第2話 その五 2

 *



 ハルカさんは以前、うちであつかった事件で知りあった女子大生だ。今回、女子中学生だの女子大生だのに、たくさん会えて、ホクホクしてしまう。


「おひさしぶりですね」


 と、こっちに向かって歩いてくるハルカさんは、あいかわらずの綾瀬はるか似の美人。

 可憐だなぁ。これで、フィアンセさえいなければ……。


「お話って、なんですか?」

「歩きながら話そう」と、猛が応える。


 僕らが待ちあわせたのは、北野天満宮だ。

 ただいま、梅の見ごろなり。

 梅の花を見たいと言ったのは、ハルカさんだ。


 しばらく、僕らは梅苑を散策する。

 ちなみに、ここの入場料は経費で落としてもいいものだろうか?


「いい香りですねぇ。わたし、香りのある花が好きなんです。梅とか、水仙とか、金木犀とか」


 うーん。古風で奥ゆかしい。僕好みだ……でも、フィアンセいるんだよな。


 僕は自虐的な気分でたずねる。

「ハルカさん。友貴人さんとは、うまくいってますか?」

「ええ。もちろんですよ」


 なんの迷いもない答えが返ってくる。

 しょうがない。やっぱり、あきらめよう。

 兄ちゃん。バトンタッチ!


 くすくす笑いながら、猛は話しだす。

「今日、呼びだしたのは、たのみがあるからなんだ。例の君の特殊技能を使って、しらべてもらいたいことがある」


 ハルカさんの特殊技能。

 それは、夢のなかで幽体離脱して、遠くへ行ったり、他人に憑依したりすることだ。いわゆる霊的なものも“見える人”らしい。


「いいですよ。先日はお世話になりましたし、わたしでお役に立てるなら」


 あっさり承諾してくれた。

 猛が事件のあらましを伝える。


「——というわけで、本多明日歌って子の霊が、ほんとにまだ、この世にいるのか。いるのなら、復讐をやめさせられないか、説得してほしい」

「説得ですか。うまくできるかどうかはわかりませんが、やってみます。その子のことを知りたいので、問題の児童公園につれていってください」

「たのむよ」


 せっかく風情ある梅苑デートだったのに……。

 いやいや、あきらめるんだったな。うん。


 僕らは入場料にふくまれる茶菓子をパクついてから、梅苑をあとにした。


 児童公園を見たハルカさんは、とくに怖がるそぶりはない。


「今、見たかぎりでは、霊的なものは感じられません。特定の条件があるのかもしれないし、夢のなかのほうが感じやすいと思います。数日、待ってもらえますか?」


 ハルカさんのたのみなら、何日でも待つよ。

 と、のんきに思ってたら、その夜だ。


「兄ちゃん。蘭さん。おやすみィ」

「かーくん。今夜はやけに早いんだな」

「なんか、むしょうに眠いんだよね。睡魔が僕を襲うゥ」

「ふーん。おやすみ」


 フトンまで歩いていくのも危ういほどの眠気に誘われて、早々に寝入った。


 するとだ。直後に、僕は暗闇のなかに立っていた。

 おかしい。さっきフトンに入ったのに。


 目をこらすと、そこは見知らぬ場所ではなかった。

 よりによって、あの児童公園だ。


 なんで、僕はフトンのなかから、汚い子が出現するっていう公園にワープしてきてしまったんだ?


 うーんと、うなっていると、うしろから足音が近づいてくる。

 しまった! ここはオバケが出る公園。ま、まさか、汚い子か?

 ギャアアアー! 助けて! 猛ゥ——と叫ぼうとした僕に、さわやかな声がかけられる。


「薫さんですか?」


 むっ? この声は……愛しの君ではないですか?

 婚約者がいるけどね。


 ふりかえってみると、まちがいない。

 ハルカさんが可愛い八重歯を見せながら立っていた。


「あれ? ハルカさん?」

「やっぱり、薫さんとは波長があうんですね」


 波長? あれか? 以前、夢のなかで冒険したときのこと?


