第17話 シンシア
アイテムボックスという夢の魔法を実現するため、日夜特訓をすること早半年。魔素で出来た立方体=魔素キューブと呼ぼう。アイテムボックスの元となるべきそれは、もうどんな状況でも魔素キューブを維持したまま生活できるまでになった。
しかし、未だに亜空間へ繋がることはなく、2~3ヶ月は悶々としたが、それを過ぎると寧ろ開き直り、魔力強化のためと割り切って、魔素キューブを維持したまま違うことが出来るように努めた。
その頃から魔素キューブに入り口を作って亜空間に繋がっているか確認することを止め、寝るとき以外はずっと魔素キューブの維持と自分の魔素を流し、魔素耐性を上げるための道具として使うようになった。
開き直りの原因はなかなかアイテムボックスの魔法が使えないこともあるが、それよりも大きな要因として、今年で2歳となる妹のシンシアである。すくすくと成長し、光沢のある亜麻色の髪も腰まで伸び、将来美人さんになりそうな顔も母さんに似て、笑顔も可愛いのだが。それに言葉もなめらかに出てくるようになった。自分の考えていること、思考力がはっきりしてきたことにより、やりたいことをやれるようになったのだろう、自分の意志で僕のあとをついてくるようになったのだ。
どこに行くにも何をするにもずっと僕のそばを離れない。どこかに行こうとすると、服の裾を握り離さないなど、べったりなのだ。トイレにまでついて来ようとするので、それはさすがに参った。
なぜそこまで懐かれたのか全然わからない。魔法の練習で平原にも行ったりしたから、そこまで妹と一緒にいたわけでもないし、母さんの負担を軽くするために、料理中や泣き止まない時は一緒にいて遊んであげたり、例のライトの魔法で光の玉を出してあやしたりはしていたが、それは普通のことだと思うし。
そういうわけで、魔法だけに意識を割くこともできなくなり、最近は魔素キューブの維持強化だけに努めているわけだ。
「お兄ちゃん、今日は魔法の練習しないの?」
昼食を終えていつもなら平原へ魔法の練習に行く時間、シンシアが午後の予定を聞いてきた。
「最近はどこでも魔法の練習が出来るようになったからね、平原へ行くのも運動のためだけど」
まぁその他にノエルが屋敷から出るための口実を作るためってのもあるのだが。前に練習で雨など天候が悪い日以外は毎日行っていた平原へ行かなかったとき、次の日に平原へ行くとノエルがダッシュで僕のところへ来て、なぜ来なかったのかと問い詰める様に迫ってきた。
その日はたまたま父さんが休みで、久しぶりの家族4人でいるときに村の広場で市が開かれるということで、午前からみんなで出掛けていたのだ。
そのことを話すと感情を出す場所を失ったのか、不機嫌ながらも納得したのだが、その日はノエルの身体強化魔法がどこまで上達しているかという、ノエル本意の提案のもと、僕を抱えて上へ投げるという脳筋なやり方を行ったため、投げられキャッチされたあと、ノエルを怒ったのを覚えている。
その日はノエルは納得していなかったが、翌日も僕が怒っているのを感じたのか、素直に謝ってきた。まぁ本気で怒っているわけでもないのだが、ノエルは調子に乗るからなぁ。
結局平原でなぜ不機嫌であんなことをしたのか聞いたら、貴族修養が始まったらしく、ノエルの苦手な勉学や作法だったため、抜け出す口実に僕を使っていたことが発覚。長女で一人娘なので渋々やっていたらしいのだが、最近デリアさんが2人目を出産した。それが男の子だったのだ。なので家督はその子に移ることになるとのこと。
ノエルは家督に全く興味がないので、晴れて貴族修養が必要ないであろうと意気揚々と遊びに行こうとしたら、デリアさんに作法だけでも習いなさいとの御達し。それで作法修養があるとき、僕を見つけたらそれを理由に抜け出すことになり、僕が魔法の訓練で平原に来ているのをアウルム家の人達も知っているので、そんな強く作法に戻るようには言わないのだとか。
