第4話 誕生

 ドクン……

 ドクン……


 一定のリズムで刻まれる音が聞こえたと思った瞬間、苦しさと眩しさに意味のない声をあげる。声をあげたことで苦しさが弱まるが眩しさは収まらず、擦れる痛さと空腹を覚えてまた声をあげる。


 生まれたときを言葉にすると難しいね。あとぶっちゃけ記憶はないほうがいいと感じた、前世ではえにしだった僕です。


 今の僕の状態は転生してから1週間ばかり経過したところ。最初は何が起こっているのかわからず不安だったが、最近は目も見えるようになり、周りの状況がわかるようになってきた。


 僕の部屋は両親のすぐ隣の部屋で赤ちゃん用ベッドと質素な机の上に明りを灯すランプみたいなものと簡素な椅子、衣装棚とその上に僕の世話をするために必要な細々とした品をいれる箱があるくらい。


 質素とはいってもそれなりの装飾はされていることから、貧乏な家というわけでもないみたいだ。仕事は何をしているのかはまだわからない。まだ歩けないので得られる情報はこの小さなベッドのから見えて、聞こえるものだけだ。


 最近は起きている時間も伸びてきたので、暇な時間が多い。情報を得るために早く歩きたいので、手や足を積極的に動かしている。訓練のつもりだ。


 しかし、まだ1人で起き上がることもできないので、女神様が魔法のが使えるっていってたから使ってみたいのだが……使い方がわからない!


 魔法を使いたくてあ~だの、う~だのと声を出していると、扉の向こうが騒がしくなって、足音や話し声が聞こえてくる。1人や2人じゃないな、なんだろ?


 やがて扉が開かれると僕の両親と見たことのない夫婦だろうか、男性と女性とその腕に抱かれている赤ちゃん。


 抱いている女性に似て金色の髪の毛をしていて、目がやや釣り目だが大きく、顔が整っていて将来美人になりそうな赤ちゃんだ。僕を見つけると手を伸ばし、あうあう言っている。


 しかし、それよりも驚いたのがその赤ちゃんを抱いている女性とその赤ちゃんの頭に耳が生えていたことだろう。耳の形は狐のようで、前世の知識としてある青葉と似た耳を見て、もしかしてと思う。


 驚いた顔をしていたのを見たのだろうか。狐耳の赤ちゃんが僕にと笑った気がした。





 僕と同じ銀色の長い髪をして、優しい笑顔で僕を抱き上げてくれた母親。話しかけてくれるがまだ言葉がわからない。


 狐耳の赤ちゃんに近づけて母親たちで話している状況から赤ちゃんの顔見せみたいなものだろうか。どっちの両親共々イケメン&美人だ。異世界にきて僕だけ美形じゃないとかだったら、落ち込むかもしれない。将来の安泰に胸をなでおろす。


 父親たちはちょっと遠巻きで見ながら、話をしている。言葉が全くわからないので、早く覚えたいな。外見だけみると僕も狐耳の赤ちゃんもどっちも母親に似たみたい。


 顔見せみたいなのが終わり、出て行こうとする狐耳の両親に僕の両親が親しげに会話をして見送る。


 狐耳の赤ちゃんが出て行こうとする両親に対してぐずっていたが、赤ちゃんでは何もできることが無いので流れに身をまかせるしかない。親しい感じだからまた会えるだろう。


 そして母親だけが残り、いつもの食事タイム。


 僕の前世の知識はいうなれば、実写ドラマで縁という人物の人生を細部まで強制的に見た記憶を持っていて、それが前世のことだと知っているという認識なので、それが自分だとわかっているけれど、どこか他人のように見てる感じだ。