「ってことは、ここは……」

「はい。夢です。さっきから、アスカさんを探しているんですけど、姿が見えません」


 僕はホッとした。

 夢のなかとはいえ、怖い思いはしたくない。


「隠れてるのかな?」


 ハルカさんは首をかしげた。


「もしそうなら、存在だけでも感じるはずです。わたし、ここには、アスカさんはいないような気がします」

「そうなんだ?」


 じゃあ、昨日、僕と蘭さんが見たものはなんだったんだろう?


 考えていると、ハルカさんは、ふわりと空中に浮かびあがった。


「ハルカさん! どこ行くの?」


 ハルカさんは何も言わずに飛んでいってしまった。


 いいなぁ。僕も早く帰って、あったかいフトンにもどりたい……。


 一人になった公園はますます暗い。

 さあ、起きるぞ、目をさますぞと思うのに、なかなか目をあけられない。

 なんだか、この場所に意識がぬいつけられてしまったみたいだ。


 キイキイとブランコのゆれる音がした。

 怖々とうかがいみると、誰かがすわっている。でも、女の子じゃない。


 おや? あれは先日のプチストーカーではないですか?

 病院の廊下ですれちがって、そのあと何度か見かけた美少年だ。


「えーと、君、この前の……?」

 近づいて声をかける。


 少年は、チラリとこっちを見た。でも、プイっと顔をそむける。

 やっぱり、蘭さんじゃないとダメか?


「この前、病院で会ったよね? 芦部さんの友達?」


 めげずに話しかける。

 少年は端正な顔をゆがませた。

 十七、八なんだろうけど、男っぽい感じの美少年だ。

 むしろ、蘭さんのほうが中性的。


「友達じゃないの?」

「友達なわけないだろ?」


 およよ。逆ギレされてしまった。


「じゃあ、なんで病院にいたの?」

「早く、アイツが死ねばいいのにって」

「えっ?」


 うーん。関係性が見えないなぁ。


「なんで? 芦部さんに恨みでもあるの?」

「あるに決まってるだろ!」


 何も怒鳴らなくても……なんでこんなにカリカリしてるんだ? カルシウム不足か?


「ええと……君、高校生だよね? 芦部さんの先輩かな?」

「そうだよ。小中、同じ学校だった」


 僕は必死で事件の関係者を思いだす。


 なにしろ、やたらと女子中学生が多いから、だんだん、おぼえきれなくなってきたんだけど、でも!

 でも、関係者のなかに男の子は一人しかいなかった。


「君、もしかして、アスカちゃんと仲のよかった先輩? 名前……名前は……」

黒崎翔くろさきかける

「そうそう! 黒崎くん!」


 そうか。これが、アスカちゃんの彼氏か。

 それなら、シアちゃんたちを恨むのはわかる。


 とは言え、アスカちゃんが亡くなったのは小学生のとき。小学生どうしの淡い初恋じゃないのか?


「今でも、アスカちゃんのこと、好きなの?」


 ジロっと、黒崎くんがにらんでくる。

「そんなの、おまえに関係ないだろ?」

「そうか。好きなんだ」


 黒崎くんはますます、にらんでくる。でも、その顔は赤い。


「おれたちはおたがいに、おたがいしかいなかったんだ! おれにはアスカ、アスカには、おれ。世界中のほかの誰より大切だったんだ!」


 それはそうかもしれない。

 二人とも親にすてられて、心に深い傷をかかえていた。

 アスカちゃんは、じっさいには親がいたけど、すてられるよりもヒドイ虐待を受けていた。

 世界中にたった二人だけの仲間だったんだろう。


「おれからアスカをうばったやつは、絶対にゆるさない!」


 叫んで、黒崎くんは走っていった。暗闇に飲みこまれるように姿が消える。

 それを見届けたように、僕の体は軽くなった。すうっと公園が遠のいていく。


 目がさめる直前、公園のまんなかで、何かがキラキラ光っていた……。

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