まさにノエルらしい理由だった。
「それじゃ今日は行かないの?」
シンシアが小首を傾げながら、聞いてくる。
「いや、行くつもりだよ。ノエルも待っているだろうからね」
今日は作法修養がある日なので、行かないとあとからノエルがうるさいのだ。
「ノエルお姉ちゃんも来るんだ、今日もやってもらお」
「ちゃんと母さんに許可をもらうんだよ」
「わかった。ねぇママ~!」
やっぱりついてくるつもりだったか。僕も平原に行けるように母さんの許可を得たのは3歳過ぎてからだったんだけどな。
家でちょっとまったりしたあと、いつものように平原にやってきて軽くストレッチをする。その間に僕が来たのがわかったのだろう、ノエルがやってくる。
「今日は妹ちゃんもいるのね」
「ノエルお姉ちゃん、こんにちは~」
ノエルとシンシアは結構仲がいい。ノエルの性格がそうさせているのか、人見知りもしないし、誰にでも普段通り接するから、妹ともすぐに仲良くなった。
「軽く走ってくるから、シンシアをお願い」
「わかったわ。妹ちゃん、いつものやるわよ」
「わ~い!」
スタミナ増加と筋力増加のため、身体強化魔法をかけながら軽く走る。まぁそれでも4歳児とは思えない速さで走るのだが。
シンシアをノエルに任せたのは理由がある。それが妹と仲良くなったきっかけでもあるのだが。
走りながらノエルの方を見ると、シンシアを肩車しだす。
「妹ちゃん、ちゃんと捕まった?」
「大丈夫、いつでも行けるよ」
「それじゃ、行くよ~」
そして僕よりも早いスピードで妹を肩車しながら走り出す。
「いけいけ~」
「スピードあげるよ~」
この妹を肩車しながら乗せて走るのが、ノエルと妹が仲良くなったきっかけなのだ。
妹が僕にべったりになり、魔法の練習で平原に行くのにも、ついて来ようとした最初の頃は母さんの許可が下りず、泣きながら僕を見送っていたのだが、シンシアが何度も母さんに一緒に行きたいと言うので、根負けしたらしく母さんと一緒に平原についてきたのだ。
当然そこにノエルが来るわけで、最初はシンシアは警戒して母さんの後ろに隠れながらノエルに挨拶をしていた。
ノエルはもっとシンシアが小さい頃から知っているし、誰にでも普通に接するし、僕と仲がいいのがわかったのか、すぐにシンシアの警戒は解けた。
いつも通りストレッチしながら、身体強化魔法を使い走ろうとしたら、ノエルが母さんとシンシアに近づいて、今日はどうしたのかと聞いた。
母さんが訳を話すと、ノエルが少し考えたあと、シンシアを手招きする。
シンシアがノエルのそばまで行くと突然肩車をしだしたのだ。僕と母さんは驚いていたのだが、シンシアは最初はびっくりした顔をしていたが、いつもとは違う目線と近くで揺れるノエルの狐耳が気に入ったのか、すぐに笑顔になった。
笑い声で大丈夫だとわかったのだろう。ノエルは得意の身体強化魔法をさらに使い、肩車しながら移動し始めたのだ。これがことのほかシンシアの心を鷲掴みにしたらしく、徐々にスピードを上げてもシンシアは怯えることなく、むしろもっとスピードを出せと言わんばかりの声をあげていた。
僕と母さんは茫然としながら、成り行きを見守っていたが、さすが得意な身体強化魔法なだけあって、安定性もいいのだろう、次第に母さんも笑顔になり、シンシアをノエルに任せてお茶の準備を始めた。
結局それ以降は母さんもシンシアが平原についていくのに反対することはなく、こうしてノエルと会うたびに肩車してもらっているのだ。
ノエルにとっては身体強化魔法の重りの役割ぐらいに考えてそうだが、本人も楽しそうなのでいいのだろう。
そうして今日ものんびりした午後が過ぎていくのであった。
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