第2話 転生してしまったんですけど!

「ぬぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 薄ら明るみが出てきた室内にて、可愛らしい声色の可愛くない悲鳴が響き渡る。外から聞こえてきていた鳥の囀りが、この悲鳴を合図に羽音と変わり飛び去っていく。

 悲鳴の主が蹴り上げた布団が宙を舞いばさりとベッドの下へと落ちていった。当の主はと言えばまるでばね仕掛けの人形の様にぴんと伸び切った両手両足で勢い付けて跳ね起きる。


「ゆ、夢か・・・・・・・夢?」


 額の汗を拭い、次第に小首をかたむけていく。


 外光を遮るカーテンの隙間から差し伸べる光が、徐々に差し込む位置を変えながら部屋の中をなめていく。


 きっと悲鳴が無ければ清々しい朝の訪れだったかもしれない。


「何か違う、様な気がする・・・・・」


 両腕を胸の前で組んでベッドの上で胡坐をかく。身体を起き上がりこぼしのように左右に揺らすが、その動きは不規則で時折斜めのままピタリと止まる。


 ベッドまで差し掛かった朝日が、その者をスポットライトを充てるように徐々に足元から照らしだしていく。


 は日を浴び光輝く長い髪を鬱陶しそうに手で流す。その滑らかな銀糸は朝日を浴びるとまるでスパンコールを散りばめた上質な布のように、煌びやかに輝きながら清流のごとき流れ光の陰影を作り出す。まるでそれ自体が一級な装飾品のような目を奪われる美しさがある。


 銀髪の少女は群青色の瞳で天井を仰ぐと、何かを閃いたように大きな瞳とぷっくりと可愛らしい唇をぱかりと開けた。


「マジか!!」


 この少女、まるで妖精が顕現したのかと思われるような、現実味を感じさせない美貌をしている。完璧なまでのパーツが完璧な配置で並べられた少女の容貌は、美少女と呼ぶのすら侮辱の様に聞こえてしまう程だった。


 そんな美貌の少女が、俗世に塗れ切った俗物の如き言葉を吐き出すと、全て納得いったとばかりに自分の掌に拳をぽんと落とす。


「私、転生してらぁ・・・・・・てか、私の前世、酷くない?マンホールに落ちて死ぬとか、どんだけ運がないんですか」


 そして直後にガクリと肩を落としベッド上に両手を突き崩れ落ちる。


「私の葬式がどんなだったのか物凄く気になる」


 そんなどうしようもなく今更変えようのない事で悩み頭を両手で押させ悶える銀髪少女。


「何で今更思い出すかなぁ」


 恨みごとにも似たため息交じりの一人騒がしい声は朝の静けさに消えていった。




 動くたびに光の波を揺らめかす銀髪をはためかせて、美しき少女は真っ赤な絨毯が敷き詰められた長い廊下を走っていた。これだけを聞けば然も美しい情景を思い浮かべられたかもしれない。


 だが実際は・・・・・・。


 頭に乗っている白いひだひだした布地のヘッドドレスがその勢いのあまりめくれ上がり、黒いロングスカートの端を摘まみ上げ走る姿は鬼気迫る。効果音を付ければ「ダダダダダ」だろうか。


 彼女がみにつけているもの、それは所謂メイド服である。


 頭上のホワイトプリムと黒を基調としたロングドレスに白のふりふりエプロン。この屋敷の主人の趣味なのか、些か作業着と言うよりはゴスロリドレスに近いデザインである。それため、幻想的な美貌の少女が身にまとえば、それこそ際立つ可愛さと美しさをもった極上の美術品が出来上がる。


 ただし、少女がこの様に淑女のかけらもないはしたなく全力疾走していなければ、と付くのだが。


「ていへんだぁ、ていへんだぁ」


 そして口の悪さも災いしている。


 この少女を黙って立たせていればそれだけで多くの人の感嘆の吐息があふれる事だろう。人の目を意識し、自身の身の丈に合った立ち居振る舞い、これだけの美しさを持った少女であれば少なからずそう言った部分を気にするものなのだが、残念な事にこの妖精の様な少女にはそう言った機微は一切感じられない。



 少女は屋敷内の一角にある扉を勢いよく開けた。


 バンと激しい壁との衝突音を響かせ、その勢いのあまりに一度開いた扉はまた閉じていく。それを妖精の様な少女はこともあろうか足で押さえる。


「ちょ、ナオ。扉は静かに開けなさいと何度言ったら分かるのですか!」


 部屋の中にいた女性が激しくぶつかる扉に跳び上がり驚く。

 きっとこれが日常的な事なのだろう。その原因を作った少女の顔を確認することなく断定的な怒りを飛ばしてきた。


「せんぱ~い。マジ大変なんですよ。ちょっと聞いてくれます!?」


 そしてナオと呼ばれた少女は、そんな女性の怒りを無視すかのように話を始める。


 くしくも少女は前世も今世も名前がナオだった。


「貴方・・・・・・・はぁ、もういいわ。で、今日は何?」


 呆れなのか諦めなのか、ナオから先輩と呼ばれた妙齢の女性は、額に手を当てて項垂れるように肩を落とした。


 この女性もメイド服を着ているのだがナオのとは違って少し落ち着いたデザインだ。


 彼女、ヘレナ・ハミルトンは特徴的な真っ赤な髪をかき上げて、「さて、今日は何をしでかしたのかと」身構えながら、自分を見上げる美しき駄目な少女に話を続けろと促した。


「実は私転生していました」


 そして出てきた言葉に、ヘレナは困惑に眉を顰め額に乗せた手で眉間を摘まみ上げたのだった。

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