第1話 その二 2


 今度こそ、猛をバス停へとひっぱっていく。


 だが、さすがは山のなかだ。

 こういう感覚、すっかり忘れてたなぁ。

 バスは一時間に一本。しかも、時刻表を見れば、出ていったばっかりだ。


「ええっ。一時間もここで何してろって?」


 僕がぼやくと、猛は即決した。


「かーくん。あそこに寺が見えるぞ。ちょっと行ってみよう」

「えっ? ヤダよ。寺なんて」


 なぜかって? お寺の近くには、たいがい、お墓があるからだ。山奥の古い墓なんて、怖いじゃないか!


 しかも、猛と来たら、お寺にかけこんでいって、まっすぐ本堂に声をかけたと思えば、こう言った。


「すいません! 陣内さんとこの墓はどれですか?」


 うわぁっー! なんでわざわざ、墓をめざすんだよ!

 バカ。猛のバカ!


 呼ばれて出てきたのは、まるで『獄門島』に出てきそうな、かっぷくのいい住職だ。

 えっ? 獄門島、知らない? バーイ、横溝正史。


「どなたですかいな?」

 平日なんで、住職は作務衣姿だ。


「友貴人さんの友人の東堂です。友貴人さんのご自宅をうかがったので、ついでと言ってはなんですが、お墓まいりさせていただこうと思いまして」

「ほう。そりゃまた、ええ心がけですな。どうぞ、こっちですわ」


 住職みずからが案内してくれる。

 案内なんかしなくていいのに!

 刻一刻と迫る墓場……。


 お寺の裏は、うっそりとした小山だ。

 本堂と小山のあいだに、墓場が広がっている。

 むやみやたらとならんでるなぁ。


 陣内家の墓は、なかでも、とびきり立派だった。

 一分ほども手をあわせただろうか。

 猛は言った。


「さすが旧家ですね。大きな墓だ。陣内さんのうちって、このへんの地主かなんかだったんですか?」


 なるほど。それが目当てか。

 住職さんなら、地域のことをよく知ってるはずだもんね。陣内家の内情をさぐろうというわけだ。


 住職さんは疑いもせず、にこやかに話してくれる。

「いやいや、あそこは昔から神主の家系でしてな」

「神主ですか」


 意外な答え。

 家のなかのようすには、神主っぽさは皆無だったけどな。


「神社はどこです?」と、とうぜんのことだが、猛はたずねた。


 すると、住職の顔から笑みが消えた。

「ここの裏山の上やね。のぼり口は、ぐるっとまわったとこにありますわ。けど、行っても、なんもあらしまへんで」

「そうですか。ありがとうございます」


 猛は礼を述べて、墓場をあとにする。

 もちろん、僕もついていく。

 待ってよ、猛! 置いてかないでぇー!


 ぐるっとまわってっていうから、田んぼや畑のなかの道をテクテク歩いていくと、あら不思議。どっかで見たことのある場所に帰ってくる。


 ここは、もしかしなくても、越田さんちのそばではないか? そういえば、裏手に丘があったっけ。


 越田さんちと向かいの空き地とのあいだの細い道。それを山手に向かって歩いていくと、かろうじて朱色の残った鳥居が見えた。


「兄ちゃん。怖い!」


 猛は、ハハハとさわやかに笑い声をあげる。

 笑われてもなんでもいい。

 これは、すごすぎる。


 ほら穴みたいに、周囲の木の枝や蔓草つるくさが両側から覆いかぶさり、鳥居の向こうは昼とは思えない薄暗さだ。

 よく見れば、鳥居もくずれかけてる。

 以前は手入れされた階段があったんだろうけど、そこも落ち葉に埋めつくされている。


 どう見ても、廃寺の風情だ。いや、神社だから、寺ではない。

 しかし、そんなことはどうだっていいんだ。

 要するに、神社仏閣の荒廃したさまは、もろに妖怪変化の住処にしか見えない!


「やだ。僕、やだからね!」

「いいよ。じゃあ、かーくんは、ここで待ってな」


 うーん、それもイヤな気がしたが……オバケの住処に入っていくのと、オバケの家の門前で待つのと、どっちがマシか?


