第1話 その一 2

 *



 というわけで、電車にゆられてやってきました。

 二時間サスペンスでも、たびたび舞台になる、とある山中。


 ただし、僕らが呼ばれたのは、メジャーな観光地ではない。ほんとに山と川と田んぼしかないような片田舎だ。


 なので、交通が不便。

 駅からはタクシー使ってきた。バスもあるが、時間があわなかった。


 それにしても、ほんとに風光明媚ふうこうめいびなところだなぁ。

 晩秋の名残の紅葉が、まだ赤やオレンジ色にかさなり美しい。


「お客さん。ナビやと、このへんやねぇ」

「あ、どうもぉ。サンキューです! 領収書ください!」


 タクシーから降りると、目の前に大きなお屋敷があった。もしかして……ここか?


 古さびた風合いの表札には、かすれた字で『陣内』と書かれている。

 もしかしなくても、ここだった。


「ごめんくださーい。どなたかご在宅じゃありませんか? 呼ばれてやってきました東堂です」


 呼ばれて飛びでて、ジャジャジャジャーン!


 あっ、ダメだぞ。薫。

 さっきから、オタク趣味を暴露しまくってる。

 しかも、昭和っぽい。


 大きなお屋敷の門はひらいていた。


 玄関口で呼びかけると、なかから出てきたのは、五十代くらいのおばさんだ。


 なんか、とがった目つきで、ジロジロ僕らを見る。

 さては、出張費用ふんだくろうとしたのがバレたのか?


「なんですか? あなたたち」

「初めまして。こちら、陣内友貴人さんのご自宅じゃないですか? 友貴人さんに呼ばれてきたんですが」


 おばさんは不審者を見る目つきで黙っている。

 すると、奥から足音が聞こえた。


「お母さん。その人たちは、おれの友達やから」


 この声は依頼人だ。

 薄暗い屋内から、男が一人あらわれた。


 むっ。むむむっ。

 これは……なかなかの美青年だ。

 もちろん、蘭さんほどじゃないけどね。


 なんというか、一昔前の純文学に出てきそうな青白い顔の美青年。肺病とか患ってて、ちょんと指のさきで押しても倒れそうだ。


 顔立ちはキレイなんだけど、スゴイやつれてる……大丈夫なのか?


