第30話 おはじき
白い湯気に乗って、紅茶特有の香り高い匂いが鼻孔をくすぐる。この香りを楽しみながら、好きな本を読む。最高の時間だ。
なぜこんな感想をしているかというと、現在朝食も終わり、食休みも終わってのひととき。いつもならノエルが来て、剣の稽古が始まるが、今日はノエルが来ていない。
なぜなら今日は雨だから!
いやぁ剣の稽古が嫌いな僕としては、このどんよりとした天気が、恵みの雨に見えるのだから、気分って大事なんだなって改めて思うね。
アリシア母さんの淹れてくれた紅茶を飲みながら、この優雅なひとときを満喫する。ノエルの母親であるデリアさんは紅茶通なので、それを共有する母さんの買ってくる紅茶も高いだろうが、それだけに美味しい。
紅茶を一口飲み、次のページを読もうとページをめくると、それを隣で見ていた僕の妹であるシンシアが質問してきた。
「お兄ちゃん、今日は稽古しないの?」
「外を見てごらんシンシア、今日は雨じゃないか。外に出ると濡れてしまうよ」
高貴な貴族にでもなったかのような受け答えをしてしまうのも、この香り高い紅茶のせいだろう。
「そうだけど、ノエルちゃんが走るのは毎日しなきゃダメって言ってたよ?」
……ノエルめ、シンシアに余計なことを吹き込んでいたか。だがここにはノエルがいないのだ。シンシアを言いくるめ……じゃなかった丁寧に説明すれば納得するだろう。
「それは走る習慣をつけるために言ってることなんだ。僕はちゃんと毎日走っていただろう?だから大丈夫。それに体を休めることも大切なことなんだよ」
うんうん、我ながら嘘は言っていない。体力をつけるためというのを言っていないだけだ。近くのソファに座っている母さんが苦笑しているが、特に咎めたりはしない。何気に母さんも運動苦手だからな、気持ちがわかるのだろう。これが父さんだった場合、運動が好きなので気持ちがわからないのだ。そのせいでノエルとも気が合うから、自分が見ていないときの監督をノエルに任せてしまう。
「そうなんだ。それじゃ今日はずっと一緒に遊べるね!」
シンシアの笑顔が眩しい。トゲが心に突き刺さるが、むしろシンシアと遊ぶために、今日は休んだとしておこう。親孝行ならぬ妹孝行だ。
「シンシアは何かしたいことある?」
「ん~お兄ちゃんと一緒に何かできるのがいいなぁ」
嬉しいことを言ってくれる。これで反抗期が来た時には、泣いてしまうんじゃないだろうか。シンシアに「部屋に入らないでよね!」とか「兄貴面しないで!」とか言われた日には、立ち直れないかもしれない。
そうならないように、理想の兄になるべく努力はしないとと誓いを密かに立てながら、シンシアと一緒に遊べることを考える。
「楽しいかどうかわからないけど、一応やってみようか。用意するからちょっと待ってね」
「は~い」
とりあえず思いついたゲームを試してみるため、道具を用意する。
「母さん、使い終わった魔石ってどこかにある?」
ソファで紅茶を飲んでいた母さんに、魔道具で電池のように使う魔石の使い終わりがどこかにないか聞く。
「それならそこの棚の引き出しに入っているわよ」
リビングにある棚の引き出しを指差して答える。引き出しを開け中を確認すると、玉の入った袋があったので、これだろう。
「あった、これだね」
それを取り出し、シンシアと一緒にいつも食事をするテーブルへ移動し、席に着く。
「シンシアも魔法教わってるよね、初級魔法はもう出来る?」
「まだそこまではできないよ。指先にちょっとだけ光る玉が出せたり、小さな火がちょっと出たりするくらい」
「シンシアの歳でそれだけ出来たら、十分だよ。普通は5歳から習うんだから」
僕が褒めるとシンシアは嬉しいのか、照れてもじもじしている。これで上目遣いでもされたら世の中の男はコロッと落ちるのではないだろうか。
