36.副作用
「そうだ。そして、薬には副作用が付き物だ。絵が薬ならば、絵にも副作用があってもおかしくはない」
「絵に副作用?」
絵に副作用があるかは分からない。ただ、見た人間を不快にさせる芸術作品が、世の中には多く存在することも事実だ。まさに、俺の絵がそうなのかもしれない。大学の学部一年の時に作った美術展のポスターは、まさにそうだった。映はそんな俺のポスターに、才能を見出してくれたが、多くの人にとっては意味不明で、不快なものだっただろう。しかし、俺の鸚鵡返しに、清川は再び首肯する。清川の首肯はもはや俺に対するものではなく、自分の議論を確かめる癖のようなものではないのかと思う。
「ああ。おそらく、考えられるのは、睡眠遊行だ。森崎は初めから睡眠遊行を狙っていたんだ」
「すいみんゆうこう?」
聞き慣れない言葉だ。医学用語だろうか。俺の戸惑いを察した清川は、すぐに言い直した。
「夢遊病と言われるのが、一般的かもしれない」
「ああ、それなら聞いたことがあります」
俺も首肯したが、清川は俺の方を向いていなかった。夢遊病ならば、俺も幼い頃に患っていたと母から聞いたことがある。母と共に眠っていた頃だと言うから、自分では覚えていない。いや、夢遊病が無意識の内に行動を起こさせるから、本人が自覚していないのは当然かもしれない。俺の場合は成長するにしたがって、夢遊病がなくなっていったから、両親もそれほど気に留めていなかったようだ。眠ったままガラス窓を蹴って、痛みで起きて自分の足が血まみれで泣いていたとか、夜中に冷蔵庫を開けていたとか、そんな些末な事だった。今では笑い話になるくらいの出来事だ。しかし映の場合は、笑い話では済まされない。しかも、夢遊病を「狙う」とはどういうことだろう。やはり森崎は夢を操れるのだろうか。
「黒森さんたちは、実験台にされたのかもしれない」
「夢遊病の?」
苦虫を噛み潰したような顔で、清川はうなずく。実験台と言う言葉は、俺にも衝撃的な言葉だった。それと同時に、何故映がその対象となったのか、という疑問がわき、理不尽さに腹も立つ。
「一体、どうしてあの五人が? それに本は三年前に出版されているのに、どうして今になってこんなことに?」
「おそらく三年前の時点では、自分で本当に夢がコントロールできるか自信がなかったんだろう。今になって、背に腹は代えられないくらいに追い詰められた、と言うことかもしれない」
「そんな……。実験台だなんて……!」
俺は拳を握りしめて、怒りで体を震わせていた。映が悪夢で苦しむ姿を、間近で見てきた。映は最終的に、自殺を考えるまで追い詰められていた。そして今度は眠っている間に殺人を犯すように仕向けられた。他の四人だって、現実で苦しんだあげく、悪夢に悩まされていた。そして、やっと悪夢から解放されたにもかかわらず、今度は森崎のいいように操られている。何の罪もない人々が、こんな悲惨な状況に追い込まれるなんて、理不尽としか言いようがない。森崎は一体何がしたいんだ。自分の手を汚さず、殺人を犯す人々を、見ていたいのか。人が苦しみ、悲しみ、嘆くことを楽しむなんて、悪趣味を通り越して悪魔の所業だ。
「夢で人を殺させるなんて、本当に出来るんですか? その仕組みが分かれば、森崎の計画を止められるんじゃ……?」
清川は投げやりな様子でうなずく。
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