35.同感です。


「同感です」


 患者以外には冷淡な清川は、今でも苦手な相手だ。しかしこうして俺が目覚めるのを待っているということは、俺にも力になれることがあるということだ。映のためなら清川に協力することをいとわないと、俺は思った。


「出版社に電話をしたら、似たような電話を受けたと言われた」

「多分それは俺のことです」


 俺は頭を掻いた。清川に俺が出版社に電話をしたと、伝えていなかった。そのため清川は出版社から要注意人物として扱われただろう。それは少し申し訳ないと感じた。清川もそんな俺を鼻で笑い、「考えることは同じか」と自嘲した。


「だと思って、話を聞こうと思ったんだが、時間が互いにないな。早めに回復してくれ。せっかく森崎の居場所が分かりそうなんだから」


 今、清川はさらりと重要な事を言った。思わず、聞き逃してしまうところだった。この事件の背後にいるであろう森崎の居場所が、分かったというのだ。一体どうやって調べたのだろう。出版社が口を割ったというわけではないだろう。もしかしたら、則田と連絡がついたということなのかもしれない。


「本当ですか⁈」


 そう言って思わず身を乗り出すと、傷口が痛んで顔をしかめる羽目になった。


「こんなところで嘘をついてどうする?」


 清川は意外にも真剣な表情でそう言い、「仕事に戻る」と言い残して病室を出て行った。俺がこの後、医師や看護師に説教を受けたことは、言うまでもない。清川を出入り禁止にしようと言う話になって、俺が止めに入らなければならなかった。俺の知らない所で、清川は大暴れしたらしく、公立病院では危険人物とされていた。


「あの人、本当に医者なんですか?」


 看護師たちが、俺の処置に来るたびに、口をとげながら同じようなことをきいてくる。そして何だか看護師たちの当たりが、俺にだけ強い。これはひどいとばっちりだ。


「しかも、精神科医があんなので、よくやっていけますね」


 それは俺に愚痴られても困るのだが、と思いつつ、清川のことを知っている身としては、弁明しておかなければならないことがあった。精神科医と聞けば、穏やかに患者の話を聞いて、緩やかにアドバイスを出したり、薬を処方したりするというのが一般的なイメージなのだろう。しかし、時には患者を拘束しなければならなかったり、暴れる患者を取り押さえたり、穏やかなだけではやっていけないのも、精神科の実態だろう。もちろん、いつも穏やかだったり、飄々としていたりする精神科医もいるだろうが、清川の場合、誤解を招きやすいのが玉に瑕だ。けしてその腕は他の精神科医と並べても、劣ることはないだろうに、性格に問題があるのだろう。


「確かに自分の患者のことしか興味がない人ですけど、映にとっては心の支えなんです。映は絶対に犯人じゃありません。きっと誰かが悪夢で人を操ってるんです。だから、清川先生と俺は、協力するのが大事なんです。お願いします」


 頭を下げた俺に向けられた視線は、様々だったと思う。恋人の無実を信じ続ける男への同情や憐み。悪夢で人を操るという勝手な推理をする男への嘲りや、蔑み。そんな中でも、俺の必死さだけは伝わったらしく、清川の公立病院の出入り禁止は、撤回されることになった。


 次の日も清川は俺の病室にやってきて、俺の話を急かした。こっちは一時意識不明の怪我人で、清川をかばったのだから、少しは俺の心配もしてほしいところだが、清川はお構いなしだ。仕方なく、出版社とのやり取りや、森崎と寝具メーカーとのつながりについて、一通り話した。清川はそれを聞いて黙り込む。そして、一つの可能性を示した。


「君の、逆、という発想は、あながち外れていないと思う」


 清川は、逡巡してから人差し指を立ててそう言った。清川にとってそれは最大の賛辞だった。医師である自分だからこそできなかった、まさに「逆転の発想」だったからだ。しかも、考えれば考えるほど、その「逆」というのがしっくりくる。俺も清川も、第六感と言うべきところで、その発想が的を射ていると感じていた。人間は、病気に掛かれば薬を頼る。しかし今回のことに関して言えば、薬に頼らせるために、悪夢病という病が作られているということだろうか。


「獏を拡散させるために、病を作った?」


 俺はあえて平たく言ってみる。議論としては面白いかもしれないが、口に出すと現実味がないかもしれないと思ったからだ。しかし、清川は首肯した。




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