第1話 その四 3

 *



 ハルカさんが落ちつくのを待って、猛がたずねる。


「ところで、ちょっと気になるんだが、あんた、なんで今まで眠り続けてたんだ? 被害者の陣内家の男が寝たままになるのは、まだ、わかる。どういう現象かはともかく、あんたに追いまわされたことが、なんかの障りになったんだろう。でも、あんたは加害者のはずだ。被害者と同じ状況になるのは、ふつうに考えれば、おかしい」


 ハルカさんは考えこんだ。


「なんでかは、わたしもわからないんですが……夏にあのお屋敷にじっさいに行ったあと、何かにひっぱられるような力が強くなったんです。以前から、あのお屋敷がすごくなつかしく思えたり、誰かに呼ばれているような感じはしていたんですが。

 それで、ある夜、いつものようにあのお屋敷の近くまで飛んでいったときでした。ひっぱられる力が抵抗できないくらいになって、わたしは落下していきました。

 気がついたら、どこかに閉じこめられていました。暗いおりのなかのようなところです。磁石で吸いつけられたように、わたしはそこから出ることができませんでした。そのあいだの記憶はありません」


「じゃあ、どうやって、ここへ戻ってきた?」


「誰かが檻の格子戸をあけてくれた……ような気がします。ほんの一瞬のことで、よくおぼえていませんが。そしたら、急に、ふっと目がさめて、病室にいたんです」


 ハルカさんの話は摩訶不思議なことの連続だ。科学的には説明がつかない。


 猛は天パの髪をグリグリかきまわして、盛大にため息をつく。よかった。金田一◯助みたいに不潔じゃなくて。グリグリすると、シャンプーの匂いがする。


「だから、この依頼に首つっこみたくなかったんだよな。こうなる気がしたんだ」


 そう言えば、渋ってたよね。今回、やけに。


「じゃあ、何? 兄ちゃんは霊的な事件になりそうだなって思ってたの?」

「なったら、やだなって思ってたんだ」


 いいじゃん。兄ちゃん、特技あるんだし。

 しかし、おっちゃんやハルカさんの前なので、それは言わない。


 猛は腹を据えた目になった。

「わかったよ。ここからはオカルティックな事件だと割りきって考える」


 カッコイイなぁ……兄ちゃん。うっとり。


「柳瀬さん。確認したいんだが、あんたが病室で目をさましたのは、昨日の何時ごろ?」


「昨日じゃないです」という答えが返ってきた。


 そうか。僕らは昨日、三村くんから聞いたから、てっきり、意識がもどったのも昨日だと思ってた。


「おとついの夕方でした。正確な時間までは、おぼえていませんが」


 ん? おとつい? しかも、夕方……。


 僕が見ると、猛も同じことを考えてるようだった。顔つきでわかるぞ。


「兄ちゃん。友貴人さんが急に倒れたの、おとついの夕方ごろだよね?」

「そうだな」

「それと、僕、思いだしたんだけど。昨日、あのあと、また友貴人さんの夢、見たんだよね。神社の石段、のぼってく友貴人さん。『行きたくないけど、呼ばれてるから行かないと』って言ってた」


 猛は病室のすみに歩いていった。ポラロイドカメラをかまえてる。


 あっ! 兄ちゃん。それはズルイよ。なんで、一人でこっそり特技使うんだ。僕だって見たいよ。


 父の形見のポラロイドカメラ。猛の特殊技能に欠かせないアイテムだ。

 猛がカメラを手の上に載せると、カシャッとシャッターを切る音がした。


 ああ……やったぁ。やったなぁ。兄ちゃんの……バカ。


 猛はカメラから吐きだされてきた写真を、しばらく、じっと見る。それから、ベッドの近くにもどってきた。


「おっちゃん。そろそろ、柳瀬さん、検査の時間じゃないかな? お母さんに聞いてきて」


 あっ、追いだすつもりだ。


 しかし、おっちゃんは、自分が猛に、口が軽いかもしれないと懸念けねんされてるとは、まったく思ってないようだ。ぽっという音が聞こえそうなくらい、わかりやすく赤くなった。


