30.切りますよ。


 電話の向こうに人の気配があるのに、無言だった。


「もしもし? 切りますよ」


 俺がそう言うと、小さな舌打ちが聞こえて、電話が切れた。間違い電話ではなさそうだ。わずかに悪意と敵意が、舌打ちから感じられた。それに、俺の生存を確認するような電話に、背筋が寒くなった。まるでその電話の向こうにいる相手からは、俺の存在が邪魔で仕方がないような感覚があった。俺はここまで他人の悪意の標的になったのは、初めての経験だった。しかしこのことが、この病が人為的で悪意に満ちているという証明でもあるような気がしてきたのも事実だった。俺はこれで森崎に一歩近づいたと思い、これからの展開を予測しようとしたが、巧く出来なかった。


 不可解なことが多すぎる。俺はそう思って、パソコンをシャットダウンした。椅子に腰をおろして、目と目の間をつまんだ。目も体も、精神も明らかに疲れている。苦手な嘘を吐き続け、演技していた反動なのかもしれない。


 悪夢病。拡散された絵。清川の推理。則田の失踪。森崎の本。大手寝具メーカーとのつながり。これだけ材料があるのに、新しい情報を得れば得るほど、分からなくなる。全く真相が見えてこない。まるで暗中模索だ。一体森崎は何のために、他人に悪夢を見せるのか。単なるサディストの愉快犯か。もしそうならば、近くで患者を見て、苦しんでいる姿を楽しんでいるのか。しかし則田によって「現代の獏」が出回っている。森崎はこれをどう思ってみているのか。子供だましだと嘲笑しているのか。それとも別な考えがあるのか。時計はもう昼過ぎをさしていた。俺も眠れるうちに眠って、少し休んだ方が良いかもしれない。






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