その五

第2話 その五 1



 枯れたような渇いた声で、メグちゃんはささやく。


「……去年の春ごろやったと思う。ユノが変なこと言いだすようになって」

「変な?」


 こわばった表情で、メグちゃんは首肯する。


「アスカが死んだあの公園。ユノんちのまん前で……」


 そうだよね。だから、ユノちゃんはいつも、あの児童公園のようすをうかがっていたんだろう。

 公園でさわぐ僕らが不審というよりは、公園じたいが気になっていた……。


 友達を死に追いやった場所をながめて、自分の罪の深さにおびえていたのか?


 だとしたら、部屋にひきこもるようになったのも納得がいく。重く苦しい記憶が、いつも目の前にあり、絶えず良心を責めさいなむのだから。


 僕はつぶやいた。

「汚い子……やっぱり、あのウワサのもとになったのって、アスカちゃんのことなんだね」


 汚い子はただのいいかげんな都市伝説なんかじゃなかったんだ。根っこのところには、ほんとに起こった事件が隠されていた。

 あの公園で死んだ女の子がいるというウワサが、いつのまにか尾ひれがついて、怪人みたいな話に変わっていったのだろう。


 それにしても、僕はさっきから、イヤぁな気分なんだけど。

 あの都市伝説が事実をもとにしてるってことは、つまり、昨日、僕と蘭さんが見た、アレは……。


「どうしよう! 猛。僕、昨日、アスカちゃんのオバケを見ちゃったよ!」


 思わず、すがりつくと、猛は生ぬるい笑顔になった。


 どうせ、“かーくんはほんと、いくつになってもダメダメな弟だなぁ。オバケなんか本気で信じてるんだもんな。おれが守ってやらないと……”とか考えてるに違いない。


「僕だけじゃないからね! 蘭さんも見たんだからね!」

「えっ? 蘭も?」

「そう。昨日、猛が戸川先生といっしょに、ユノちゃんのマンションに入ったあと」


 猛はにぎりこぶしで考えながら、たずねる。


「工藤さんが言いだした変なことっていうのは?」

「公園に、アスカの幽霊が出るって……」


 やっぱり!


 メグちゃんはますます青ざめる。

 もうパフェなんか食べてる場合じゃないね。さっきから手をつけられないで、アイスの表面が溶けかけてる。


「去年の春ごろから、公園にアスカの霊が出るって、ユノが言いだして。最初は、わたしたち、誰も本気にしてなくて……でも、そのうち、あの話題が広まって……」


「汚い子の都市伝説ってやつだね?」と、猛。


「うん。ユノはひきこもって、学校に来なくなって……それでも、シアは、ユノが自分を怖がらせるために嘘をついてると思ってて。シアがムリヤリ、わたしたちに、アスカをいじめさせたから……」


「ところが、嘘じゃなかったってことだね?」

「嘘じゃないよ! 僕、見たもんね!」


 口をはさむと、猛は僕の頭に手をのせグリグリした。

『わかった。わかった。かーくんが可愛いのはわかったから、ちょっと黙ってような』と目が語っている。

 くうっ。これだから、リアリストは!


「シアが相手にしてなかったから、わたしも信じてなかった。そしたら、シアが急に入院して……先生からは胃かいようって聞いたけど。ウワサでは、アスカの霊に追いかけられたらしいよ。あの公園で気を失ってるとこを見つけられたんやって。口のなかに泥がつめこまれてて。発見が遅れてたら、窒息死してたかもしれへんって……」


「それはウワサだろ? 誰がそんなこと言いだしたの?」

「さあ。知らない。でも、嘘じゃないよ! シアが救急車で運ばれてくとこ、ユノが見てるし」


「ああ。なるほど。公園に倒れてたのはほんとか。たしかに胃かいようにしちゃ、変だな。ところで、そのとき、シアちゃんを見つけたのは誰かな? ご両親が探してたのか?」

「コンビニの人って聞いた」


 うーん。つまり、アスカちゃんは自分をいじめた人たちに復讐するために化けて出てるってことかな?


 僕は腕組みして考えこむ。


 こうなると、もう僕らの調査の範疇はんちゅうじゃないんじゃないの?

 霊媒師かなんかにでも、たのんだほうがいい。


 だけど、猛はまだ、やる気のようだ。質問を続ける。


「それで、君は怖くなって、家出したのかな?」


 メグちゃんはうなずいた。

「わたしのうちは、アスカが知ってるから……」

「霊ならどこにいたって感知するだろ。逃げてもムダだね」


 猛よ。女の子は繊細なんだから。

 猛がJCに嫌われるわけが、なんとなくわかった。


 メグちゃんの顔がこわばる。

 あわてて僕はフォローしようとする。が、その前に、猛が言った。


「事件の解決を望むなら、逃げずに立ち向かうことだ。まあ、おれたちが手伝うよ。真相を解明しよう」


 メグちゃんは鼻をぐずぐず鳴らした。

「……立ち向かうって、アスカにあやまればいいんですか?」


 うーん。そうだよね。霊が話を聞いてくれるだろうか?

 そこが問題だ。


 猛は妙に断定的に言う。

「方法はこっちで考える」


 考えられるのか?

 霊を説得する方法を?


「とにかく、最初にもどるけど。じゃあ、昨夜、工藤さんは本多さんの霊を見て狼狽ろうばいした。発作的に自殺しようとしたってこと?」

「そうです。わたしも見ました! アスカでした。公園に立って、こっちに手招きしてて……」


「かーくんと蘭が見たやつだな」

「だから、嘘じゃないんだって」


 主張すると、また頭をグリグリされる。


「かーくん。羽鳥さんと連絡先、交換しといて。また聞きたいことがあれば、こっちから連絡する。それまで君は、うちでおとなしくしとくんだ」


 こくんと首をたてにふるメグちゃんとわかれて、僕らは喫茶店を出た。


 猛は気になることがあるようだ。なにやら、にぎりこぶしでブツブツ言ってる。


「兄ちゃん。どうするの? 僕ら、霊媒師に知りあいなんかいないよね?」


 すると、猛は笑った。


「いるだろ。そうだな。あの人にたのんでみようか」

「えっ? いる? 誰? あの人って?」


 スカッと晴れた青空みたいな笑顔のまま、猛はこう言った。


「柳瀬さんだよ。柳瀬遥やなせはるか


 その手があったか!

 はるかさーん。また、お会いできますね。


 思わず、笑みほころぶ僕だった。

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