第16話 アイテムボックス

ノエルに教えてもらってから1週間が経った。1週間やってみたからこそわかる、アイテムボックス習得のための空間魔法の難しさ。そこに道具があるわけでもなく、ずっといるわけでもない場所に別空間を作るというのは思っていた以上に難易度が高かった。


小さなころから魔素を感じ、魔素を消費することで、自分の魔素耐性を高め、自身の保有出来る魔素量を増やし、魔素を操作することで魔力を上げ、魔力領域を広げていく。


潜在能力のお墨付きを女神様からもらっている僕でさえも、最初の3日で挫折しそうになった。


考えても見てほしい。日常生活でそこにサイコロ状の立方体をイメージしながら、感覚的にその立方体の形をした魔素を集め、維持したまま他のことをする。


それだけやっているならいい、だが維持したまま日常生活を送るなんてかなりの難易度だった。話しかけられでもしたら、意識がそっちにいって魔素が霧散してしまう。


ただそれだけをやっているならいいのかもしれないが、それだとイメージがその場に固定され、使えたとしてもその場だけでしか使えなくなるのだそうだ。


イメージで何でもできると思った魔法、そのイメージが今回は逆に難易度をあげている。


ちなみに1週間経った今だが、成果はまるで上がっていない。これは長期戦になりそうな予感がする。






1ヶ月が経った。ここ2~3週間は魔法に集中して他に気が回らないことが多く、普段しない失敗をするようになったため、両親にとても心配された。そりゃそうだ、赤ちゃんの頃から大人しく、負担もかからない子供だったのだ。それがここ最近は話しかけても返事があまり返ってこない、歩いていても躓く、はたから見ているとボーっとしているように見えるとなると、それは誰でも心配になる。


心配しなくても大丈夫だと言うものの、溺愛しているアリシア母さんはそれでは納得いくわけもなく、結局何をしているのか全て話すことになってしまった。


「魔法の袋を魔法で再現ねぇ」


アイテムボックスと言ってもこちらの世界ではわかるわけがないので、魔道具として存在する魔法の袋の再現として説明をした。


「うん、前に本で読んだときに見た魔法の袋が便利だと思って」

「確かに便利だけど、魔道具じゃなく魔法でってあまり聞いたことがないけど…」

「魔道具としてあるなら魔法でも出来るんじゃないかと思うんだ」


説明してみるもののやはり半信半疑だ。誰でも使いたいとは1度は思うだろうが、道具として定着しているものを魔法で使うというのは考えないのかもしれないし、実際魔法で使おうとしてみても、潜在能力のお墨付きをもらっている僕ですら、まだ手探り状態なのだ。アリシア母さんの反応が普通なのである。


「それでどんな感じで再現しようとしているの?」


でもそこは天真爛漫な性格であるアリシア母さん。否定することはしないで、逆にやり方を聞いてくる。なので、ノエルに教わったことをアリシア母さんにも同じように教える。


「ふ~ん、要は魔素で出来た箱を常に持ち歩いている感じね。魔法じゃないところが難しいのかしら」


そう言いながら魔法で四角い立方体を出すが、それは箱としての土魔法で出来ているものだ。魔法発動後は現象として現れるので、箱のイメージが強いのだろう。


さすが回復魔法が得意というだけあって、魔法がスムーズに発動される。僕も頑張ってはいるが、さすがにまだアリシア母さんの魔素量、魔力とも全然追い付けてはいない。魔法の訓練をしていて思うが、訓練すればするほど、魔法に長けた人の実力が如実にわかってくる。相手の魔素の流れを感じるようになると尚更わかる。


「フィルはどこまで出来ているの?やって見せて」


アリシア母さんがひと通り試したあと、上手くいかないとわかったのか、僕のを見たいと言ってきた。


「僕もまだ全然なんだけど…」


言い訳をしつつ、この1ヶ月かけて出来た成果を見せる。魔法で発動するのではなく、魔素を自分の魔力で操作し目の前に魔素の立方体が凝縮するように集める。サイコロ状の立方体がゆっくり回転しながら、さらにそこに自分の魔素を注ぎ込む。


目には見えないけれど魔法を使える人は感覚としてわかる。魔素は自分の耐性を超えればそれは毒になる。魔素はこの世界では当たり前に存在しているのだが、それだけに体は敏感だ。生まれたときから備えられた感覚を訓練することで研ぎ澄ますことこそが、魔素操作の訓練、そして魔法への第1歩なのだ。


この1ヶ月で動かないで集中したら魔素の立方体がそれこそ息をする感じで作れるようにはなった。しかしこの状態を維持しながら日常生活を送れるようになるまではなっていない。


「確かに魔素が立方体のままであるね、フィルすごいじゃない」


そう言いながらアリシア母さんが僕の頭を撫でる。本当にスキンシップが好きな人である。


「それでこのあとはどうするの?」

「これをこのまま思い通り動かせるようになれば、第1段階が終了だよ」

「第2段階は何をやるの?」

「この魔素で出来た立方体の中に空間があることをイメージして、それが違う空間であれば成功、失敗なら魔素の立方体を再度作って空間をイメージするところからやり直し」


これがまた難しいのだけどね…どうしてもイメージがこの空間につながったままになるのだ。しかも成功しているかどうかは入り口を作ってみなければわからない。なので、作って破棄を繰り返すことになるのだが、これが思いのほか魔素を使う。僕の魔素量だとこの小さなサイコロぐらいの立方体の空間を作るのでも、1日1回作れたらいい方だ。


「それは……なかなかね」


アリシア母さんも話を聞きながら苦笑いだ。そうなのだ、ここまでやって、入り口を作って出来たものが、別の空間=亜空間としておこう。亜空間に繋がっていなかったら、土魔法で作った箱と何も変わらない性質で、しかも魔素を大量に使ったのに容量がとても小さいというのだ。


それなら最初から箱に拡張イメージで魔法を使った方が何倍もいい。魔法が優れている人なら重さも軽くできる文字通り魔法の袋が出来るだろう。レリック扱いであるダンジョン産の魔法の袋は容量が桁違いに大きく、時間経過のしないものもあるらしいので、完全再現は難しいかもしれないが。


しかし、だからこそ、この魔法はどうしても完成させたい。せっかく転生した新しい人生なのだ。やりたいことをやる、これが1番だと思う。


そんな考えをしているのを感じているのかどうかわからないが、僕を見つめる母さんの瞳は優しい。そして投げかける言葉も。


「心配だけど、フィルがやりたいことだもの。母さんは応援するわ」


そう言いながら、僕を抱きしめ頭を撫でる。4歳を過ぎ、体も段々大きくなってきた僕だけど、抱きしめて撫でる母さんは僕が赤ちゃんの頃とまるで変っていない愛情を感じるのであった。

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