30.切りますよ。

もはや投げやりになりそうな俺は、それを我慢しながらまた鸚鵡返しをした。


「森崎さんの場合は、寝具メーカーや不眠の人、特に女性なら占い系で需要が高いと言えます。中島さんなら、絵画教室や美術の題材など、様々な人にメリットがあります」


俺は何とか吹き出しそうになるのをこらえる。メリットのない商品など、本に限らず、この世に存在しないだろう。それにやっと出版社の口から、寝具メーカーという単語を口にした。つまり森崎はどこかで寝具メーカーと繋がっていて、何らかの援助を受けて、寝具メーカーにメリットのある作品に仕上げたのだ。このメリットが、「悪夢病」でなくて、何だというのだ。間違いなく森崎は、意図的に本を広め、その効果も知っている。しかし出版したのは三年前。何故今になって、森崎は動き出したのだろう。そして何故、最初は五人だけだったのだろう。電話の向こう側では、佐川が熱弁を振るっている。しかし、もう俺はこれ以上佐川と話すことは何もなかった。時間の無駄だと思った俺は、その熱を遮るように言った。


「分かりました。資料を見たら、また連絡します」


本当は、送付されてきた資料を開封する気も、また佐川に電話する予定もなかった。しかし相手も俺だけを相手にしているわけではないだろうし、すぐに見切りをつけるだろう。そのためか、最後の佐川の声はひときわ声のトーンが高く、いっそすがすがしいほどだった。


「はい。では是非前向きにご検討ください」


俺は「失礼しました」とあえて過去形で言って、電話を切った。

 映の様子を見に行くと、規則正しい寝息が聞こえてきた。その表情から察するに、どうやら悪夢は見ていないらしい。それだけで、俺は安堵の息をもらした。すると手の中にあったスマホが、いきなり鳴った。俺は慌ててベッドから離れ、ディスプレイを見た。非通知だったので躊躇ったが、清川からかもしれないと思い、電話に出る。


「はい、中島です」


電話の向こうに人の気配があるのに、無言だった。


「もしもし? 切りますよ」


俺がそう言うと、小さな舌打ちが聞こえて、電話が切れた。間違い電話ではなさそうだ。わずかに悪意と敵意が、舌打ちから感じられた。それに、俺の生存を確認するような電話に、背筋が寒くなった。まるでその電話の向こうにいる相手からは、俺の存在が邪魔で仕方がないような感覚があった。俺はここまで他人の悪意の標的になったのは、初めての経験だった。しかしこのことが、この病が人為的で悪意に満ちているという証明でもあるような気がしてきたのも事実だった。俺はこれで森崎に一歩近づいたと思い、これからの展開を予測しようとしたが、巧く出来なかった。

 不可解なことが多すぎる。俺はそう思って、パソコンをシャットダウンした。椅子に腰をおろして、目と目の間をつまんだ。目も体も、精神も明らかに疲れている。苦手な嘘を吐き続け、演技していた反動なのかもしれない。

 悪夢病。拡散された絵。清川の推理。則田の失踪。森崎の本。大手寝具メーカーとのつながり。これだけ材料があるのに、新しい情報を得れば得るほど、分からなくなる。全く真相が見えてこない。まるで暗中模索だ。一体森崎は何のために、他人に悪夢を見せるのか。単なるサディストの愉快犯か。もしそうならば、近くで患者を見て、苦しんでいる姿を楽しんでいるのか。しかし則田によって「現代の獏」が出回っている。森崎はこれをどう思ってみているのか。子供だましだと嘲笑しているのか。それとも別な考えがあるのか。時計はもう昼過ぎをさしていた。俺も眠れるうちに眠って、少し休んだ方が良いかもしれない。

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