑み込めず放心していたカティーナだったが、平静を取り戻しナオたちの元へとやってきたのだが、土下座をする頭巾姿の専属メイドにその高貴なる端正な顔は引き攣っていた。


 絶句、正にそれ。


 美しいほど輝く銀髪が完全に隠され、愛らしい整った顔が歪にゆがめられている姿は少々悲しくも思えてくる。


 顔を片手で覆い落胆する姿は何とも哀れな主人の姿。


 そんな主人をナオは捨てられそうな子犬のような眼で見上げる。


「これは事故なんですぅ」


 誰も共感できない言い訳を吐きながら。

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