第45話 カレリーナ・フォン・ヴェストレム

 保存食の歴史は古く、紀元前から作られていた保存食も、転換期てんかんきである瓶詰びんづめから、缶詰かんづめが発明される1800年代になるまでは、塩蔵えんぞう糖蔵とうぞう乾燥かんそう燻製くんせい発酵はっこうなどをして、陶器とうきやガラス容器に入れて物理的に生き物や雑菌からの食害しょくがい腐敗ふはいの軽減を行っていた。


 この魔法世界であるエーナでも、保存食の発明は行われるが、地球とは若干違う歴史を辿たどることになる。


 そもそも魔法世界エーナには、地球にはない魔素が存在し、これは例外もあるが基本全ての生物において、蓄積すると有害なものである。しかしこれがあることにより、人間は魔法を使うことができる。


 では魔法を使わない野生動物や植物はどうなるのか。


 野生動物や植物も魔素を人間と同じように吸収し、魔素耐性を得るのだが、その魔素を魔法に使うのではなく、自分の成長に使うことがわかっている。


 地球でよくトマトを育てる際に水を与えないと、より美味しく育つというのがあるが、それは植物が持つ生命維持機能せいめいいじきのうが活性化するためだ。


 生命維持に必要である水を、トライコームと呼ばれる植物の表面にある細かな産毛から、空気中の水分を自力で吸収しようとする。


 肥料が無ければ生命維持をするため、出来るだけ吸収した養分を貯めこもうとする。

 こうして出来たトマトが、通常よりもとても甘く美味しいトマトが出来る仕組みだ。


 そしてこれが魔法世界エーナでは、地球環境の他に魔素があるおかげで、生命維持機能を活性化させなければ、魔素にやられてしまう環境が常にどこにでもある。


 常時魔素にさらされている状態で、その魔素を成長の糧に使うことが出来るとしたら、それは地球とは別格な美味しさの食べ物が出来るという仕組みが、出来上がってる。


 このことから、エーナの生物は生命維持機能が地球の物よりも優れ、病気などにも強い。しかし、採取されてしまえば生命維持機能が止まるのだから、もちろん地球と同じく腐敗するため、保存食については考えられてきた。


 保存については村単位で出来ること、つまり先ほどの塩蔵えんぞう糖蔵とうぞう乾燥かんそう燻製くんせい発酵はっこうなどは地球と同じくあるのだが、缶詰が発明される前に、魔法という方法で保存をしようと考えられたのは当然だと思う。







 そこで研究の対象になったのが、この世界で最も有名な魔道具、『マジックバッグ』である。ダンジョンなどからレリックとして出土する『マジックバッグ』は、時間停止または軽減の付与がされているものが多く、運搬はもちろん保存にも適した魔道具であることは、誰でも思いつく。


 しかし、レリック扱いであるということは、発見数が少ないということであり、ダンジョン産の『マジックバッグ』で需要じゅようまかなえるはずもなく、これを打開だかいするため、各国はこの魔道具の研究を進めた。


 そして長い年月をついやし、研究でわかったことは、この魔道具はとても貴重なものということだった。


 ダンジョン産『マジックバック』の再現さいげん。現実にそこにあるのにこれを作ろうとすると出来ない。優秀な人材を集め、育成しようと国を挙げて教育機関を立ち上げたりもした。


 魔法が得意な人材が集まる中で、魔道具作成が得意というのは、また違った分野であることが分かるまでも時間がかかったし、魔道具作成が得意な人材というのは、その中でも割合は少ない方であった。


 そして研究の末、この世界で最高傑作と呼ばれる『マジックバッグ』を作った人物が、魔道具作成を携わる人なら、知らない人はいないといわれるぐらい有名で、現在の魔道具の書物は、ほぼこの人の書いた研究資料が元になっている。






 カレリーナ・フォン・ヴェストレム。彼女がしるした原文の研究資料は、国が厳重げんじゅうに管理している。


 小さな領地を持つ、爵位しゃくい男爵だんしゃくの令嬢として生まれたカレリーナは、幼い頃から魔法の魅力に取りつかれ、魔法を学ぶ上で最高峰の王立トラフィルリア魔法学院に入学。


