第1話 その二 3

 *



「かーくん。見間違えたんじゃないの?」

「違うよ! 絶対、友貴人さんだった!」

「じゃあ、どうして、本人、ここで寝てるんだ?」

「えーと……」


 僕には返す言葉がない。


 僕らが静かになったところで、えんりょがちに菜代さんが声をかけてきた。

 そう。僕らは病人(?)の友貴人さんの枕元でさわいでたわけだ。


「……あの、友貴人をどこで見かけたんですか?」

「神社です」と、僕。


 菜代さんは深刻な顔で黙りこんだ。

 すると、すかさず、猛が攻めこむ。


「お母さん。あなた、ほんとは友貴人くんがこうなる原因に心当たりがあるんじゃないですか?」


 菜代さんは無言のまま、猛を見あげた。

 しかし、その目つきから険が消えていた。途方に暮れた目になっている。


「心当たりと言われましても……」

 反論する声にも力がない。


「いや、知ってるはずだ。なぜなら、あなたは友貴人くんに持病はないと言いつつ、この状態の息子さんを病院につれていこうともしない。原因不明なんですよね? 心配じゃないんですか?」

「こんなことは、これまでにも何度かありましたので……」


「それにしても、心配じゃないんですか? あなたは友貴人くんの病気が、病院では治せないとわかってるからじゃないですか?」

「…………」


 沈黙する菜代さんに、猛は打ち明ける。

「じつはおれたち、友貴人さんの友人だというのはウソなんです。友貴人さんに頼まれてきた探偵です」


 あれ? ここでバラしちゃう?


「友貴人さんは、ある人を探してほしいと言いました。でなければ、自分は死ぬだろうと」


 ビクンと、菜代さんの肩がふるえ、ひざからくずれおちるように、畳の上にすわりこんだ。

 そして、とつぜん、泣きだす。


 菜代さんにとっては、とつぜんではないのかもしれない。今まで我慢し続けていたものが、いっきにせきを切った——そんな感じだ。


「やっぱり、そうなんね。友貴人……」


 猛は菜代さんの肩に、かるく手をかけた。


 出るぞ。ナチュラルウーマンキラー。

 猛は知ってるからね。イケメンの価値を。


「よければ、相談に乗りますよ? お力にならせてください」


 はい。おばさん。堕ちましたー。

 いいね。イケメンは得で。


 菜代さんは語りだした。


「わたしも嫁に来た身やさかい、くわしくは知りまへん。こういうことは、去年、亡くなった義父が、よう知っとったんですけど。陣内家は代々、神社の神主をしとります」


 猛はうなずいた。

「そうらしいですね。さっき、それで行ってみたんです。ずいぶん荒れていましたが、今は放置されているんですか?」


「祟るんです」

 思いがけない答えが、するっと返ってくる。


「祟る?」

「はい。以前、うちは代々、あの〇〇神社の神主をしとりました。代々、言うても、そんなに古い神社やないんですよ。ほんの二百年ほどですしね」


 うん? なんで神社の名前に伏せ字入れるんだって?

 違うんだよね。あんまり早口で、よく聞きとれなかった。


 イケスとか、エクスタとか、なんか、そんなふうに聞こえたんだけど。最後がエメだったような気もする。


「なんて神社ですか?」


 僕は差し出口をきいてみたけど、返ってきたのは、やっぱり、エクスタエメとかなんとか、わけわからん……。


「なるほど。神社にしては二百年は新しいほうなんですね」と、猛は話を進める。


 妙な和製英語っぽい神社名が気になってるのは、僕だけか。


「江戸時代に、陣内家の先祖が氏神さまを祀ったのが始まりやそうです」

「氏神。そうか。だから、放置されても村人が何も言わないのか」


「とても、よく当たるお告げがあったそうですよ。そのおかげで、陣内家はいつも羽ぶりがようて、難事もさけることができたそうです」

「それが、今は祟る。なぜ、そんなことに?」


 菜代さんは首をふった。


「義父がそのことは話したがりまへんで、けっきょく、聞いたことがないんです。なんや、昭和の初めごろに、おおごとがあって、それからというもの、うちに祟るようになったそうですわ」

「昭和の初めって、まだ、そんなに大昔のことじゃないですね。探せば、生き証人がいるかもしれない」


 いるかもしれないし、いないかもしれない。

 微妙な昔だ。


 猛はにぎりこぶしで考えながら、菜代さんに問いかける。


「それで祟りっていうのは、じっさいにはどんなことが起こるんですか? 今の友貴人さんの状態が関係してるんですよね?」


 菜代さんはこみあげてきた涙を服のそでで押さえながら答える。


「眠ったまま……目がさめなくなるんです。おじいちゃんも……義父も、そうでした。主人も……」


「眠ったまま、目ざめなくなり、そして、死にいたる——ということですか?」

「はい……」


 それって、ヤバくない? 今の友貴人さん、もろにだよね。


「亡くなったのは、義父とご主人なんですね?」

「そうです」

「つまり、この家の男性を祟るってことですね?」

「そうなんだと思います。わたしやおばあちゃんは、なんともないから」


 猛の顔が明るくなった。

「おばあさんがいるんですね? お姑さんですよね?」

「はい。でも、話は聞けまへんよ。おばあちゃん、近ごろ、認知がひどうなって。わたし一人では介護できなくなってしもたんです。施設にあずけとります」


 うーん、菜代さんが知ってるのはそれだけか。

 おばあちゃんからも話は聞けない。

 かえすがえすも、友貴人さんがこうなる前に話を聞いとけなかったのが残念だ。


 ところで——と、猛が言いだす。


「ところで、友貴人さんはこの人を探してほしいと言ったんですよ。お母さん、あなたはこの人を知っていますね?」


 そう言って、猛は例のスケッチブックを、菜代さんの目の前にひらいてみせた。

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