『獏の見る夢』

夷也荊

プロローグ

床は、ひんやりしていた。

まるで、フローリングの板材に、足の裏が張り付きそうなくらい。わたしは自分の部屋のベッドから起きだして、廊下を歩いていた。

廊下の先にあるドアに、そっと手を伸ばす。

ドアノブがガチャリと、硬い音を立ててる。

ドアの向こうには、真っ暗な部屋があった。

皆、昼間の装いを隠して、夜の顔をしていた。


「どうしたの?」


目をこすりながら、母は優しく問いかける。


「眠れないの。夢ばかり見て」

「じゃあ、こっちにいらっしゃい」


母の伸ばした手に誘われ、わたしは母のベッドに潜り込んだ。

ああ、温かい。

ここに来て、わたしは、冷たかったのは床ではなく、自分の足だと気付く。


「眠れるおまじないを、教えてあげる」

「羊さんは、数えたよ?」

「羊さんじゃない方の、おまじない」


この夢は獏にあげます。

この夢は獏にあげます。

この夢は獏にあげます。


「さあ、これで悪い夢は見ないわよ」

「本当?」

「ええ。悪い夢は獏に食べてもらったから」

「ふうん」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


獏ってなんだろう?

でも、獏が皆の悪い夢を毎日食べ続けたら、きっとおなかがいっぱいになってしまう。そうしたら、獏はどうなってしまうのだろう。私たちの悪夢は、もう獏に食べてもらえないのではないか。

そんなことを考えながら、今夜もわたしは眠りにつく。

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