第10話 帰還

 アウルム家に滞在して1週間が経った。今日父さんとノエルの父親であるイシス男爵、討伐に参加した従者達がアウルム領へと帰ってくる。


 朝の身支度を終え朝食後のいつもの時間、今日の予定をデリアさんがカエラさんに紅茶を新しく淹れてもらいながら話す。


「予定では午後に討伐隊が帰ってきて、隊の解散後に汚れを落としたあとみんなで夕食よ。エドウィンもこっちでお風呂と夕食を取るようにイシスが誘っているはず。だから今日もエドウィンと一緒に泊まっていきなさい」

「そうなの。ならもう1日お世話になろうかしら」

「カエラもそのつもりでお願い」

「わかりました。奥様」


 どうやら今日も泊まるらしい。まぁもうこの家に慣れちゃった感じはあるけどさ。


「昼食後もいつも通りだけど、今日は魔法の訓練は無しね」

「はい」「うん」


 僕とノエルは返事をする。午後に父さん達が帰ってくるってことはそれをお出迎えしなきゃいけないだろうし、ノエルの父親に会うのも生まれたばかりの頃の1回しかないからちょっと緊張する。


「私とアリシアは出迎えの準備をするから、ノエルとフィルくんは部屋にでもいて遊んでいるといいわ」

「ノエルちゃん、フィルのことお願いね」

「まかせて」


 自信満々に了承するノエル。僕に対してのその自信はどこから来るのか本当に謎である。






 リビングルームを出てノエルの部屋へ戻ってくると、早速ノエルが僕の世話を始めたようだ。ベッドに横になっている僕の手足をぷにぷにしているだけだが。


「ノエルのお父さんってどんな人?」


 とりあえずお出迎え前に情報収集をしておこう。あと話をしてさりげなく僕をかまうのをやめてもらう。僕の質問に対して少し考えたあとノエルの回答はというと。


「金髪ね」


 いや、まずそこ答えるの?髪に対して何か含むものでもあるのか?


「外見はなんとなく覚えてるよ。金髪で優しそうな印象の人だったけど」

「そうね、イケメンの部類に入るらしいけど、私をかまうときの顔はイケメンじゃないわ」


 それ本人には言わないであげてね。娘に言われる父は大ダメージだよ。しかしそうか、娘には甘々なのかイシス男爵は。その矛先が僕に来ないことを祈るよ。


「家では普通のパパだけど、領主としては威厳を出そうとしてるわね。フィルのお父さんと違って外見が優しそうな印象だからだろうけど」

「へ~やっぱり領主って大変そうだね。僕の両親と一緒に冒険者をやってた時は攻撃主体のファイターポジションだったみたいだから、もうちょっと活発な感じかと思ったけど」

「ん~どうなのかしら、何でも卒なくこなす感じだからじゃない?冒険者のときもリーダーだったみたいだし」

「冒険者のときの話って聞いたことあるの?」

「聞いたわけじゃないわ、聞かされたのよ。冒険譚を娘に話してカッコよさをアピールしたいんじゃないかしら」


 イシスさん、娘さんには何も響いてませんでしたよ。ノエルの感じていることを本人に気づかれないことを祈るばかりだ。






 ちょっとイシス男爵に対して同情する話を聞きながら、午前中はノエルと一緒にいつもの魔素操作の訓練をした。午後の昼食後、午前中と同じくノエルの部屋で過ごしながらくつろいでいると、エントランスの方から慌ただしい気配がしてきた。どうやら帰ってきたようだ。


 部屋に母さんとカエラさんが一緒にきて、僕とノエルを連れていく。みんなでお出迎えするようだ。エントランスホールに来ると知らない男性とデリアさんが会話をしていて、その他にこの屋敷に努めている料理人やカエラさんとは別のメイドの女性が1人いた。


 アウルム家に来て夕食後にちょっと紹介されたけど、たしかメイドの人がタミルさんでカエラさんのお母さんらしい。カエラさんと同じ髪色の茶髪で雰囲気は穏やかなおばさまって感じの人だ。


 料理人はイバンさん、男性で見た目は筋骨隆々だ。最初本当に料理人かどうか疑ったほどだ。元々王都で店を出している父親の元で修業していたそうだが、冒険者のときイシス男爵がそこの常連で、こっちに移る際に誘ったらしい。


