第9話 アウルム家
翌朝、予想通りノエルの抱き枕と化した僕を、カエラさんが救助することでやっと起きた。
昨日は眠い目を擦りながら、ノエルに付き合っていたため、そんな遅い時間まで起きてはないのだろうが、赤ちゃんの体的には夜更かしの部類のためか、まだ眠い。
カエラさんに朝の身支度を手伝ってもらったあと、食堂に向かう。既に母さんとデリアさんは着席していた。
ノエルはもう1人でもある程度食事はできるので、カエラさんが僕の食事を手伝いながら、みんなで食事をした。
僕とノエルの朝ごはんは離乳食なので、あまり変わり映えしないが、母さん達は焼き立てのパンにスクランブルエッグと牛乳、カットされたトマトが盛り付けられたサラダみたい。
美味しそう、早く食べれるようになりたい。
知識にある日本食のようなものはでないが、基本食事は美味しそうなものをよく見かける。食文化はそこまで悪くはないようだが、レパートリーはあまり多くないみたい。素材そのものが美味しいから、手の込んだ調理があまりないみたいだ。
離乳食であるこのパン粥も、パンと牛乳のみを使ったみたいだが、普通に美味しいのだ。
朝食を終え、食後のまったりとした時間。リビングルームへ移動したあと僕は母さんに抱かれながらいつものようにいじられている。
頭を撫でたり、耳をぷにぷに、ほっぺをツンツン、手をニギニギと本人はあやしているつもりだろうか。僕で遊んでいるようにしか見えない。
ノエルもまたデリアさんの横ではなく、僕と母さんの横に座り、僕で遊んでいる母さんを見ながら、真似していた。
前に拒絶したら母さんがすごい落ち込んだので、なすがままになっているが、それが2人からとなると鬱陶しいことこの上ない。
ここは話題でも出して注意をそらしてもらおう。
「母さん、父さんも魔法使えるの?」
「本人は魔法は苦手っていってるけどね、使えるわよ。主に身体強化魔法だから、普通に過ごしててもあまりわからないかもね」
身体強化魔法か。それがあれば赤ちゃんの今の体でも自由に動けるのでは!
「フィルは考えてることがすぐ顔にでるから、わかりやすいわね。身体強化魔法は基礎体力がちゃんとないと体の負担が大きいから、使っちゃダメよ?」
そんなにわかりやすいのか……ちょっとショックだ。赤ちゃんの体だからまだ制御できてないのかもしれない。そういうことにしておこう。
「そうね、身体強化魔法は魔力の強さよりも、制御が上手い方がその真価を発揮しやすいわ。エドウィンは魔素量があまりないから苦手意識があるんでしょうけど、魔力質は優秀な方よ。まぁ身体強化も感覚でやってるからその自覚がないんでしょうけれどね」
デリアさんが僕の父さんの魔力について評価する。魔素の操作技術が高ければ、魔力が強くとも魔力質で補えるというわけか。
「昔からの苦手意識がそうさせているんでしょうね。エドは体を動かすことの方が好きだから、本人はそれでいいんでしょうけれどね」
母さんの評価も同じみたいだけど、もうそれって父さんは脳筋ってことか?無駄話をしないから、寡黙のイメージだけど。それよりも体を動かすことが好きってことは、僕が成長するとそれに付き合わされるんじゃ……
「そういう性格だったわね。フィルくん、身体強化魔法はもう少し体が成長してから使うようにしなさい。エドウィンにでも鍛えてもらうといいわ」
いや、それはそれでお断りしたい。
前世の自分はもう働きすぎじゃないかっていうぐらい働いていたみたいだし、そのおかげで特典増し増しだったんだろうけど、こっちではもう少し余裕を持って生きたいよ……
こちらの世界には魔法があるんだから、これを使って余裕のあるスローライフな人生を送るんだ。そのための努力は惜しまないつもりだから、体も鍛えるけど、それなりでいいんだ、それなりで。