 美青年の個性をひとことで表すネーミング大会があったらば、僕なら、“病みの美学”ってつけるね。


 えっ? 蘭さん? もちろん、“地球上でもっとも美しい生き物”だよ。


「東堂さん。どうぞ、こっちに来てください」


 美青年はよろめきながら奥へと入っていく。

 おばさんはにらんでたが、僕らはそのよこをすりぬけて、あとに続いた。しっつれいしまーす。


 長い廊下を歩いていく。

 ギシギシ、きしむ。


 かなり古い建物だ。

 それに、なんていうか、手入れが行き届いてない感じがした。昔は大金持ちだったけど、今はさほどじゃないって印象を受けた。


 奥に行くと、回廊かいろうがあった。

 京都だと、家のなかに壺庭つぼにわっていう小さな中庭がある。


 ここは、つぼ庭っていうには、ちょっと広い。

 部屋で言えば十八畳間くらいはありそうだ。

 中庭をかこんで、ぐるっと廊下になっていた。


 つまり、母屋と離れが二方の渡り廊下でくっついている。さらに、向かいあった側面が、それぞれ廊下になっている。


 回廊を歩く友貴人さんの挙動は不審だった。妙にキョロキョロして落ちつきがない。


「あんた、大丈夫か?」


 猛が声をかけただけで、ビクッと肩をふるわせた。


 猛……依頼人をあんた呼ばわりするなよ。


「あ、いえ……どうぞ、こちらです」


 友貴人さんは僕らを離れの一室に通した。


 姿勢を正さないといられないような和室を想像していたが、なかは絨毯じゅうたんを敷いた洋間になっていた。


 いや、和室に絨毯、敷いただけかもしれない。まわりは障子しょうじふすまにかこまれてるしね。


 学習机や本だなが置かれ、ふつうの若い男の部屋だ。

 僕の部屋と大差ない。

 まあ、子どものころから使ってるものを始末しないと、こうなるよね。


 僕らはさしだされたザブトンの上にすわった。洋間でザブトン……。


「すいません。母には用件を秘密にしておいてもらえませんか?」


 開口一番に、依頼人は言ったね。


 さてと、ここからは猛の領分だ。

 仕事の話は、猛がする。

 僕は黙って聞き役だ。


「なぜですか? 犯罪なら加担しませんよ?」


 と、猛が問うと、病みの美青年は深々とため息を吐きだした。


「そんなんじゃありません。心配かけたくないんで」

「人を探すんじゃなかったですか? 親に心配させるような内容とは思えませんが」


 友貴人さんは暗い目をして、僕らをながめる。

 二つの黒い穴に見えるような、鬱屈うっくつとした瞳。


 見れば見るほど、病んでるなぁ……。


「探してもらえるんですか?」

「お受けするかどうかは依頼を聞いてから判断します」


「女の人を探してほしいんです。写真もないし、名前もわからない。

 やせ型で、きゃしゃな感じの色白の女性です。たぶん、年は十八から二十二、三くらい。黒髪のロングで、古風な印象の美人です。つやぼくろって言うんですかね。アゴのこのへんに、ホクロがあって……」

 そう言って、友貴人さんは自分のアゴの右がわを、ちょんと指した。


「ちょっと待ってください」

 猛は片手をあげて制する。

「名前も住所もわからないんですか? 身体的特徴だけ言われても探せませんよ。せめて、ケータイ番号とか、数年前の職場とか、何かしら手がかりがないと」


「ムチャを言ってるのはわかってます。でも、どうしても見つけてもらいたいんです。お願いします!」


 友貴人さんは土下座を始めた。


 いきなりか!

 会ったばっかりの人に土下座されるのって、むしろ怖い。


 とりあえず、僕は言ってみる。

「いや、顔あげてくださいよ。土下座されても探せないものは探せないですし——ねえ? 猛?」


 ほんとは違うけどね。

 猛には奥の手がある。常人にはない、奥の手だ。

 だからこそ、猛は人探しが大得意なのだ。


 僕はチラッと、猛の顔をうかがう。

 猛は怪談、語ってるときと同じくらいの無表情で、依頼人を見てる。まだ、奥の手を使うつもりはないようだ。


「話にならない。なんで、そんなにしてまで探したいんですか? ストーカーじゃないでしょうね?」


 友貴人さんは顔をあげた。

「そういうんじゃないんです……ただ、このままだと、たぶん、おれは死んでしまうので」


 えっ? なんだろう? ストーカーされてるのは依頼人のほうなんだろうか?


「死ぬって、それは殺されるって意味ですか?」

「まあ……そうなんでしょうね」

「詳しく聞かせてください」


 友貴人さんは、ためらった。


「言っても、信じてくれない——ああ、そうだ。写真はないけど、アレがあったんだ。前に美大の友達に描いてもらったものです。瓜二つってわけじゃないけど、まあまあ特徴をとらえてはいると思う」


 前置きして、スケッチブックを押入れからとりだす。

 一枚の女の絵を見せた。絵は美大の友達ってだけあって、とても、うまい。清楚系の美少女が鉛筆一本で描かれている。


「これは、どうやって描いてもらったんですか?」

「おれが口頭で言うとおりに描いてもらいました」

「なるほど。つまり、じっさいに本人や写真をもとに描いたわけじゃないのか」

「どうですか? 探してもらえますか?」


 猛はなんて答えるんだろう?


 僕が注目してると、とうとつに、友貴人さんがグラッと上半身をくずした。


「わッ、ビックリ! だ、大丈夫ですか? 友貴人さん? おーい、持病ですか?」


 すばやく、猛が近よる。

「息はしてるな。けいれんもしてないし、脈も正常だ。てんかんとかではないみたいだな」


 たしかに。顔色は青いけど、なんか、ただ寝てるように見えるんだけど……。


「眠り病みたいだね。ナルコレプシーってやつ?」


 脳の神経伝達物質の働きに異常があって、とつぜん失神したみたいに寝てしまう病気だ。


 でも、あれは寝てるように見えても本人意識はあって、まわりのことが見えてるらしいんだけど、友貴人さんは完全に目をとじている。人それぞれ、症状に多少の違いはあるのかもしれないけど。


「しょうがない。家の人を呼ぼう」

 猛は立ちあがり障子をあけた。

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