10.断片的で感情的


 私が見ているモノは、レム睡眠時の時のように断片的であるにもかかわらず、レム睡眠時の時のように感情が伴い、触覚があり、印象にも残っているのだ。


「だから、夢ではなく、幻覚?」


 私が青ざめた顔でつぶやくと、医師は咳払いをして「可能性の問題で、まだ断定はできません」と言いながら机に向きなおり、何かをカルテに書きこんでいた。看護士が絶妙なタイミングでカーテンの陰から現れ、医師が書いたカルテを受け取る。


「検査、脳波だけならすぐ入れるでしょ?」


 医師がそう言うと、看護師は「はい」と答えた。その看護士が私と幸に一礼して「ご案内します」と廊下に出るように促した。慇懃すぎるその態度は、どこか機械めいていて、馴染めなかった。看護士に先導されて、私と幸は薄暗い廊下を歩いた。随分と入り組んだ作りをした建物だ。まるで迷路の様で、案内がなければ確実に迷っていただろう。


「付き添いの方は、こちらでお待ちください」


 「脳波検査室」のプレートの横椅子に、幸は座り、私は中に入った。看護士は中にいる職員に「お願いします」と声をかけてから戻って行った。私は脳の検査を初めて受ける。その検査器具が妙にフィクションじみていて、言葉を失った。よく漫画や映画で見る物だ。電極を付けるところにジェルをつけて、電極が付いたネットをかぶる。どう見ても間抜けな格好だった。ベッドに仰向けになり、そのまま部屋の中は静まり返った。しばらくして起き上がると、検査はこれで終わりだと伝えられた。ネットと一緒に電極を外すと、髪の毛の間に残ったジェルが気持ち悪かった。早く家に帰ってシャンプーがしたいと思うほど、不快だった。


 この検査の結果はすぐに出たが、起きている時の脳波に異常は見られなかった。三日後のMRI検査でも問題がなければ、心療内科に回されてしまう。私はそれだけは避けたいと思いながら、眠らずに三日間過ごした。眠らない代償は大きく、肌や口の中は荒れて口内炎や口角炎になった。髪にもコシやハリがなくなり、ぼさぼさでまとまらない。頭が働かなくなって、家事に支障が出た。日中にひどい眠気が急に襲ってくることもあり、ひどい頭痛も続いていた。それでも私は、鎮痛剤を飲まずに必死で耐えた。


 そしてついにMRI検査の日が来た。病院へ行って予約券を見せると、そのままMRI検査室に案内された。MRIも、私にとっては初めての検査だった。金属系の物を付けることは禁止され、台の上にベルトで完全に固定される。耳にはごついヘッドフォンをはめられ、頭も固定される。いざ検査が始まると、ヘッドフォンの意味が分かった。MRIの音が凄まじく大きい雑音なのだ。そして穴の中を、私の頭が行ったり来たりして、脳が今ぶつ切りの画像になっていると想像できた。検査は大げさな割に、すぐに終わった。結果が出るのも早いため、診察室前で待つように言われた。幸と一緒に待っていると、幸はその間、図書館の本を広げていた。リラックスできる呼吸法の本だった。私はMRIで病原が分かるように、祈っていた。もし私が心療内科や精神科に通っても、幸はきっと私の側にいてくれるだろう。しかし幸の家族は、嫌な思いをするかもしれない。まして私の家族は、私のことを見放すのではないだろうか。


 私の名前が呼ばれて、幸と一緒に診察室に入る。医師は私にとって絶望的な結果を告げた。


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