第22話 5歳
冬の農村は冬にしか育たない珍しいファンタジー食材以外は特に畑仕事はない。新鮮な食材といえば森で自然薯みたいなものを掘る採取が一般的だ。秋の収穫が終われば凶作でもない限り、冬を越せるだけの食材は大量に保存されているので、そこまで心配する必要もない。
この世界は魔素という未知のエネルギーが普通にあるので、森に入れば食材は豊富だ。しかし森の奥に行くほど魔素が濃いため、そして魔素が濃い場所には魔物がいるため、食材が豊富に採取可能だとしても、農作をしないというのはありえない。
そんな冬の時期が過ぎ、雪が解け木々に緑が増え始めると、春の訪れを告げる野鳥なども見かけるようになり、そろそろと村人が新たな畑を耕すため重い腰を上げ、農作業に従事する姿が見られるようになるころ。
フィルこと僕とノエル=アウルムは5歳となり、予定通り村の教会へ週3で通うことになる。
前世の知識がある僕とノエルは、潜在能力も高いため、もう何かを学ぶという意味では通う必要はないのだが、ここには村の子供が集まるので、友達作りの名目で通うことになった。
確かに同世代、大袈裟に言えば未来を担う人達と交流がないというのも問題かもしれない。しかし僕はともかくノエルはここの領主の娘であり、人見知りしない性格なので知名度だけでいえば、同世代の子供の中では群を抜いている。
市にもよく顔を出すらしいし、ノエルを見かけた村人は気軽に挨拶するほどだ。まぁメイドのカエラさんも一緒に同行することが多いので、目立っているというのもあるかもしれないが。
「フィル、行くわよ」
「準備はできてるよ」
今日から教会へ通うのだが、アウルム家より僕の家の方が広場にある教会に近いため、ノエルが僕の家に寄って一緒に行くことになった。
「いってきます」
「いってらっしゃい、気を付けていくのよ」
アリシア母さんに出る挨拶をしてノエルと2人で教会へ向かう。5歳になりノエルも1人で村を歩くことが許されたため、今日から2人での行動も増えるだろう。門限は決まっているらしいが、それは僕もなので特に問題はない。
ちなみに門限は夕食前の午後5時頃なのだが、もっと早く帰るように渋ったのが妹のシンシアだったりする。今までずっと一緒にいたけど、教会がある日は母さんと2人きりになっちゃうからね。
それでも週1でデリアさんと母さんはお茶会しているのだから、ずっと家ということもないだろう。
ちなみに教会に集まる時間は午後からだ。それはなぜかというと1つは農村であるため、子供でも農作業の手伝いがあること。農作業は午前中の方が日が出る午後よりも負担が少ないというのもある。もう1つは昼食が教会ではでないため。給食というものがこの世界ではないので、当たり前なのだが昼食を食べてから、ということになる。まぁ1日3回食べるというのは裕福な家というイメージもあるので、1日2回で大量に食べるという家もある。
ちなみに僕の家は1日3食だし、ノエルの家もそうだ。ノエル自身は5食ぐらい食べてそうだが、気にしないでおこう。
教会に近づくと賑やかな声が聞こえるようになる。子供達が集まっているので当たり前だろうが、なんか新鮮だ。
確か1歳のときの洗礼で僕と同年代の子供がノエルの他に2人いたはずだ。なので今年から教会に来る新しい顔ぶれは僕達を合わせて4人いる。
教会のミサなどが行われる場所とは別の隣の建物の扉を開けると、そこの広間に机と椅子が並び、黒板みたいなものも置かれ、本当に前世の学校を意識させる作りだ。
僕達2人が入ってきたことで、中にいた子供達の視線が集中するが、ノエルは意識したりすることもなく、堂々と中を眺め、シスターを見つけるとそこへ歩き出す。
僕も後ろについていき、ノエルと一緒にシスターに挨拶をする。
「シスター今日からよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ノエルちゃんにフィルくんね。これで今年の子供は揃ったわね」
シスターの隣を見ると、2人の子供がいる。この子達が一緒に洗礼を受けた2人か。村にいたときにも何回か見たことがあるが、あまり話したことはないんだよな。
