第35話 自警団
トラフィルリア王国にあるアウルム領メルクトス、このメルクトス村は西を魔物の住む広大な森を境に国境となっている。つまりはトラフィルリア王国としては西の端に位置する。
そのため王都からは遠く、村に残らない若者は仕事のため東を目指すので、村の人数もそんなに増えることはなかった。
しかし数年前に冒険者から貴族になった人物が、このメルクトス村をトラフィルリア王から授かった。
そこを治めているのはノエルの父親でもあるルイス=アウルム男爵だ。新興貴族であり、貴族としての地位は低いが、貴族が実際に住んでいる土地というのは、領主自ら生活をよくするため、1番発展する場所ということになる。
それに以前のメルクトス村の収入は農業が上位を占めていたが、男爵が来てから状況が変わった。西に魔物の森があり、ルイス男爵は元冒険者で、そのパーティ全員がこの村に移住したのだ。農業より魔物の素材の方が高く売れるのは、誰もが知っていることだ。
そして冒険者から貴族に成り上がったことが、話題にならないことはない。知名度もあるため、移住希望者も多く、メルクトス村は一気に発展するかと思われたが、そうはならなかった。
西にある広大な森が国境になるには、それなりの理由がある。森の浅い場所なら野生動物もいるし、そんなに魔物もいない。しかし、調子に乗って奥へ行くと、途端に難易度が上がる魔物の森へ変貌するのだ。
それがあるため、開拓はそれほどされず他国からの侵攻を阻む壁として、魔の森が今も存在し続け、国境とされているのだ。
それが周知されるとまず移住者で最も多かった冒険者は、他の稼げる場所へ移ることになった。しかし、この森で稼げる実力ある冒険者は、領主が元冒険者ということもあり、それなりに顔見知りでもあるため、すんなりと定着した。そして結成されたのがこの村の自警団だ。
それなりの実力があるのに、なぜ他の稼げる場所へ移らなかったのか。それは年齢だ。ルイス男爵のように若いころに多大な成果を上げ、貴族に成り上がるような才能溢れる実力者など、冒険者の中でもほんの一握りに過ぎない。
そこまで実力が付く、冒険者ランクが高い人物は、それなりの年齢に達しているのが普通なのだ。
自分にある程度の実力があり、それなりの蓄えを持ち、妻子を持つ者もいる人達が次に求めるのは安定だ。領主は自分たちを最も理解しているであろう元冒険者で、その村で自警団の話が持ちかけられる。この世界ではかなりの好条件なのではないのだろうか。
そしてこのメルクトス村に無駄に強い自警団が結成された。その総指揮を執っているのが、僕の父親でもあるエドウィン父さんである。
さてなぜそんな話をしているかと言えば、今現在その自警団の訓練場所へお邪魔しているからである。
いつもはアリシア母さんの弁当を持って、仕事場へ出かける父さんだが、今日は明け方に夜勤をしていた自警団の人が来て、西の森の様子がおかしいと連絡があり、急遽自警団が出動したのだ。
村の緊急の鐘が鳴らなかったことから、もう対応自体は終わっているのだろうが、そのまま家には帰ってこなかったので、アリシア母さんからお弁当を届けて欲しいと頼まれたため、ノエルと一緒に自警団の訓練場所へお邪魔しているのである。
「父さん、お弁当持って来たよ」
訓練場所で自警団の人が訓練している様子を眺めならが、近くの詰め所へ行き、扉をノックしたあと出てきた人へ要件を伝えると、奥へ通された。奥の部屋へノックして入ると、父さんが机に座り書類を書いているところだった。そしてそれを補佐している人が1人、副団長であるオロフさんだ。立場が上であればあるほど書類仕事が増えるのは、こちらの世界でも変わらないらしい、大変そうである。
「ああ」
僕の持って来た弁当を受け取り、僕の頭を撫でる。寡黙で言葉数は少ないが、こうして態度で示してくれるので、素直に嬉しい。