 玄関に来た僕達を知らない男性が僕達を見つけると、デリアさんとの会話を終え、こちらに向き直った。


「イシスの娘とエドウィンの息子か。初めて見るがもうこんなに大きくなったのか」

「そういえばまだ顔見せしてなかったわね。娘のノエルとフィルくんよ」

「ほらフィル、この人が冒険者のとき仲間だったオロフよ」

「「こんにちは」」


 この人が母さん達と一緒にパーティーを組んでた人か。確かスカウトで偵察全般のことをやってたとか。僕達が挨拶をすると目を見開いて母さん達を見る。


「驚いた、もう挨拶できるのか。まだ生まれて1年も経ってないだろ」

「すごいでしょ、フィルとノエルちゃんはとっても賢いんだから」


 母さんが満更でもなさそうに自慢する。


「まだ生後5ヶ月経ったくらいね。フィルくんはまだ立ったりはできないけど、言葉は理解できてちゃんと話せるわ。ノエルはもう1人で軽く歩いたりできるわね」

「大したもんじゃないか。よろしくな、ノエルちゃんフィルくん」


 片手を上げながら軽く挨拶を返してくれるオロフさん。灰色の短髪で笑うと八重歯が特徴になる顔をしている。犬人族で頭の耳とお尻に尻尾が見える。


 オロフさんと会話をしていると、エントランス前に馬車がついたようだ。先に知らせるためにオロフさんが先行してここに来たらしい。


 両開きの扉を開け放ち馬車から降りてくる人を出迎える。最初に出てきたのは僕の父さん、次にイシスさんが降りる。父さんが御者の人に話し、御者の人はそのまま馬車と一緒に馬小屋の方へ行ったみたいだ。


「おかえりなさい、あなた、エドウィン」

「おかえりなさい、エド、イシス」

「「おかえりなさい」ませ」」


 みんなで2人にお出迎えの挨拶をする。イシスさんは笑顔で、父さんはいつもと変わらず頷きながら、挨拶にそれぞれ答える。


「ただいまみんな。出迎えありがとうね。予定通り帰ってくることができたよ」

「よかったわ。とりあえず旅の疲れを取りましょ。お風呂とか軽く食事するくらいの準備はできているわ」

「ありがとう、そうするよ」

「エド、あなたも一緒に」

「ああ」


 この後の予定を話し、一旦解散する。僕とノエルは部屋へまた戻る。久しぶりに見たノエルの父親であるイシスさんは、少々疲れが見えるものの、優しそうで初めて見たときと変わらない印象だった。






 夕食まで呼ばれることなく、ノエルの部屋で訓練したり、ノエルのぷにぷに攻撃をかわしたりしながら過ごした。いつも通りカエラさんが迎えに来て、食堂へ集合する。到着すると母さんとデリアさんは既に着席していて、母さんはカエラさんから僕を受け取る。


 すぐにイシスさんと父さんが入ってきて、みんな着席する。席順は上座にイシスさん、右斜め前にデリアさん、左斜め前に父さん、その隣が母さんと僕、デリアさんの隣がノエルだ。


 隣の部屋の扉が開くとタミルさんがワゴンを引き入ってくる。ワゴンに乗せた食事をタミルさんとカエラさんで給仕してくれる。みんなに食事と飲み物が配り終わったあと、タミルさんが退出し、カエラさんはノエルのそばにつく。


「それじゃ乾杯しようか。無事の帰還を祝って、乾杯」

「乾杯」


 イシスさんの乾杯の音頭とともにみんなで乾杯し、食事が始まる。僕はいつも通りの離乳食だけど、今日はトマトをすりつぶしたものみたいだ。あとリンゴのすりつぶしたものもある。素材自体が美味しいから、普通に美味しい。


 母さんに食べさせてもらいながらノエルを見ると、カエラさんにおかわりを催促していた。離乳食でおかわりってあまり聞かないぞ?


 ノエルのことは気にしないことにして、両親達の会話に耳を傾ける。簡単な討伐だったようだが、魔物もまだ見たことのない僕にとっては外の世界は興味がある。今後の参考になるような話も聞けたらいいのだが、父さんは寡黙だからな。


 どんな話が聞けるのか楽しみにしつつ、意識を両親達の会話に集中するのであった。

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