そんな兄バカな感想を思いながら、使い終わった魔石を机の上に無造作に並べる。
「やり方は簡単だよ。魔石を多く取った方が勝ちで、魔石を取るには欲しい魔石を、魔石と魔石の間に魔法で通すと取れるって遊び」
おはじきで遊ぶのと同じルールだ。それを指ではじくのではなく、魔法で動かして遊ぶ。言うなれば魔法おはじきだ。ネーミングセンスが皆無で内心ちょっと落ち込む。
「とりあえずやってみるね」
そういって近場にある魔石に魔法をかける。念動力に近い魔法で、属性は無属性。エネルギー消費が少ない魔法だが、操作が難しい魔法でもある。目に見えないからね。
魔法で魔石をコロコロと転がし、魔石と魔石の間を通る。そのまま止めて魔石を取る。
「こんな感じね。間を通すとき魔石に当たっちゃダメだし、勢いをつけすぎて机から飛び出すのも失敗ね」
「わかった、やってみるね」
シンシアは集中して魔石を見ているが、魔石は微動だにしない。シンシアの魔素の動きを観察してみると、まだ魔力領域が自分表面以上に広がっていない。指先からしか魔法を発動できないのもそのためだろう。昔自分もそうだったなぁと懐かし気持ちになる。
「う~動かない……」
一生懸命にやっているが、まだ無理そうなので違う方法を試してもらおう。
「それじゃ動かしたい魔石に指先を触れてイメージして。魔石を飛ばすイメージで」
「うん」
手前にある魔石に指先が触れて、魔素が指先に集まる。数秒後、触れていた魔石が勢いよく指先から離れて、魔石を2~3個はじいて机から落ちる。
「難しいよ~」
「最初はそんなものだよ、慣れてくると色々できて便利なんだけどね」
落ちた魔石を無属性魔法で浮かばせ、机の上に戻す。
「こんな風にね」
「わあ、お兄ちゃんすごい!」
シンシアに驚かれて、鼻高々だ。少しは兄の威厳を保てたかもしれない。まぁぶっちゃけこの魔法をこのように使う人は少ない。集中力がいるし、自分で手に取った方が早い、それにその方が疲れないからだ。
再度魔石を並べ、魔法を発動する。僕の場合は魔石自体を操れるので、どこを通すこともできるが、シンシアははじく感じなので、違う遊びをする。
紙を用意し、それに円を四重に書いて、それぞれに点数を書く。100、50、30、10と書き、点数の高い方が円の中心で、しかも円が小さくなるように工夫する。外側の円が大きくなるように書いて準備完了。
紙を机の端に置き、その反対側へ移動して、魔石を机に置いてシンシアのように魔石をはじく。
コロコロ転がっていき、円の中に止まったら、そこに書かれていた点数が獲得されるというゲームだ。カーリングに近いのかな?
「これで止まった点数を競う遊びだよ」
「これならできるかも!」
シンシアも挑戦してみるが、最初は勢いが強すぎて円を通り過ぎ、机から落ちてしまうが、何度かやっていくと段々円の中に留まるようになってきた。
「真ん中の円が小さいよ~」
何度やっても100点に止まらないので、上手くいかないことに対して、シンシアの頬が膨れる。
「魔石は丸いからね、少しの力でも結構転がっちゃうし」
「お兄ちゃんは100点に止められるんだよね?」
「はじくやり方じゃなければね」
そう言って机に置いた魔石を操り転がし、100点の円に差し掛かるとピタッと止める。
「おぉ~お兄ちゃん、魔法上手だね」
「好きだからね」
好きなものの上手なれ。人は好きなものに対しては熱心に努力するので、上達が早いということわざだが、本当にそうだと思う。
「剣の稽古も好きなら上達が早いのかな?」
シンシアの何気ない言葉に、僕は魔石のようにピタッと動きを止めるのであった。
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