34.俺の患者

映は、もう自分が犯人だとされても良かった。裁判で有罪を受けても良かった。その結果、死刑になっても良かった。世間に後ろ指を指されても、構わないと思った。

映は警察に力の限り抵抗した。それはただ一心に、俺の側にいたかったからだ。しかし大柄な男二人に脇を抱えられ、今度こそ力づくで歩かされた。いや、映の足はもはや二人の警察官に抱えられて、地面についていなかった。映の足が宙を掻いていた。どんなに映が俺の名前を呼んで「手術が終わるまでは」と懇願しても、全く聞き入れてもらえなかった。映は首がおかしくなるまで、俺の手術室の方向を振り返りながら、俺の名前を呼んでいた。

 俺の手術は成功したが、すぐに意識は戻らなかった。それだけ、出血量がひどかったのだ。

 清川が病院を訪れたのは、俺が病室に運ばれた十分後だった。公立病院に駆け込んできた清川は公立病院の看護師や医師を口汚く罵った。


「黒森映を警察に引き渡しただと? 正気か、テメェら! 俺の患者をよくもあんなところに連れて行かせたな? それでも医療人か?」


ナースステーションの前で喚く清川に、看護師たちは困り顔で眉をひそめる。ただのうるさいクレーマーか酔っ払いだと思われても仕方がない言動だった。普段着にサンダルという格好だから、余計にそう見えるのかもしれない。


「それで、中島幸は無事だったんだろうな? 担当医はどこだ、担当医! 説明しろ!」

「ですから、もう少しお静かに願います。先生は今診察中ですので……」


若い看護師がまるで手が付けられない飼い馬をなだめるように、人差し指を鼻のてっぺんにくっつけて、もう一方の手を張り手のように突き出している。しかしこの対応が清川の火に油を注いだ。青筋をうきたたせて、今にも台を飛び越えてナースステーションの中に乱入しようというくらいの勢いだった。


「黙れ! おい、じゃあ、黒森映を警察に引き渡した極悪看護師はどこだ? 説教してやる! 連れてこい!」


罵詈雑言の嵐の中、ナースステーションから、ひときわ貫禄のある女性看護師が出てきて、清川と対峙する。


「お前がここの看護師長様かよ?」

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