「はい。行ってまいります!」

 病室をとびだしていく。

 そのすきに、猛はさっきの写真をこっちに向けてくる。


「ハルカさん(あっ、ハルカさん呼び)。あんたの話を、おれは信じる。なぜなら、おれにも他人には言いにくい特技があるんだよ」


 そう言って、猛は写真をハルカさんの布団の上に、ぽんとなげる。


 そこには、友貴人さんが写っていた。格子のすきまから、こっちを見ている。声は聞こえないが、そこから出ようとして、あがいているようだ。格子をにぎりしめる両手にこめられた力や、必死の形相から、それとわかる。


 ハルカさんはおどろきを隠せない表情で、写真と猛を交互に見た。


「これは……どうやったんですか? 今、そこで撮ったんですよね?」


「これが、おれの特技さ」と、猛は言った。

「見たいと思ったことを写すことができる。現在、過去、未来、人の心のなかも、すべて」


 そうなんだよー! 兄ちゃんの特技はね。念写だよ。念写! 自慢させて。ここ、自慢させてぇー。


 まあ、超能力の一種だよね。

 昔から“念写”って能力はあるけど、兄ちゃんのは、それとはちょっと違う気がするんだ。


 昔から言われてる念写は、文字を写真に焼きつけるとか、月の裏側を写すとか、とにかく、写せるかどうかに焦点が当たっていた。


 けど、違うんだよな。

 猛の場合は、写るとか写らないとか、そういうレベルじゃない。

 写ることは、もうバッチリ写る。

 ただし、日に三枚だけ。

 念写の動力になってるのが、静電気らしくって、体内に蓄積された電気を放出しきると、ボケてしまって、うまく写らない。


 そして、その中身は、さっき猛が言ったとおり、過去に起こったことや、未来で起こること、または現在、遠くで起こってることなど。


 人の写真を撮ると、その人の考えてることが文字などで焼きつく。


 従来の念写と違う気がするって言うのは、猛のは、どっか感応力的な力があることだ。


 過去の事件などを映像で見ることのできるサイコメトリーだとか、テレパシーだとか、そういうのが写真ってツールを通して行われてるんじゃないかって、僕は思う。


 代償として、強烈なクラッシャー体質ってのが難だけど。ピカ〇〇ウばりに電気を生成する。高価な家電は持たせられない。


 さて、今回、猛が撮った念写写真は、檻のなかの友貴人さん……あれ? 檻のなか?


「これ、ハルカさんが言ってた状況と似てない? 暗い檻のなかに閉じこめられてたって話してくれたよね?」


 僕が問うと、ハルカさんはうなずいた。


「ここです。わかります。わたしが閉じこめられていた場所です」


 やっぱり、そうか。

 とすると、この写真に写ってる友貴人さんは……。


「魂……だな」

 僕のとなりで、猛が言った。


「魂……」


「さっきのハルカさんの話や、いろいろ総合して考えると、それが一番、納得のいく答えだ。

 ハルカさんは夢だと思っていたが、じつは睡眠中、霊魂が肉体を離れ、そのへんを飛びまわっていた。いわゆる生き霊だろ。昔は離魂病とか言ったらしいな。その魂が囚われてしまったから、本体は眠ったままになった。

 今、友貴人くんが同じ状態だ。ということは、友貴人も魂が肉体を離れ、どこかに囚われている」


 まあ、そうだよねぇ。

 きっと、亡くなった友貴人さんのおじいさんや、お父さんもそうだったんだ。


「友貴人さんたちも、離魂病だったってこと?」

「あの家は、もともと神主の家系らしいからな。離魂しやすい体質だとしても不思議はない。神社の名前から言ってもな」


「えっ? 猛、神社の名前、わかるの?」

「わかるよ?」


 なに、その、あっけにとられたような顔……。


「だって、昨日、施設で、陣内のばあさんが言ってたろ?」


 なっ——なんだと? 猛は、じゃあ、あの“エクスタエメ”を正確に聞きとったのか?


 猛は僕の顔を見てふきだした。


「まあ、おれは神社で見てるしな」

「何を?」

「お社の正面に、神社の名前がかかってるだろ」

「ああ」

「こういう字だった」


 猛は空中に指さきを踊らせた。

 うーん。くるくるくるっと。目がまわる……。


「これ、どうぞ」

 ハルカさんが引き出しから、メモ帳とボールペンを出して渡してくれた。ありがたい。


 猛が書いたのは、こうだ。



 生霊姫いきすだまひめ神社——

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