「鍛えてもらうのはいいけど、エドみたいに強面になっても困るよ。フィルはこんなにも可愛いのにね~」
僕の頬をムニムニしながら母さんが微笑む。確かに僕は母さん似だからね、父さんみたいな肩幅が広く、刈上げた茶髪と強面の顔は回りを威圧するには十分な印象がある父さんだけど、僕には全く備わっていないな。
「フィルくんはアリシア似だからエドウィンみたいな感じにはならないでしょ。ノエルも私に似た子に生まれたから、2人の今後の成長が楽しみだわ」
デリアさんも微笑みながら、優雅に紅茶を飲む。令嬢みたいなデリアさんの印象とノエルの印象が違いすぎて似ているにちょっと疑問があるけど、性格は似なかったってことなのかな。もしくは性格も実はにて……
「フィルくん、何か言いたいことがあるのかしら?」
「いえ、なにも」
また考えを読まれたのか?!怖いんだけど!微笑んでいるのに有無を言わせない感じがあるよ。やばいやばい下手なことは考えないようにしなきゃ。まだ赤ちゃんだから考えが読まれやすいんだ、そうだと信じたい。
そんな会話をしている中でノエルは実はずっと僕で遊んでいた。今は僕の足の裏をぷにぷにしたり、足指を開いたりしている。本当に君は自由だな。
まったり紅茶を飲みながら優雅に会話をして過ごしたあと、昨日と同じように魔素を流してもらい魔素を感じ操作できるようにする訓練。
魔素が動いている感じはするが、それを操作できるかどうかは話が別。今は感じとる感覚を発達させて、流してもらわなくても感じされるようになるまでの訓練になる。
自分の中の魔素を感じ取れるようになると、次は空気中にある魔素を素肌で感じるように訓練し、そのあと自分から離れた魔素を感じ取れるようになれば、ようやく魔素操作の訓練となる。
自分の中の魔素を操作できるようになれば、また表面、そして自分の魔力領域の操作へと段階を経ていく。
自分の中の魔素を操作できるようになれば、身体強化魔法はできるらしいが、母さんとデリアさんに禁止されているので、もう少し成長してからになる。
やはり最低でも自分の表面の魔素を操作できるようにならないと、魔法は使えなさそう。もどかしい日々が続くが、焦りは禁物だ。どうせ赤ちゃんの今はやることがそうないのだ、暇つぶしにもちょうどいいし、頑張っていこう。
午前と午後の食後休みのあとに魔法を教えてもらいながら、ノエルのアウルム家に滞在すること5日、毎日のようにノエルの抱き枕になる僕を、カエラさんやデリアさん、母さんまで苦笑しながら特にノエルに注意することもなく過ごす日々。
赤ちゃんなのにぐずりもしない僕もよくないのかもしれないが、寝苦しいのは事実なので離してほしいのだが、ノエルに直接言っても却下されるし。
魔法の方も特に変わり映えはなく、進展はない。まだ時間がかかるようだ。
予定ではあと2日後に父さんとノエルの父親であるイシス・アウルム男爵が帰ってくる。特に緊急の知らせもないようだし、予定通り進んでいるのだろう。
西の森でゴブリンの集落らしきものが見つかり、その討伐のため西の森に隣接する他の領主とも連携し、隊を率いて討伐する予定だったわけだが、デリアさん曰く、討伐についてはそんな難しいことではないらしく、むしろそのあとの領主同士の付き合いで日程が長くなっているらしい。
討伐するだけなら、3日ぐらいで帰還可能だったそうだ。今回は各領の新人隊員の訓練も兼ねているらしく、それをまとめているのが僕の父さんらしい。
領主同士の話し合いはイシス男爵が行っているみたい。貴族というのも大変そうだ。アウルム家がそもそも新興貴族なので、いろいろあるのだろう。
ノエルを見ながら貴族令嬢とはと考えるも、無駄だと考えを放棄し、また魔法の訓練に勤しむのであった。
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