「この4人はみんな同い年よ。同じ時期に洗礼を受けたけど、1歳だったから覚えてないでしょうね。フィルくんにノエルちゃんよ。そしてこっちの男の子がアランくんで、こっちの女の子がオリガちゃんよ」
シスターに先に来ていた2人を紹介される。アランくんは明るい性格なのか、こちらを興味深そうに見ているが、オリガちゃんは人見知りなのかシスターの後ろに隠れている。
「フィルです、よろしく」
「ノエルよ」
「アランっていうんだ、よろしくな」
「…オリガ」
アランは人見知りすることもなく、気軽に声をかけてくる。陽気な性格のようだ。オリガは逆に人見知りな感じで挨拶の声も小さい。慣れるまではある程度の距離感で接しよう。シンシアも最初はそうだったから、こういう子はノエルに任せるのが1番だ。
「紹介も済んだことだし、席に座りましょう。席は特に決まっていないけど、今日は1番前に座ってちょうだい。ほら、みんなも席に座って」
シスターが声をかけ、他の子供達も席に座らせる。村の人口が約300人で、この教会に来ている子供の年齢は5~11歳。成人となるのが15歳なので12歳からは自分のなりたい職業、例えば木工職人ならその職人の弟子として奉公するのが普通だ。
稀に優秀な人は成人する前から頭角を現すが、そのような子は大体国に仕官したりするのが一般的らしい。
教会に来ている子供は見た感じ30人くらい。年齢がバラバラなので、また違った雰囲気があるが、どうやって教わるのだろうか。
「今日は今年最初の授業なので、新しい4人にはみんなの紹介が終わったら、ここで何を習うのか、どう過ごすのかを教えるわね。他の子達は紹介後にいつも通り上の子に教わりなさい、わからないことは後で聞きに来るように」
「「は~い」」
シスターに僕達4人の名前が紹介されたあと、1人づつ名前を紹介されるだけなので、すぐに終わる。そのあとは各自自習でシスターは僕達に説明を続ける。
「この教会では週3で基礎の計算、文字、今いる大陸や国のこと、魔法を教えるわ。人によって覚える時間が違うから、教え終わったあとは個別にわからないことは私に聞いたり、年長者に聞くといいわ。大体基礎を教えるのに1年から2年、あとは応用になるから覚えるかどうかは自分で決めてね。商人になりたい子は計算の応用を覚えるし、文官になりたい人は文字の応用を覚えるわ。冒険者や仕官先によっては魔法の応用を練習するのも大事ね。それぞれ教わりたいことを聞くといいわ」
なるほど、全員に全部教える感じではなく、覚えたいことを教わる感じだけど、基礎の最初はみんなでってところか。年上の子は年下の子がわからなかったら教えてあげるようにしていると。
効率というよりも助け合いで成り立っている感じだけど、シスターが全て見れるわけじゃないしな、そんなものなのだろう。
「今日は最初だからみんなどんな感じでやっているか見学してみるといいわ。何かあれば私に聞いてちょうだい」
今日は初日だしこれで終わりかな。とりあえずこの4人で仲良くなることが優先だろう。まずはアランくんに色々聞いてみよう。
「アランくんは普段は何してるの?」
「アランでいいぜ、俺もフィルって呼ぶから」
「わかったよ、アラン」
「普段は母ちゃんの手伝いだな、父ちゃんは狩人だから弓とか教わってるけど、まだ小さいからって母ちゃんの畑仕事を手伝いばっかりでよ、早く大きくなりたいぜ」
そういいながら後ろに腕を組み、拗ねた表情をする。アランは狼人族という種族らしく、父親も同じらしい。母親は人族だそうだ。父親が狩人らしく森で採取や猪などの獲物を狩る仕事をしているみたい。
「僕の父さんは警備隊だから、5歳から剣の稽古をするらしいけど、まだやったことないなぁ。弓を習ってるだけでも大したものだよ」
「へへ、父ちゃんみたいに獲物を狩れるようになるのが今の目標だな」
褒められたのが嬉しそうだ。狼人族だが犬に見えると思ったのは内緒だ。
ノエルの方を見ると、オリガと話しているが、ノエルが質問してオリガが答えている感じだ。さっきから食べ物の話ばかりしているが、オリガが食堂の娘だからだよね?ノエルがお腹が空いたからとか、趣味が食べることとかだからじゃないことを祈りたいとこだ。
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