第21話 料理

 収穫祭も終わり、賑やかな広場がいつもの風景と戻るなか、北からやってくる商人から雪が降って大変だったとの話が村に流れ、冬の訪れを感じさせる今日この頃。


 この冬の時期が終わると、僕とノエルは5歳になり、5歳というと村の子供は教会へ週3回通い、一般知識を習うことがこの国では推奨されている。


 僕はともかく、ノエルは貴族なので普通は貴族が通う学校や、家庭教師などで5歳前から学習するのだが、父親のイシス男爵はともかくデリアさんはノエルも僕と一緒に教会へ通うことに関しては、そんなの気にしないだろう。


 まぁイシス男爵もノエルには甘いので、ノエルが行くといえば行けるのだが。


 僕も前世の知識があるし、潜在能力過多のこの体は知識面でも優れていて、もうだいたいのことは本で学習済みであるのだが、アリシア母さんが僕にノエル以外の友達がいないのを心配しているので、友達作りのために行くことになりそうだ。


 確かに僕の日常を見れば、ほぼノエルと一緒についてくる妹のアリシアといて、魔法の練習しかしていない。


 前世になかった魔法が使えることが楽しいのが主な要因の気もするが、僕のせいだけではないと思いたい。






 さて、そんなことよりも今僕はやりたいことがある。それは料理だ!


 収穫祭のとき食材を売っている店を見て回ったとき、この辺りでは売っていない品を売っている露店があった。


 南から来た商隊らしく、なんと海産物の干物を売っていたのだ!


 洋風が多い食事で母さんの作る料理は美味しいし、不満はないのだが、しかし前世の知識だけで味を感じたことが無い僕は、日本食を欲しているのもまた事実。


 母さんにおねだりして買っちゃったよね。


 僕が普段そんな風にねだることもないので、しょうがないわねみたいな顔をしながらも嬉しそうに母さんは買ってくれた。


 シンシアはなんでそんなものを買うのかわけがわからないという顔ではてなマークを浮かべながら、僕を見ていたが、ノエルはわかったみたいで、買っている最中に僕に近づいてきて耳元で作るとき私にも食べさせなさいと言ってきた。


 なので作るときはノエルも呼ばなければいけないので、事前に予定を決めた。それが今日の夜なのだが、どういうわけか昨日になって急に作るのが僕の家ではなくノエルの家であるアウルム家の屋敷で作ることになった。


「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「いらっしゃい、どうぞ中へ」


 僕が挨拶したあと、母さん父さん、シンシアが挨拶し、出迎えてくれたアウルム家のみなさん。


「いらっしゃい、フィルくん、シンシアちゃんにアリシアも。急に悪いわね」

「こんにちは、いいのよ。それより急にどうしたの?」


 リビングルームへ移動しながらデリアさんが今日の予定の変更を詫びてくる。


「ノエルからフィルくんの家に泊まりに、ただ遊びに行くってだけ聞いてたの。だけどよくよく聞いてみたら、フィルくんが料理したのを食べるって言うじゃない?しかもそれが原因でここ1週間ずっとノエルがソワソワしているのよ。ノエルって食べることに関しては妥協しないってうちでは常識だから、私もどんなものか気になっちゃって」


 ノエルよ…君は普段何をしているのだね…


 母さんがデリアさんに事情を聞いてみれば、ノエルの挙動不審が原因だった。


「ノエルちゃん食べること好きだものねぇ。フィルがめずらしくねだって収穫祭で買ったものを今日料理するってことだから、味はともかく楽しみにしていたけど、ノエルちゃんもそれでなのね」


 味はともかくと言われるのは仕方ない。基本家では料理は母さんで、僕は手伝っているだけだからね。


 リビングルームでカエラさんの淹れてくれた紅茶を飲みながら、事情と今日の予定を話す。作るのは晩御飯に合わせてだけど、それで失敗したら目も当てられないからね、別でアウルム家の料理人であるイバンさんにも晩御飯は作ってもらう。






 夕飯に合わせてアウルム家へお邪魔したので、早速調理場へ案内してもらう。


 イシスさんと父さんは別れ、ノエル、デリアさん、母さん、シンシアは一緒についてくる。


 調理場へ着くと既にイバンさんが夕飯のための下拵え作業をしていたので、どこで作業してもいいか聞く。事前にデリアさんが話してあったのだろう、調理台の近くに僕の背に合わせた踏み台が用意されていた。ありがたい。


