29.一定の需要

初めて聞く単語に、わずかに怯んだ。ホームページをクリックすると、確かに「〇〇賞の一次通過者には共同出版をお勧めすることがあります」と書かれていた。「共同」と言うからには、出版したい人と誰かが手を組んで、その本に共同出資するということなのだろう。森崎は大手寝具メーカーと、この共同出版を利用したのか。佐川は何としても、俺に出版させたがっているように思えた。ノルマがあるのか。それとも業績に関係するからなのかは分からないが、この立場の違いを利用せずにはいられなかった。今なら、俺は佐川にとって「客」であり、佐川にとって逃したくない好機であるはずだ。つまり立場が対等ではなく、俺の方がわずかに有利な立場にいるのだ。俺の鸚鵡返しに、佐川はすがすがしい口調で答える。


「はい。全額負担していただく自費出版もございますが、弊社と作者が共同で出版するモノになります。全ての作品が共同出版とはならないので、特別です」

「他の企業と一緒に、共同出版する場合もあるんですか?」

「もちろん、中島さんが負担する分を、クラウドファンディングで集められても構いません」


つまり、金さえ出せば、どんな作品でも出版することが可能だということだ。クラウドファンディングなら、資金を集められるかもしれない。ただし投資者がその作品に興味を持つか、作者に将来性を感じるかしない限りは、資金集めは困難だろう。しかも、森崎がクラウドファンディングで出版資金を集めたとは、考えにくかった。クラウドファンディングを利用した場合、多くの人々から少しずつ、目標する金額までお金を投資してもらうことになる。森崎の背後には多くの奇特な善人がいるのではなく、もっと暗くて大きな物、言ってしまえば権力的なものがある気がしていた。そうでなければ、病を引き起こす物を出版させないだろう。


「大体、一回で何冊くらい出版できるんですか?」


これはきわめて重要な質問だった。出版された冊数が分かれば、本の広がる限度が見えてくるだろう。俺は少ない冊数であることを切に願った。しかし、俺のその願いは、軽い口調の佐川にあっけなく蹴り飛ばされたのだった。


「五百部ですが、人気次第で重版も可能ですよ。ベストセラーも夢ではありません」


五百部と言う数字に、軽く眩暈を感じた。これが電話でなくて良かったと思う。この残念そうで引きつった顔で佐川と対面していたら、間違いなく不審に思われただろう。少なくても五百の獏が、この世に放たれたことになる。つまり、患者は最低でも五百人以上存在する。あの本が借りられたり、売買を繰り返したりすれば、その数も増えるだろう。俺が質問をするたびに、佐川は熱を帯びた口調になって、正直辟易したが、相手がもうひと押しとばかりに、情報を出してくるのを待った。


「森崎さんのように、一定の需要があれば、平積みだって夢ではありませんよ」

「一定の需要?」

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