 在籍中に空間拡張された魔道具『マジックバッグ』の作成を成し遂げ、成人になる15歳に首席で卒業後、魔法学院からの要望ようぼうにより、この年に魔法学院に上学院生徒制度が設立。臨時講師待遇で在籍しながら、学院内に研究室を所持することになる。


 その後、王家の要望により王立魔道具研究所へ入所し、空間拡張の拡大した魔道具『マジックバッグ』を作成し続け、国王から功績が認められ、32歳にして初の女性所長に就任に合わせ、貴族として伯爵を賜る。


 それから自身の研究のかたわら、彼女以外の人にも空間拡張の魔道具が作れるように、研究をまとめたり、人材育成を行うよう卒業した王立トラフィルリア魔法学院で臨時の教鞭きょうべんを取るなど、精力的せいりょくてきに活動した。


 彼女だけ作れるのではなく、他の人にも同じようにという王国の考え方も、彼女自身賛同していたため、所長に就任した後は、魔道具作成をする機会がかなり減ったものの、46歳で彼女の研究の集大成ともいえる魔道具の作成に成功。


 空間拡張の広さはそのままに、時間経過の軽減付与が確認され、王家から勲章を授与とともに、女性初の侯爵こうしゃくへと陞爵しょうしゃくされる。


 その後も王立魔道具研究所へ在籍しながら、研究を続け60歳を区切りに王立魔道具研究所を依願退職いがんたいしょくし、40歳で結婚した年下の幼馴染と、静かな湖畔こはんに居住区を移し老後を過ごしたそうだ。






 これがカレリーナ・フォン・ヴェストレム侯爵である彼女の生い立ちについて、書かれた本を読んでわかったことだ。


 この本などから見てもわかるように、『マジックバッグ』の魔道具は完成しているはずなのに、なぜまだレリック扱いで、市民に浸透しんとうしていないのかという疑問が残る。


 その疑問も彼女が完成させた『マジックバッグ』の材料を知ればわかる。最高傑作と言われる『マジックバッグ』がとても高価なためだ。


 もちろん材料を抑えようと後世の魔道具職人や王立魔道具研究所、そして彼女自身もさらに研究を重ねたが、空間拡張と時間経過の軽減の両立した『マジックバッグ』は難しく、結局のところダンジョンから出土した時間軽減の『マジックバッグ』と同じ機能なら、同額かデザイン料込みで、若干高くなるという結果に落ち着いた。





 魔道具研究と『マジックバッグ』の歴史について書かれた本を閉じながら、り固まった首や肩を回し、ほぐす。


 つい最近きた行商人から買ったこの本も、なかなか面白かった。アイテムボックスの魔法をあまり人前で使わないように、母さんから言われたのも納得できる。


 まぁそれでも使える人がいないこともないらしいのだが、使えると国や貴族からの勧誘が五月蝿うるさいらしいので、出来るだけ目立たないようにするか、もしくはマジックバッグを手に入れるかしたいところだ。


 だけどこの本にも書いている通り、とても高価らしいからなぁ…デリアさんや母さん達は冒険者の時に買ったらしいから、高ランク冒険者は稼ぎもいいらしい。


 高価な魔道具の作成も、冒険者で稼げるようになるまではお預けかなぁ。魔道具を作って売ってもいいけど、ぶっちゃけ西の森に近いこの村なら、獲物を狩って売った方が稼げる。


 冒険者ギルドがないので、依頼料が発生しないため、冒険者ギルドに仲介料ちゅうかいりょうを取られるとしても、冒険者ギルドで売った方が稼げる。冒険者ギルドを通さず、直接依頼の方が仲介料が発生しないから、依頼者は若干安く済み、冒険者は多く貰えるけど、それは両者の契約がちゃんとしていた時だけだ。


 大抵冒険者ギルドを通さないってことは、知られたくないとか色々後ろ暗いところがあったりするので、冒険者ギルドでも依頼主からの直接依頼は、非推奨ひすいしょうにしてるからな。


 冒険者ギルドに仲介料が入らないからだと、穿うがった物言いをする人もいるけど、それで依頼主とのやり取りや、問題発生時の対処をしなくていいなら、安いものだと思う。


 ノエルの父親であるこの領地の領主、イシスさんもこの村に冒険者ギルドを誘致したいらしいのだが、もう少し人口が増えないと無理っぽい話を聞いた。


 メルクトス村が街になるまでは、まだ年月がかかりそうである。

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