35.同感です。

「そうです。中島さんは一命を取り留めました。黒森さんを警察に頼んだのは、私です。これで、少しは御納得していただけましたか? これ以上業務妨害をなさるなら、あなたも警察の方に引き渡すことも考えられますが?」

「やっと話が出来る奴が出てきたか。おせぇんだよ! それで、一命を取り留めた中島幸は、もう安定してて、大丈夫なんだろうな?」

「ええ。もちろん。うちの先生方もスタッフも優秀ですから」


看護師長は胸を張る。おそらく映を警察に引き渡したのは、この看護師長ではない。それは清川も分かっていた。しかし、自分の部下の責任は自分だと言いたげな看護師長に、これ以上詰め寄ったところで、何も解決しない。


「その言葉、覚えとけよ! もし急変させて急死でもさせてみろ。こっちが医療ミスで訴えてやるからな」


そう言い残して、清川は公立病院のナースステーションを後にした。俺の様態を確認して、一命を取り留めたと聞いて安堵したのは、きっと俺のためではなく、映のためだろう。このことだけを言質にとった清川は、映の元へ急いだ。そして公立病院の時と同じように、警察署に押し入った清川だったが「公務執行妨害」という罪名の前では無力であり、警察に協力せざるを得なかった。清川は「俺の患者だ。丁重に扱え!」という捨て台詞を吐いて、署から出てきたらしい。

それから清川はある可能性に気が付いて、再びカルテと向き合った。

 俺はその騒動から三日が経過した昼に目が覚めた。しかし、腹部にまだ激痛が走るため、動くことができなかった。しかも、呼吸にも腹筋を使うため、言葉が発せず、呼吸も浅く出来る程度だった。他の人と会話ができるようになったのは、それからさらに三日後だった。そんな俺が入院している病院の個室に、一番初めに姿を現したのが、目の前にいる清川だったので驚いた。俺が目覚めた時には、きっと傍らに映の姿があるとばかり思っていたからだ。しかし、清川から警察の動きを聞いて、さらに驚いた。映は殺人未遂の容疑をかけられ、警察署にいるというのだ。俺はそのことに対して怒りが湧いた。俺は断言できる。あの時のあの状況を鑑みても、俺を刺したのは映ではない。俺と映の間には、殺意など生まれるはずもないのだ。俺は真っ先に、映の状態を思い浮かべた。身に覚えもないことで責められて、衰弱していく映の姿は、想像するだけで痛々しかった。


「それで、映は?」


腹が痛むが、それどころではない。このままでは映が刑事裁判にかけられてしまう。しかし清川が首を振って「手が出せない」と言った。俺の腕には何本も点滴のチューブが刺さっている。赤黒いのは、鉄剤か輸血だろう。あまりに出血量が多かったため、難しい手術となったようだ。まるで自分の血と輸血分の血を入れ替えたような状態なのだ。


「まあ、君が目覚めてくれて良かったよ。これで黒森さんは殺人罪には問われない」


あいかわらず、自分の患者である映のことしか考えていないような発言だったが、俺はそれを不快だとは思わなかった。むしろ、清川と同じく安堵していた。俺があのまま死んでいたら、本当に「死人に口なし」だ。俺にできる事がなくなってしまう。俺は自分自身で、映が俺を刺したのではないということを証明するために、生きて帰ったのだと思えた。


「同感です」


患者以外には冷淡な清川は、今でも苦手な相手だ。しかしこうして俺が目覚めるのを待っているということは、俺にも力になれることがあるということだ。映のためなら清川に協力することをいとわないと、俺は思った。


「出版社に電話をしたら、似たような電話を受けたと言われた」

「多分それは俺のことです」


俺は頭を掻いた。清川に俺が出版社に電話をしたと、伝えていなかった。そのため清川は出版社から要注意人物として扱われただろう。それは少し申し訳ないと感じた。清川もそんな俺を鼻で笑い、「考えることは同じか」と自嘲した。


「だと思って、話を聞こうと思ったんだが、時間が互いにないな。早めに回復してくれ。せっかく森崎の居場所が分かりそうなんだから」


今、清川はさらりと重要な事を言った。この事件の背後にいるであろう森崎の居場所が、分かったというのだ。一体どうやって調べたのだろう。出版社が口を割ったというわけではないだろう。もしかしたら、則田と連絡がついたということなのかもしれない。


「本当ですか⁈」


そう言って思わず身を乗り出すと、傷口が痛んで顔をしかめる羽目になった。

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