第34話 勉強

「私達のいるトラフィルリア王国は、隣接している国よりも歴史が古く、その年数は……」

「むぅ……」

「……」


 僕は現在ノエルの家である、アウルム邸へ来て何故か勉強させられている。科目は歴史になるかな。もちろん僕のためじゃない、隣で唸っているノエルのためだ。


 ノエルは普段の言動と行動で忘れがちだが、貴族令嬢である。弟のルイスくんが生まれたことにより、跡継ぎの心配がなくなり、以前よりも自由にしているが、それでも最低限の貴族としての勉強は必須である。


 もちろん前世の記憶があるし、潜在能力も高い僕達は読み書きや計算などは完璧である。しかし歴史などこちらのことは覚えるしかないのだが、これも僕達にはそんなに苦労はしない。しかもノエルは僕のサポートとしてこちらに転生したのだ。その辺りの情報も持っているはずなのだが……。あ、ちなみに僕はこっちに来てから覚えました。


 ならなぜ唸っているのか、それはこれが罰だからである。


 僕達が5歳になり、教会に通うようになってから、以前も家での勉強をサボりがちだったのに、その頻度が上がった。


 ノエルは基本勉強が嫌いだ。そして体を動かすことが好きだ。教会に通う前は勉強をする時間があっても、午前か午後に遊ぶ時間があった。


 しかし、教会に通うことが始まると、午後は教会に行く日は、勉強は午前になる。そして教会で必ずしも体を動かすことをするわけではない。それがノエルにとってはストレスだったようだ。


 そして僕は5歳になると午前中は剣の稽古が始まった。ノエルにとっては渡りに船である。運動がそんなに好きじゃない僕が、ノエルの好きな剣の稽古が一緒にできるのだ。


 教会のある日は必ずと言っていいほど僕の家に来るため、家での勉強をしなくなった。そして僕は教会の無い日も午前は剣の稽古をするため、ノエルは毎日うちに来る。そしてノエルの母親と僕の母親は親友であり、ノエルにも我が子のように接するアリシア母さんは、当然のごとくノエルの分も昼食を作るので、昼食は僕の家で食べる。そして午後になり、ノエルが嫌いな勉強のために家に帰るのかと言われれば、帰るわけがない。


 そんなことをしていれば、自然とそのことはノエルの母親であるデリアさんの知ることとなる。もちろんデリアさんもノエルにそんな勉強を強制することはなかったので、教会通いが始まる前までのサボりは見逃していた。貴族に必要な知識を質問すればちゃんとノエルは答えるからだ。


 しかしさすがに以前の勉強から2週間、1度も家で勉強していないとノエルに教えているメイドのタミルさんから報告されると、デリアさんも黙っているわけにはいかないらしく、デリアさんは考えだした答えが、『ノエルがサボりに行くフィルくんもこっちに来てしまえばいい』である。


 そしてデリアさんに頼まれたら断れないのは、今に始まったことではないので、現在この状況が生まれているのであった。


 今日は教会の無い午後、午前はいつも通り剣の稽古をして、もちろんノエルもいつも通りうちに来たのだが、午後は事前にアリシア母さんにもデリアさんから連絡がされていたらしく、昼食時間になると笑顔でアウルム家へ行くように言われた。


 僕は事前に聞いていたのでそれに従ったが、ノエルはキョトンとしたまま、僕に促されアウルム家へ帰宅。昼食をご馳走になると、そのままいつもノエルが勉強している部屋へ連行され今に至る。


 そう唸っているのは勉強がわからないからではない。退屈な勉強をすることと、僕もグルだったことによる不満である。しかし僕に対して唸らないでほしい、むしろ僕は被害者であると声を大にして言いたい。






 2時間ほど続いた勉強が終わり、隣を見るとノエルは机に突っ伏した状態で燃え尽きていた。いつもこんな感じなんだろうな、タミルさんも大変そうだ。


「ほらノエル。終わったからお菓子でも食べよ。カエラさんが用意してくれてるよ」


 ノエルにリビングルームへ移動するように促し、部屋につくとデリアさんとカエラさんがいて、デリアさんの向かい側へノエルと一緒に座る。カエラさんがすぐに僕とノエルにも紅茶を淹れてくれるので、お礼を言って受け取る。一口飲むと紅茶のいい香りと、まろやかな味わいが口の中に広がり、ほっと一息つく。ノエルは既に用意されていたクッキーを食べていた。顔はまだ不満顔である。


「フィルくん、お疲れさま」

「いえ」


 ノエルの不満顔を気にすることなく、デリアさんが僕を労う。ノエルの眉と狐耳がピクピクと動いているのを感じる。


「フィルくんがいてくれて助かるわ。この子ったら言っても聞かないんだもの」


 大袈裟にため息をつきながら、頬に手を当てて困ったわという感じを全面に押し出してくる。僕と会話しているが完全にノエルへの当てつけである。ノエルの不満ゲージが溜まっていくのを感じる。


「フィルくんも大変だったでしょう?フィルくんは本とか沢山読むから、もう知っていることだろうし、退屈だったんじゃない?今度からはノエルを置いて、私とリビングでお茶でもして待っていましょう」


 僕を気遣っているようで、ノエルを煽っているようにしか聞こえない。しかも今度もこんなことがあると言ってしまっているし。我慢が出来なくなったのか、ノエルがデリアさんに対して反論する。


「もう必要ないわ。今日のことも既に覚えていることだったし」

「あらそうなの。いつ覚えたのかしら?」

「それは……フィルから聞いたことがあるからよ」


 普段本を読んでないのが仇になる。苦しい言い訳にしか聞こえないが、覚えていることは間違いない。


「へ~そうなの?フィルくん」

「えっと、まぁそんなことも話したような気がしないでもないのかな……」


 僕は嘘が苦手なのだ、勘弁してほしい。


「ふ~ん。まぁいいわ、それじゃ今度からはマナーや貴族同士の対応方法などの勉強にしましょうか」

「それも大丈夫よ、出来るわ」

「あら、まだ教わってもいないのに出来るの?どうしてかしら」

「それは……なんとなくよ!」

「なんとなくではダメよ。マナーなんかは失敗しないのが前提なんだから」

「出来るならいいじゃない!」

「出来ることを示すためにも、勉強は必要よね」

「う~……私よりルイスが出来るようになる方が重要なんだから、そっちが先でしょ!」

「出来る出来ないにルイスは関係ないわ。お姉ちゃんなんだから、先に出来ないと恥ずかしいわよ」


 ノエルは何とか勉強しなくてもいいようにデリアさんを説得しているが、まぁ無理だろうなぁ。それに知識はあっても出来る出来ないは別の話なのは本当だし。


 その後もノエルは勉強したくないため、デリアさんにあの手この手で説得するも、デリアさんが折れるわけもなく、結局平行線のまま最後にはノエルが唸って終わった。


 時折ノエルは僕の方を見て、どうにかしてと訴えかけるが、どうにか出来るわけがないのだ。結局出来るようになっても、忘れないように時折しなくちゃいけないのだ。


「ノエルはやれば出来るんだから、ちゃんとやれるとこを見せれば、勉強する回数は減るよ。そうですよね?デリアさん」


 妥協案としてノエルに助け船を出す。


「そうねぇ、わかっていることをやっても意味はないだろうし、そうした方がよさそうね」


 苦笑しながらノエルを見るデリアさん。まぁしょうがないよね。それを聞いたノエルも勉強が減ることについては嬉しいようで、安堵した表情をしていた。


「そういうわけだから、フィルくん。ノエルのことお願いね」


 あ、はい。

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