「わかった。待ってる」


 猛は一人で鳥居をくぐっていった。

 すまん。猛。もしものことがあったら、警察は呼んであげるよ。


 僕は近くに切り株を発見し、そこにすわって、猛の帰りを待った。


 ああ、青い空にトンビが群れで輪を描いてるぞ。

 のどかだなぁ。

 トンビは春になる前に、ああやって、つがいの相手を探してるんだってさ。


 なんて、ぼうっとしてたときだ。

 いきなり、僕の背後から、ふらっと人影が現れた。


 わあっ、ビックリした!

 急に出てくるから、幽霊かと思った。

 もちろん、生きてる人だ。

 僕が空あおいで、ぼんやりしてたから、近づいてきてたのに気がつかなかっただけ。


 僕のよこを、すうっとすりぬけていく人を見て、僕はおどろいた。


「あれっ? 友貴人さん?」


 変だな。眠り病からさめたのか?

 僕らの依頼人ではないか。


 僕は立ちあがり、あわてて、友貴人さんを追う。


「ちょっと、友貴人さん。どこ行くんですか? 目がさめたんですね。僕ら、もう帰ろうとしてたとこだったんですよ?」


 ダメだ。

 追いすがって話しかけるものの返事がない。というより、僕のほうを見もしない。


 まるで、僕の姿が見えていないみたいだ。声も聞こえてないのかもしれない。

 なんとなく、ようすが普通じゃない。話に聞く夢遊病ってやつか?


 友貴人さんは、ふらふらしながらも、鳥居をくぐっていく。


 うっ! 神社に行くつもりか!

 どうしようかなぁ。でも、ここで依頼人をほっといたら、猛に思いっきり叱られそうだなぁ。


 一瞬のちゅうちょが、あだとなった。

 僕が意を決して、あとを追ったときには、あたりに友貴人さんの姿はなかった。

 おかしいな。そんなに遠くに行けるほど、長い時間じゃなかったはずなのに。


 落ち葉に埋もれて危険な階段をあがっていくと、その途中で、猛に会った。猛は上からおりてきたとこだ。ここまで、一本道。


「あれ? かーくん。なんだ? やっぱり、兄ちゃんと離れてるとさみしかったのか?」


 いや、違うよ。そうだよって言ってほしいんだろうけどさ。


「さっき、友貴人さんがあがってこなかった?」

「来ないよ。来るわけないだろ?」

「そうだよねぇ。見間違いかなぁ……」


「なんだよ? 依頼人が来たのか?」

「うん。ふらふらっと、ここ、のぼってくからさ。しょうがなく追ってきたんだけど」


 猛はいつもみたいに、にぎりこぶしを作る。


「お屋敷にもどってみるか。目がさめて出歩いてるのかもしれないしな」

「でも、変だったんだよ。話しかけても返事しないし、夢遊病みたいで」


 兄弟そろって階段をおりていく。


「この上はどうなってたの?」


「打ちすてられて長いって感じだな。少なくとも数年は誰も来てないんじゃないか? もともと小さい神社みたいだが」

「ふうん」


「夜に来たら、すごい迫力だぞ。来てみるか?」

「なんでだよ。京都、帰るんだろ?」


 帰り道。注意して見てたけど、やっぱり、わき道みたいなものはない。


 友貴人さんはどこ行ったのかなぁ?

 猛が上にいるあいだに、階段あがりきって、境内のなかに入ったのか?

 まあ、そうだろう。

 じゃないと消えたことになる。


 僕らは越田さんちの前を通りすぎると、ふたたび、陣内家の屋敷にもどってきた。

 だが、僕らを出迎えた菜代さんは、けげんな顔をする。


「友貴人なら、寝てますよ」


 僕は戸惑う。

「えっ? でも、さっき……」


 猛は「失礼」と、ひとこと言いすてて、家のなかへ入っていく。僕も追った。


 広い家のなかを歩いていくと、たしかに、友貴人さんはそこにいた。離れの一室で、死んだように眠り続けている……。

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