「フィルくん、手伝ってほしいことがあったら言ってくれ」

「ありがとうございます、イバンさん」


 見た目は筋骨隆々で料理人に見えないイバンさんだが、さすが王都で店を出している父親のもとで修業していただけのことはあり、話しながらも包丁さばきは見事なものだ。


 とりあえず持って来た具材を出す。収穫祭で買ったのは乾燥しいたけ、四季キノコと言うそうだが、見た目はほぼ椎茸で、傘が大きく乾燥させているのにも関わらず大人の手のひらサイズだ。乾燥昆布、海布と言うそうだが、見た目は昆布で味も昆布。こちらも乾燥させているのにサイズが大きい。そしてこれが手に入ったので今回料理を作りたくなった原因でもある魚醤だ。


 壺を取り出した途端、近くにいたシンシアが逃げた。収穫祭で買って帰ったあと、興味本位で開けて匂いを嗅いだときにびっくりして母さんのところへと逃げたのだ。たぶんそれを思い出したのだろう。


 収穫祭で手に入れた食材がこの3つだ。さてこの3つで何を作るのかと言えば、この寒くなってきたこの時期にはピッタリのものだ。


「イバンさん、これとこれとこれを一口サイズに切ってもらえますか?」

「わかった」


 イバンさんにお願いして、別名があるそうだがこの際無視して、白菜、人参、キノコ、ネギを食べやすいサイズに切ってもらう。


 僕はその間に鍋に水を入れて、乾燥昆布と乾燥しいたけをつけ、出汁と水に戻す作業を同時に行うのだが、通常2時間ほどかかる作業を魔法でしてしまう。


 水につかっている食材に魔法で水が浸透するイメージを使う。そうすると短時間で水に戻すことができる。本当に魔法って便利だ。


「アリシア、フィルくん水魔法を使っているみたいだけど、あれは何をしているの?」

「乾燥したものを水に早く戻すために使っているみたいよ。家で練習してたけど、魔法に関してはフィルは本当に器用よねぇ」


 後ろで見ていた奥様2人が僕が使った魔法について話している。すぐに水魔法だとわかったデリアさんもさすがだと思う。料理だと使う魔法は主に火魔法だからね。


 戻した乾燥昆布としいたけを食べやすい大きさに切り、イバンさんに切ってもらった食材も鍋に入れ、本当はお酒を入れたいところだが、清酒が無く、ワインや蜂蜜酒、大麦のビールぐらいしかなかったので、今回は入れなかった。


 あとは肉としてつくねを入れようと思う。これもイバンさんに手伝ってもらい、鶏肉を細かくした物と、ネギ、しょうが、塩を入れて捏ねる。つなぎに卵とパン粉を入れよく捏ねたあと、これも一口大にして鍋へ入れる。味付けは魚醤で、あとは食材に火が通ったら完成だ。






 僕の方がスープみたいな感じなので、それに合わせた料理をイバンさんが作ってくれて、あとは煮えたら盛り付けるだけなのでイバンさんにお願いし、みんなで食堂に移動する。


 結局僕の料理風景をみんな最後まで見ていたみたいだ。そんな特別な調理はほとんどしてなかったけど、見てて楽しかったのかは謎だ。


 みんなが席について談笑していると、イシスさんとエドウィン父さんもやってきてタミルさん、カエラさんで配膳してくれて夕食が始まる。


 さて、僕の作った乾物のつくね鍋の評価はどんな感じだろうか。魚醤が苦手の可能性もあるので、ちょっと不安だ。


 ノエルは早速とばかりつくね鍋に手を付ける。つくね、白菜、キノコを食べ、スープを飲み、満足な表情を浮かべる。


 それを見ていたイシスさんとデリアさんもつくね鍋を食べ始める。やっぱりノエルの食に対するこだわりはアウルム家全員の認知らしい。


 シンシアも匂いの苦手な魚醤なので、最初は警戒してスープの匂いを嗅いでいたが、そんなに気にならないくらいの匂いだったのか、まずはスープから飲み始めた。


「これは美味しいわね。ほっとする味だわ」

「美味しいな。フィルくん、このつくねというのかい?食べやすいし、味もよく出ているよ」

「お兄ちゃん、美味しいよ!」

「とっても温まる感じがするわぁ」

「旨いな」


 デリアさん、イシスさんと好評をもらい、家族みんなも気に入ってくれたようだ。ノエルはもう食べ終わり、つくね鍋のおかわりをカエラさんに要求している。


 僕も安心して食べてみたが、思ったよりも美味しくできていた。こちらの世界の食材が美味しいというのもあるのだろう。美味くできてよかった。


 ふと窓の外を見ると、ちらちらと白い雪が降っているのが見えた。

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