第7話 魔法
母さんに抱かれた僕とその隣に座るノエル、そして斜め前に座っているデリアさん、新しい紅茶を淹れているカエラさん。
紅茶のいい匂いが香る中、デリアさんによる魔法の講義が始まった。
「まず前提として魔法とは何か。魔法とはイメージした効果を特定の法則で具現化したものを言うわ。例えば火をつけるイメージする、そのイメージをエネルギーとして放ったとき、付随効果として物理現象も発生するわ。だから同じエネルギーとしてまず放ち、それが火なのか水なのか術者のイメージで変わるわけね」
デリアさんは指先から火の玉と水の玉を出す。火の色は暖色系でオレンジっぽく温かみのある光だ。水の玉はユラユラ波打っている。どうやるんだろう、僕もやってみたい!
「フィルくんのキラキラした目はいいわね、教え甲斐があるわ」
デリアさんは魔法の玉を消しながら笑う。興奮してたのを気づかれたみたいだ、ちょっと恥ずかしい。
「次に魔法はなぜ使えるのかだけど、これは魔素というものがこの世界に存在していて、この魔素をエネルギーとして魔法を使っているの。まだまだどういう物質であるか謎な点は多いけれど、魔物などの魔力を持っている生き物は魔素が無いと生きていけないことから、生命維持にも必要な物質であることがわかっているわ。でも人間は高濃度の魔素は毒になるため、注意が必要よ」
ちょっと難しいけど、なんとなくはわかる。魔素があれば魔法が使えて、でもその魔素が濃いと毒となると。
難しい顔をしながら首を捻っている僕を見て、デリアさんが苦笑し、母さんが頭を撫でる。
「ちょっと難しかったかな。最初はみんなそうよ。まず魔素を操作できるようにならないと、魔法は使えないし、魔素が操作できないと魔素を感じられないから、どのようなものかも感覚としてわからないから、ちょっと矛盾しているのよ」
デリアさんの言葉になるほどと頷く。
「そうね、生まれるまでは母親の中にいて、魔素中毒にならないように、母親に無意識に魔素制御されながら生まれるの。生まれたあと魔素吸収が少しづつ始まる。そこで魔素に対する耐性が自然とできていくのね。その過程で自分の指紋みたいに魔力紋と呼ばれる個人資質が出来上がるの。その魔力紋を使って、個人識別したりする魔道具があるのよ。1人1人魔力が違うからできる判別ね」
そう母さんがいいながら、僕を撫でているけど、そんな魔道具を作れる人ってすごいなぁ。
「母さん、魔素を持たない人もいるの?」
「先天性で魔素を受け付けない体で生まれる人もいるけど、そうでない限りは大丈夫よ。体が成長してくると自然と自分の体の魔素耐性がつくのよ。そこで魔素を感じれるかどうかはその人の資質次第ね」
「そうね、それがだいたい5歳くらいかな。その歳くらいになると、領地の子供を集めて文字や計算を教えるの。そこで魔法も教えることが多いわ」
デリアさんが言ってるのは学校みたいなものか。
「うちの領地だと教会のシスターが週3日で教えているけど、教会がない村とかになると村長宅だったり、寄合所だったり、色々ね。トラフィスリア王国ではそれが一般的になるわ」
うちの国ってトラフィスリア王国っていうのか、初めて知ったよ。
「フィルもノエルちゃんも教会には1歳になったときに行くから、その時に色々見ましょう。女神様に無事生まれましたよって報告する行事があるのよ」
地球でもそんな行事があった気がするなぁ。そういうのはどこの世界も変わらないか。
「話がそれたわね。魔素を操作する方法なのだけど、一般にはその5歳から魔素耐性が出来上がっている状態で魔法を覚えていくわ。ノエルとフィルくんはまだ魔素耐性がそこまでできてないから、普通の方法は使えない。自分で意識的に操作して耐性を強化するしかないの。でもその感覚が難しいので魔素耐性を強制的に行う方法として用いられるのが魔素渡しという方法ね」