「坊ちゃん、嬢ちゃんもいらっしゃい」
「坊ちゃんはやめてよ、オロフさん」
「相変わらず年の割にはしっかりしてるなぁ。この前の教会でも思ったけど、雰囲気が5歳とは思えないよな」
そういいながら苦笑するオロフさん。まぁ当たらずとも遠からずではあるが。
「それよりも朝のことはどうなったんですか?」
話を逸らすため、ここに来ることになった朝の緊急出動について聞いてみる。
「ああ、西の森から普段出ることのない猪が出たらしくて、調べたんですが、どうやら縄張り争いに負けた魔物が殺られず浅い方へ逃げて来たらしくて、それで驚いた野生動物が騒がしかったみたいでね。魔物の方は見つけて討伐したんで、それで終わりかと。一応昼まで警戒はしてるけど、このまま午後には通常に戻る感じですかね」
なるほど、特に大事になることにはなさそうでよかった。
「それなら安心ですね。それじゃ用事も済んだので帰りますね」
用事も終わったことだし、このままお暇しよう。まだ時間もあるし、ついでに広場にでも行って買い物でもしようかな。
そう思いながらそのまま出て行こうとする僕達に呼び止める声がかかる。
「フィル」
振り返り呼び止めた父さんに首だけ向き直る、扉のドアノブは離さない。
「終わったのか?」
主語を抜かした質問だが、なんとなく言いたいことは分かっている。それが早くここから出て行こうとした理由なのだから、なおさらだ。
「ええ、今日の分は終わりましたよ」
嘘は言っていない。いつも通り今日の分は終えてから、ここへ来たのだから。
僕に聞いたはずなのに、隣にいるノエルに視線を移す。ノエルも頷く。そんなに信用ならないかな?
「まだ時間はある。やっていきなさい」
そう父さんに言われ、僕は肩を落とし、ノエルは目をキラキラさせて頷く。父さんはそのまま書類仕事へ。オロフさんは僕達と一緒に部屋を退出した。
「坊ちゃんも諦めが悪いですね」
「坊ちゃんはやめてください」
外に出るために歩きながらオロフさんが苦笑する。僕は不貞腐れながら坊ちゃん呼びを訂正し、外に出る。
外の広場では相変わらず自警団の人が訓練をしていた。熟練の冒険者が若手に教えているだけあって、メルクトス村自警団は練度が高い。それに西の森にいる魔物を相手するためにもという事情もあるのだが。
「いつものやるぞ~!集まってくれ」
オロフさんが訓練していた自警団の人達に声をかける。それぞれクールダウンをしながら集まりだすなか、僕とノエルは準備をする。はぁ……やりたくないなぁ……
軽くアップをするため、訓練広場の外周をノエルと一緒に走る。走り終わると既に相手が決まったようで、そのままある程度間隔を開け対峙してから開始する。もうお分かりだろうが、剣の稽古である。
僕はあまり来ないのだが、父さんが僕と一緒にノエルの稽古をしていたとき、ノエルを自警団の訓練に誘ったのがきっかけだ。ただ剣を素振りし、型をなぞるよりも実践的に鍛えられるからと。
それからノエルは暇を見つけては対戦相手が欲しいときは、ここに来て訓練に参加しているらしい。僕?行きたくないけど、ノエルが一緒に来て欲しいときは、僕を連れて行くまで駄々をこねるので、その場合は仕方なく一緒に来ている。
僕が剣術よりも魔法の方が好きなのを知っているので、父さんは僕を無理に誘わないが、用事があって来たりしたときは、ついでとばかりに訓練に参加させる。父さんはノエルと同じく魔法より剣術の方が好きなので、息子の僕が剣術をやってるとこを見るのが嬉しいのだろうとアリシア母さんが言っていた。
それを聞いてからは、渋々にはなってしまうが、拒否はせず訓練には参加している。はてさて、出来るだけ怪我をしないように心掛けますか。
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