26.故意か無自覚か

森崎楓という著者までは確認していなかったが、確かに映が借りてきた本の中に『面白い! 睡眠法』という本があったことを覚えている。俺が獏についてのおまじないを知ったのも、その本を読んだからだ。


「まだ、故意なのか、気付いていないだけなのかは分からない。だが、その森崎と言う人物が、図書館に自分の本を寄贈し、結果として『化け物』をばらまいているのは事実だ。則田はその森崎と言う人物を知っている可能性がある」


もしも俺が則田の立場だったら、間違いなく森崎の行為を止めに行くだろう。そして、その本の危険性を知らせ、廃版にしてもらうように頼むはずだ。しかし一般人が本を出すということは貴重な体験だろう。故意に化け物をばらまいている場合、則田の申し出は断るだろう。もし故意でなかった場合、狼狽えながらも拒否するかもしれない。


「じゃあ、則田さんは森崎と接触を?」


則田は森崎の居場所を知っているのか。大学の時に同じ学部にいたからと言って、仲良くなるわけではない。学部の中でもいくつものコースがあり、自分が所属しているコースの人間以外、顔も名前も知らないのが普通だ。しかしそれを裏返せば、同じゼミ仲間になって、同じ教授に指導を受けているとすれば、その教授に連絡先などを聞き出せるかもしれない。


「おそらく。このままだと、則田の身が危険にさらされるかもしれない」

「危ないって、殺されるかもしれないってことですか?」


自分で言っておいて、また鳥肌が立つ。人が殺されるなんて出来事は、自分の周りでは関係ないことだと思っていた。テレビのニュースや新聞の事件欄を見て、物騒だとは思うし被害者に同情はしても、対岸の火事だった。そんな事件の当事者になるということは、全く思いもしなかった。まさか、ただの「不眠」がこんなに大きな事件につながるとは、誰が予想できたというのだ。


「一体森崎の狙いは?」

「分からない」


ため息をつくように、清川は言った。


「まだ故意か無自覚かも分からないからな。森崎が故意だった場合、最悪の結果になりかねない」


最悪の結果。それはもう既に、則田が森崎に殺されているかもしれないということだ。清川は言葉こそ冷静を装っているが、内心穏やかではないのだろう。今にも病院を飛び出していきたいという衝動を抑えているのだ。


「心当たりは?」


森崎の居場所。則田が森崎と落ち合いそうな場所。もしくは、何故今になってこんな深刻な状況になっているのかということ。


「ない。それに森崎を止めなければ『悪夢病』は広がり続けるだろう。おそらく則田は森崎のことを知っていて、君の絵を拡散させたんだと思う」


「俺の絵を、どうして則田さんに渡したんですか?」


この時点で、俺の怒りはおさまっていた。どちらかと言うと、疑問の方が多かった。


「本当にすまない。則田にも約束はさせたんだが、コピーを渡してしまった。則田も黒森さんと同じように苦しんでいた患者の一人だったから、許してしまった。それに、この病の元凶である本にたどり着けたのは、則田との交換条件を飲んだからだ。言い訳に聞こえることは分かっている。申し訳ない」


俺は清川に「もういいですよ」と言ってから、もう一度状況を整理しようと確認を

取った。


「俺の絵を拡散させたのは、本当に則田さんなんですか?」

「間違いない。俺からも質問がある。黒森さんは……」


清川が映に何か質問をしたいと切り出した時、コンコンと硬く冷たいノックの音が聞こえた。トイレの水が流れる音が聞こえたのと同時に、ぷつりと電話が切れた。患者には優しい清川のことだ。則田と言う友人よりも、多くの患者を優先し、それでも俺に伝えたいことがあって、トイレの個室にこもって電話をかけてきたのだろう。しかしそれに気付いた関係者に、叩き出された。俺は清川の話から、頭に引っかかるものを感じた。


「まさか、逆?」


俺は独り言を言って、パソコンの前に座った。眠りの質が低下したら、人はまず、早めに布団に入ったり、ブルーライトを見ないようにしたり、自分の生活を見直す。それでも安眠できなければ、寝具を変えたり、新しくしたりする。風が吹いて桶屋が儲かるように、今なら寝具店が儲かるだろう。つまり、「悪夢病」で恩恵を受けるのは、寝具店やそのメーカー、そして、薬屋だ。しかしSNS社会の今、もはや「薬」は、画像データとして、スマホで持ち歩けるようになった。つまり、「悪夢病」の「薬」は絵なのだ。

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