 なので、母親に性欲など感じるはずもないし、恥ずかしいとも思わない。だからお腹が空いたら一生懸命に飲むのだ。恥ずかしく無いったらないのだ。


 お腹がいっぱいになり、母親がゆりかごのようにユラユラ揺らしながら、ひと息つくと眠気がやってきて、そのまま眠ってしまった。





 あれからまた1週間が経ち、ベッドの上で魔法を使えるように頑張ってはみるものの、ちっとも使えない。何か取っ掛かりが欲しいところなのだが、僕にはこっちの知識がない。


 そもそも転生条件を決めたのも結局青葉だったし、細かくどういう風にしたのか聞いてもなかった僕も悪いのだけれど、さてどうしたものか……


 前世の知識を探るに自分の内にある違和感を探るといいらしいのだが、そもそも僕は知識だけの転生なので違和感がわからない。


 これは魔法よりも先に体力面を鍛えたほうがいいのかな……家の中を移動できるようになって、言葉もわかるようになれば、魔法に関しての本か、もしくは両親に聞けるかもしれない。



 転生させてもらったこの世界は魔法が発達していて、誰でも魔力を持っているそうだが、その魔力量や技量はやっぱり努力と才能が必要らしい。


 その才能に関しては僕は転生特典があるので、あとは努力次第なのだけれど、これは魔法以外の才能もあるとみていいだろう。なので1週間前に見た狐耳の赤ちゃんが青葉と仮定したとしても、情報共有できるまではまだ時間がかかるはず。


 やはり先に体力の向上が先か……ファンタジーにきて魔法も使えると知ってるのに……




 それから1ヶ月が経過した。毎日両親が話しかけてくれていたおかげで、少しずつ言葉が理解できるようになってきた。ハイハイはまだできないが日々の訓練は続けている。まぁこれしかやることが無かったのだが……


 特に母さんが毎日読み聞かせてくれる挿絵は少ないが絵本みたいなのが役に立った。目でも追えるし、覚えるのも早かった。実は言葉は2~3週間ぐらいで単語は覚えた。この体はやはりハイスペックらしい。ありがとう女神様。


 笑顔で文字を指差してまだ拙い言葉をしゃべる僕を見て、母さんがことのほか喜んでくれたのも大きい。それで母さんも積極的にいろいろ教えてくれたのだ。


「フィル、これはパンって読むのよ~」


 そうそう僕の名前はフィルというみたいだ。父さんも僕を見てフィルって呼んでるから間違いないと思う。ちなみに苗字みたいなファミリーネームは無いみたいだ。たぶん貴族とかじゃないと無いのだろう。


 日常生活で母さんも魔法を使ってはいるのだが、見てるだけでまだ教えてもらってはいない。教えてアピールはしているのだが、かまって欲しそうに見えるみたいだ。見様見真でできるものでもないのか?





 3ヶ月経つと両親の会話もわかるようになったので、いろいろ情報が手に入るようになった。


 僕の名前はフィル。母さんの名前はアリシア。父さんはエドウィンだ。


 父さんの仕事は男爵家の従者らしく、あの狐耳の赤ちゃんの父親がそうだ。冒険者で功績をあげたらしく、その時の冒険者仲間が男爵であるアウルム家と僕の両親、あともう1家族の男性と5人でパーティを組んでいたらしい。


 爵位をもらったのを機に冒険者を辞め、もらった領地にみんなで移住してきたそうだ。


 強面イメージのある父さんが元冒険者だったのは納得だけど、母さんもだったとは……ちなみに父さんが盾と片手剣のスタンダード、母さんが回復魔法を主に使い、アウルム家男爵は両手、片手両用のバスターソード、奥さんは魔法全般得意らしい。もう1人の男性は斥候、スカウト系だそうだ。



 5ヶ月が経った。特に目立ったイベントもなく日常が過ぎていったが、運動に時間を費やしていたためか、普通よりも3ヶ月ほど早くハイハイができるようになり、ささえ立ちもできるようになった。行動範囲が広がった頃、父さんが冒険者みたいな装備の準備をしているのに気が付いた。


 両親の会話を聞くと、なんでもアウルム男爵と村の守備隊と一緒に近くにゴブリンの集落ができたため、それを討伐する準備をしているそうだ。1週間ほど遠征するらしい。


 そのため僕と母さんはその1週間はアウルム男爵家に滞在する予定だそうだ。狐耳の赤ちゃんと5ヶ月ぶりに会うことになる。まだ青葉と決まったわけではないが、間違いないと勘がはたらいている。


 このチャンスを生かして是が非でも魔法の習得方法を教えてもらわねば。

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