27.出版社

しかし、これが逆だったらどうだろう。「悪夢病」があって絵が求められたのではなく、本来の目的が、「薬」の拡散だったらどうだろう。そう思いながら俺はインターネットで「森崎楓」を検索にかけた。すると、例の本がヒットした。大手のネット販売会社だけではなく、フリマや古書店からの出品もあり、本は全国的に広がっている。これではもはや、俺個人の力ではどうすることもできない。

 昔、あるホラー映画がヒットして、「呪いのビデオ」なるものが流行したことがあったと聞いたことがある。それに、お化け屋敷は怖いほど繁盛するということも聞いた気がする。人は誰でも「怖いもの見たさ」を持っているということだろう。そして半端な虚構よりも、実際に自分の身で体感できる虚構の方が好まれるのだ。もしも、森崎の本が、「呪いのビデオ」のような扱いをされたらどうだろうか。事実ではなくフィクションとして広がり、人々の「怖いもの見たさ」を刺激したら、さらに本の拡散に拍車がかかる。そして、これがフィクションではなく本当に病を発症したとなった場合、もうそれは手遅れだホラーには怪奇現象を解決する術があるかもしれないが、拡散されている「薬」は効力を持たない。このまま病が広がれば、病院の許容範囲を超える危険性もある。俺は映のように苦しむ人を、もう見たくなかった。

 俺がこうしている間にも、本は売買されたり、貸し出されたりして、絵と同様に拡散されていく。今まで五人しか目にすることがなかった本が、ここまで売りに出されているということは、森崎は故意に本を広めているとしか考えられない。それは故意と言うより、悪意と言う質感に近く、俺は憤りを通り越して恐怖を覚えた。「森崎楓」は、SNSを使わない人物だったようで、本の著者ということしか分からなかった。しかし何故か、大手寝具メーカーの広告が出てくる。その寝具メーカーは、イルカのロゴを使っている高級寝具メーカーだった。俺と映が眠っているベッドも、ここの物だ。

 寝具メーカーの広告をクリックする。そして寝具メーカーのサイトのトップから、じっくり記事を呼んでいく。文字通り、目を皿のようにして、サイトの隅々までくまなく見る。過去の記事も同様にチェックする。すると、ちょうど三年前、寝具メーカーが、共同出版して、一冊の本を出版していることが分かった。たった一文だけの記事で、普通に見ていたら見逃していただろう。三年前は、森崎が本を出版した年でもある。偶然にしては話が出来過ぎている。俺は次に本の出版元を検索した。本の名前は出てきたが、寝具メーカーの名前は見つからず、森崎もこの一冊しか本を出版していなかった。仕方なく、俺は出版社に電話をかける。


「お電話ありがとうございます。栄筆えいひつ出版の佐川さがわが承ります」

「あの、中島幸と申します」


電話口に出たのは女性だった。明らかにマニュアル通りといった感じがする声だった。そして、次の佐川の言葉に絶句する。


「自費出版をお考えでしょうか?」


二言目には、もう自費出版の誘い文句だった。これもマニュアル通りなのだろうか。ホームページを確認すると、いくつか電話番号がある。俺はホームにある会社の住所と連絡先が羅列されたところに、電話をかけたはずだ。そして、「出版をお考えの方へ」という別の連絡先もあることも、目で確認する。おそらくこの会社に「電話する=出版したい」という公式が成り立っているのだろう。俺もそれに乗っかってみることにした。


「はい。実は森崎さんと同じ編集の方とお仕事をさせていただきたく、お電話させていただきました」


俺は怪しまれないように、慎重に嘘を重ねていく。絵の上塗りとは違って、俺は嘘が下手だった。しかも相手は自費出版の大手だ。もしも俺に出版の意志がないと分かれば、すぐに電話を切られかねない。それとも、出版の意志がなくても、その気にさせる術を持ち合わせているのだろうか。いずれにせよ、注意深くならなければならない。しかしこの出版社は確実に、森崎楓と繋がっている。唯一確実に森崎と繋がっている、細い糸。これを手繰り寄せなければ、森崎の情報は限られてしまう。そして、二度と森崎に近づくことはできない。俺は静かに深呼吸をした。手が震え、心臓が早鐘を打つが、構ってはいられない。今にも切れそうなこの糸を、映をはじめとする患者のためにも、手放すわけにはいかない。そして、則田という人一人の命がかかっている。責任重大だ。失敗は許されない。もしかしたら、森崎と寝具メーカーを結びつけたのもここかもしれないのだ。少しでも怪しまれれば、この出版社から、森崎に連絡が入るかもしれない。貴女のことを嗅ぎまわっている変な人がいますよ、とか、注意して下さいとか。そして出版社ならば「表現の自由」を理由に、森崎の本を絶版にすることもないだろう。この電話では、いかに情報を引き出せるのかが勝負だ。

佐川は「少々お待ちください」と言って、電話から外れた。メロディ音だけが静かに流れ続け、それが神経を逆なでする。俺がネットを見ながら待っていると、佐川は声のトーンを落として「お待たせして申し訳ありません」と言って、電話に戻った。


「森崎さんとは、森崎楓さんでよろしいでしょうか?」

「はい」


早速凡ミスだ。焦りと緊張のあまり、重要な森崎の名前を出し忘れるなんて。


「申し訳ございませんが、森崎楓を担当者は既にこの会社にはおりません」

「え? どういうことですか?」

「一身上の都合としか……」

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