魔素を渡す方法があるのか、でも魔力紋があるから自分の魔素として使うには効率は良くはない。しかし感じることはできる。
「魔素を魔法として使うのに必要なのが魔素操作つまり魔力で、これは魔素に干渉し操作する力ことを指すわ。ここまではいいわね?」
僕とノエルの顔見ながら理解しているか聞いてくる。たぶん大丈夫だと思うので、頷き返す。デリアさんも頷き、続きを話し始める。
「次に重要なのが魔法を使用する際の範囲ね。魔力領域といって自分から離れた位置にどこまで魔力展開ができるかの範囲になるわ。例えばこの光を出す魔法、さっきは手元に出しているけれど、当然離れた場所にも出せるわ」
そういって指先に出した光の玉を1度消すと、次にテーブルの上に光の玉を出した。
「こんな風にね。この離れた場所に魔法を使える範囲を魔力領域というわ。この範囲は魔力の強さに比例するわ。意識的に魔力を上げればこの範囲も広がるけど、他人の魔力領域に干渉するのは数倍の魔力が必要よ」
相手の近くに魔法を直接発動させるには、相手の魔力を数倍上回っていないとできないってことか。だから自分の魔力領域内で魔法を出して、それを飛ばすわけだ。相手の魔力領域に入るとそれが抵抗領域となるだろうが、物理現象として既に発現しているから、若干減衰したとしても攻撃が可能となるわけか。
「魔素渡しの場合は相手に接触して限りなく抵抗領域をなくして、なおかつ意識的に魔素を受け入れてもらうわ。それでも魔力領域は体内にもあるから、干渉力の長けた人の方がいいわけね。私やアリシアみたいにね」
そういえば母さんは冒険者のときは回復魔法が専門だったって言ってたっけ。
デリアさんは紅茶を飲んでひと息つく。
「デリアや私がノエルちゃんやフィルに魔素渡しをして、魔素を感じる訓練をして、早いうちから魔素操作、魔力を使うことで魔力量を増やし、魔力を増やすために小さいころから身に着けようっていうのが、いまからやることよ」
母さんがそういって話を締めくくった。
「言葉にするとこんな感じだけど、やってみるのが結局1番だわ。早速やってみましょう。ノエルこっちに来なさい」
デリアさんがノエルを呼ぶ。隣に座っていたノエルは自分で椅子から降りてデリアさんへ向かうところで、僕を抱いていた母さんが抱き上げてノエルの座っていたところに僕を向き合うようにして降ろす。
「フィルもやってみるわよ。手に魔素を流すから感じてみてね」
向き合う形になった僕の両手を握り、魔素渡しをしようとするみたいだ。目を瞑って手に意識を集中する。
感じるのは僕の手をムニムニ揉む母さんの手……ちょっと集中したいんですけど?
「フィルの手はムニムニして気持ちいいのよね~ずっと揉んでいたいわ」
目を開けてジト目でみる僕を無視して遊ぶ母さん。自分の母親ながらホント可愛らしい人だと思うが、魔法を早く覚えたい僕としては今はやめてほしい。
「それじゃ流してみるから」
堪能し終わったのか、ムニムニタイムが終わったので再度集中する。手に感じるのは母さんの手の感触と体温、そして仄かに感じる体温とは別の暖かいもの。感じはするけど手の届かないなにか。意識的にそれを掴みたいけど、触れる前に逃げていくので、すごくもどかしい。たぶんこれが魔素なんだろうけれど……
「フィルどう?感じた?」
母さんの問いに頷きはするが、芳しくない表情をする僕。それに対して母さんは喜びの表情を見せる。
「感じ取れるだけでも大したものよ」
僕の取ったまま上下に振る母さんを見ながら、この世界に来て初めての魔素の感触に喜び、魔素の扱いの難しさに落胆するのであった。
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