24.本


 絵を一枚だけカラーコピーして、走って居酒屋に戻る。そしてそのまま、財布から一万円とコピーを取り出して、テーブルの上に置く。


「急にどうしたんだよ?」

「分かったかもしれない。お前のおかげだ。ありがとう。悪いが、それで支払いを頼む。また連絡するよ」


 俺は上着をはおり、バッグをつかむとすぐに居酒屋を後にした。


 戻ったのは自宅ではなく、病院だった。自分のノート型パソコンを立ち上げ、則田から貰ったUSBメモリーを挿しこむ。すると四人の図書館利用履歴が、表になって出て来た。四人とも、かなりの頻度で図書館を利用していることが分かる。しかし最近は四人とも図書館を利用していない。おそらくこの頃から不眠や悪夢に悩まされていたのだろう。


「見るのは、最近のモノで良さそうだな」


 俺は一人ごちて、検索できる書式に変更し、「夢」で検索をかける。だが、最近のモノにはヒットしなかった。次に「睡眠」で検索をかけると、四人ともヒットした書籍があった。『面白い! 睡眠法』という本だった。著者は文系出身の森崎楓と言う女性。偶然にも俺や則田と同じ大学を出ている。そして生まれた年も同じだ。則田はもしかしたら、森崎と会っているかもしれない。出版社を見ると、自費出版をメインにする会社だった。


 翌日県立図書館で、俺はこの本を開いた。中身はなんともお粗末な内容だった。すぐに閉じたくなったが、そこをこらえてページをめくっていく。女性らしいかわいいイラストの中に、獏のような絵を見つけた。獏だと断定できなかったのは、そのイラストがぼんやりとしか描かれていなかったからだ。毛むくじゃらで、二本の足で立ち、顔に目があり、口には牙があるようだ。これが四人が見た「化け物」の正体だ。おそらく夢の中で四人は、この獏のイラストを錯視した。「化け物」という印象しか持たなかったために、「食べる」から「食べられる」と反転された夢を見て、四人の悪夢が出来上がったのだ。確か、人間はこの反転に興味を持ちやすいと話していたのも、則田だ。今回は則田に助けられた感が強い。そして青年の絵、則田いわく「現代の獏」は、何らかの作用によって、四人の錯視を補正したと考えられる。つまりまた「悪夢病」の患者が出た場合、「現代の獏」と同じ補正効果がある絵による治療が有効と思われる。もしかしたら、手前の小さなものにピントが合い、背景にピントが合っていない、あの画風に似せた絵なら、「悪夢病」の特効薬になるのではないだろうか。


「よし!」


 俺は図書館で小さくガッツポーズを決めていた。


 しかし、ふと不可解な点に気付いて俺は首を傾げ、スマホを手にした。則田に電話するが、つながらなかった。俺はとにかく、この『面白い! 睡眠法』をどうにかしようと考えていた。





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