第37話 続続、不審者が多いんですけど!
ナオが開けようとしたのと丁度同じタイミングで、別な誰かにドアをあけられた。力の行き所を失ったナオはよろめいた。
「え?」
間の抜けた声がトイレと言う狭く密閉された空間に反響する。
思いもよらない事態にナオは唖然とした。
だがそれは別にドアを開けられ自分の行為が空かされてしまったからではない。そんな事でこれほどまでに動揺するべくも無い。
ナオが間の抜けた声を上げ唖然としてしまう程動揺した原因、それはドアを開けてきた人物の方にあった。
「!!」
ナオが呆けていたのはほんの僅かな間だった。
脳が復活するか否やというタイミングで、危機感を覚えた体が先に回避行動をとり、ナオはドアから飛び退く。
「ほぉ」
そんなナオにねっとりとした感嘆の声を漏らしたのは、今しがたトイレに侵入してきた人物。
ナオは二の腕に産毛が逆立つ怖気を感じながらその者に最大限の警戒心を抱く。
なぜならば女子トレイに入って来た人物・・・・・・・それは男であったからだ。
女子トイレに入ってくる男、それはもう紛う事無き変質者でしかない。そんな輩を女性が警戒しない訳が無い。
男は後ろ手にトイレのドアを閉め、まるでナオを逃がさないかのようにドアの前に立ち塞がる。
糸の様に細い目からは先ほどから纏わりつくような粘質的な視線を感じている。
本能的な嫌悪感にナオの眉間には皺が寄っていく。
「な・・・・・なんです?」
普段あまり物怖じしないナオではあるが、ここまであからさまな変質者にはさすがに恐怖を覚えていた。
叫び声を上げたかったのだが喉が上ずり上手く声が出せない。辛うじて出せたのは震えた半端な問いかけ。
その間もナオはじりじりと後退さり男と出来るだけ距離を取ろうとしていた。
「あぁ声も良い」
「ヒゥ!!」
全身総毛立つとはこのことか。
ナオは悦に浸る男にどこから出たのか分からないような悲鳴が漏れだした。
(やばいやばいやばいやばい)
グルグルと回る目、どうしたらいいか分からず顔だけが右往左往している。
さっきまでも変質者を相手にしていたはずだが、それとこれとでは状況が大きく違う。ナオの思考も行動も恐怖で極端に委縮してしまっている。
ナオは自分から襲うのは平気だが襲われるのには慣れていないのだ。
あの森でのサイクロプスや初めて会った時のアストロフィ、それとワイバーンの時もそうだろう。
自分への敵意や害意を向ける相手への対処がナオは極端に苦手なのだ。
(逃げなきゃ、でもどうやって・・・・・・アスニャンを投げつけれてその隙に)
だからこんな突拍子も無いアストロフィにとって酷い仕打ちを考えてしまったりする。
「シュロシュロ、何をして遊んであげようか」
固まり狼狽えるナオに男がにじり寄る。
頭の中では既にナオを良い様に甚振っているのか、唯でえいやらしい顔つきが更にニヤ付いて気持ち悪さを増している。
(やだ、どうしよう、怖い、怖い・・・・)
その喜色ばんだ顔はナオにとっては恐怖でしかない。
キョロキョロと打開策を探っていたナオ。はっと何か思いついたように近くの個室へと駆け込み、そしてドアを勢いよく閉めると鍵を掛けた。
「おやおや、どうして隠れるのかなお嬢ちゃん。出ておいで、僕と一緒に楽しく遊ぼうじゃないか。大丈夫だよ。お嬢ちゃんには気持ちよくて・・・・とぉっても痛い事してあげるから、シュロシュロシュロ」
言っていることが滅茶苦茶な細目の男はナオが逃げ込んだ奥の個室へとゆっくりと近づいていく。
「隠れん坊もいいけどその可愛らしい姿を隠すのはよくないなぁ。でもいいよ、待っていて。今開けてあげるから。あぁでもドアの近くにはいないでね。近くにいると・・・・死んじゃうかもしれないから」
口調は軽い、だがその手にしている物は物騒な刃物。
どこから取り出したのか刃渡り80cmくらいありそうな鉈の様な形状の凶器。それがいつの間にか男の手には握られていた。
男はにたりと口元を歪めゆっくりとした動作で鉈を振り上げる。
「あはぁ!」
そして細い目が見開かれ鉈を振り落とす。
木製のドアに易々と付き刺さった鉈は、ベキベキと小気味いい音を上げ更にドアを大きく引き裂いていく。
「出ておいでぇ」
男が引き裂き出来た穴からのぞき込む・・・・・その時。
ばぁん!
別な場所からドアが開く激しい音。
男が振り返るとそこから飛び出す銀を棚引かせた黒。
「し、シュロ?!」
それは瞬く間にトイレから出て行った。
男は暫し呆気に取られていたが、ハッと我に返ると破り壊したドアを蹴破った。
「くそがぁ!!」
怒りの声を上げた。
個室の中には誰もいなかった。ガランとした個室には破壊された木片が散らばっているが、在るのは誰も使用していない便器のみ。
そう、先ほど飛び出して行ったのはナオだった。
この一番奥の個室に逃げ込んだはずのナオが、何故だか一番遠い入り口側の個室から飛び出したのだ。
男は怒りで顔を真っ赤にし、殺気立つ形相で女子トイレから飛び出した。
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