28.共同出版

よく考えれば、その可能性は大いにあった。自費出版で会社を回すには、本を出版するための資金を、作者に負担してもらう必要がある。当然、お金に不安がある人や、経済的に余裕がない人は、出版資金を出すことはできない。しかしそうなっていくと、当然会社はすぐに回らなくなり、経営難になって倒産してしまう。それを防ぐには、多くの作者を担当し、その中から一人でも多く、自費出版に持って行かなければならない。マニュアルのような甘い誘い文句もあるだろうし、競争心をあおるために出版した人の体験談や出版物の宣伝もするだろう。そうなれば、出版社の中でもある程度箔がつく担当編集者と、まったく出版に至らない担当編集者が出てくる。そして、ノルマや営業成績の可視化も発生するだろう。そして、ノルマを達成できなかったり、成績が割る方人ほど、会社にいられなくなるはずだ。もしかしたら森崎の担当者も、ノルマが達成できなかったかもしれないし、成績不振だったのかもしれない。もしくはその真逆で、有能が故に会社の体質が気に入らなくなって、自分から会社を辞めたり、引き抜きにあったりしたのかもしれない。


「森崎楓さんは、本名だったんですか?」


一番確認したかったことを忘れない内に聞いておこうとして、やや強引に話を切り替える。


「どうして、そんなことを?」


佐川の不審そうな声に、俺は冷や汗をかいた。きっと電話の向こうでは、佐川が眉をひそめているだろう。


「いや、自分もペンネームみたいなものを付けた方がいいのかな? と思いまして」


咄嗟に、ありがちなことを言ってみる。すると、佐川の声のトーンが高くなって返ってきた。どうやら納得してくれたらしい。


「ああ、ペンネームですか。付ける人と付けない人がいますが、ペンネームを付ける人の方が多いですね」


鼻歌でも歌うように、リズミカルに佐川は言った。俺が出版に、前向きであると勝手に思い込んでくれたようだ。俺は内心安堵の息をもらす。


「じゃあ、森崎さんも?」

「それは言えませんが、中島さんはどうしてそんなに、森崎さんにこだわるんですか?」


今度は怪しんでいるというより、単なる疑問だった。だが、俺はその問いに対して答えを想定していなかった。汗でスマホが滑る。


「え、っと。ファンだからです。面白い本でしたので、私もそう言ったものを作りたいと思いまして」

「では、原稿は今のところまだですか?」


痛いところを突かれたと思ったが、相手は慣れた様子だった。


「原稿がなくても、アイディア次第ですよ。ちなみに今、中島さんはどこにお住まいで、どんなことを書きたいですか?」


今の住所と、大学で描いていた絵の画集を作りたいという嘘をつくと同時に、そんなアバウトな事で本が作れるのかと驚く。ホームページを目を落とすと、確かに「アイディアだけでも大歓迎!」という言葉や、「出版相談は手ぶらでどうぞ」という言葉など、出版のイメージを軽く感じさせるようなものがいくつも散りばめられている。確かにこう書かれると、出版のハードルがぐっと低くなった気にさせられる。こうして間口を広げておくことで、自費出版できる人と繋がるのだろうと、俺はある意味感心してしまっていた。そして、俺の嘘を聞いた佐川は、俺のアイディアをべた褒めし始めた。


「それは素晴らしいですね。画集は珍しいですから、弊社でも力を入れたい分野です」


確かに、小説や詩などの文章から比べれば、画集は珍しい出版物と言えるだろう。だがそれは、需要があるものと需要がないものの差異に過ぎない。小説などはカバーに惹かれて買うジャケット買いや作家買い、ジャンル買いなど、様々な人に需要があるだろう。しかし画集となるとまず気に入らない限りジャケット買いはしないし、無名な俺の作品であるため、作家買いもない。ジャンルは画集であるが、他の本よりも格段に値段が高い。俺もいくつかの画集や画家に関する本、美術史の本などを買ったことがあるが、どれも古本で買った物の方が多い。あとは全て大学の図書館で所蔵してくれているので、自分に余程関係するか、汚したり破ったりする可能性が高い本だけ買えば、不自由しなかった。だから、美術系の書籍専門の出版社でもない出版社が、「力を入れたい分野」と言うのは、嘘だろう。それでも、佐川は続ける。


「是非、一緒に作品を作っていきましょう。そちらの住所に、共同出版の資料を送付させていただいても、よろしいでしょうか?」

「共同出版?」

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