その二

第1話 その二 1



 越田のおっちゃん。

 つまり、越田織恵こしだおりえ

 なんと、おっちゃんはハタチの女の子のことだった……。


 越田さんちは、すぐに見つかった。どこにでもある、ふつうの二階建て家屋。こんもりした丘のふもとの一軒家だ。

 まあ、このあたり、どこ行っても一軒家だけどさ。


 ただし、おっちゃんこと織恵さんは在宅ではなかった。


「織恵ですか? まだ大学から帰ってきませんよ」と言ったのは、織恵さんのお母さん。五十代のぽっちゃりめのおばさん。


「大学? 通学されているんですか?」

 猛が聞くと、おばさんは笑う。


「いえいえ。あの子は大学の近くで一人暮らしさせてます。長い休みにならな、帰りまへん」


 織恵さんは大学生。

 実家を離れて京都市内で暮らしている。


 京都? 京都ですと?

 僕らなんだって、こんな山奥くんだりまでやってきた?

 電話で依頼の内容がわかってれば……いやでも、スケッチブック見せてもらわないと、さきに進めないか……。


「そうですか。京都市内ですね。じつはおれたち、この人を探してるんです。友達の妹でして」


 また、それか。猛はサラッとウソつくよね。


「織恵さんがこの人と知りあいじゃないかって聞いたんですけど、ご存じないですか?」


 猛のひろげるスケッチブックを見て、おばさんはうなずく。


「夏休みに、おっちゃんが(母親もオッチャンあつかいか……)うちにつれてきた子やねぇ。なんて子やったかなぁ。二、三人、友達つれてきてね。そんなかの子やわぁ」

「娘さんの大学の友達ってことですね?」


 そうか。それで、菜代さんはこの子を知ってたのか。

 たぶん、去年の夏、村を歩いてるこの子を見かけたのだ。

 でも、それなら、なぜ、あんなに驚いたんだろう? 村の子がつれてた友達ってだけじゃないのか?


 どうも、スッキリしないなぁ。


「娘さんと連絡をとっていただいてもよろしいですか? お母さんからなら出てくださるでしょう」


「してもええけど、おっちゃんは朝遅いからねぇ。まだ寝とる思うわ」


 と言いつつ、ポケットからスマホをだして、かけてみてくれた。つながらない。


「ほらねぇ」

「じゃあ、あとで、そのお友だちのことを聞きたいので、連絡先を交換していただいてもよろしいですか?」


 おばちゃんはなんの迷いもなく、二つ返事。

「ええよ」


 サッとスマホを猛にかざす。

 なるほど。猛がイケメンだからね……。

 でも、ごめんなさい。交換するのは僕なんです。


「すいません。ラインやってますか? 友達追加させてください」


 おばちゃんは、しぶしぶ、僕のほうにスマホを向けなおした。悪かったね。僕がイケメンじゃなくて。どうせ、ハタチすぎても女の子に間違えられたことありますよぉー。


 しかし、スマホは便利だ。おばちゃんとラインでグループ作って、娘さんを招待しといてもらった。


 さらには、おばちゃんが、どうしてもっていうから、猛と僕とおばちゃんの三人で写真撮って、載っけといた。


 これで、娘さんを友達追加すれば、二人でナイショ話もできるし。


 思えば出雲で不思議な事件に出会ったころは、僕ら、まだガラケーだったなぁ。猛はいまだにガラケーだけどね。


 これで調査は完了したも同然だ。

 かんたんな依頼だったなぁ。

 猛の特殊能力を使わせることもなかった。

 あとは依頼人さえ気がついてくれれば、万事解決なんだけど。


「よかったねぇ。猛。依頼人に、いい報告ができるね」

 僕は出張費プラス依頼料を手に入れた気分でホクホクなのに、猛はしぶい顔だ。


「報告する必要はないだろ? まだ依頼を受けたわけじゃないんだからな」

「ええっ? なんでぇ?」


「依頼人がストーカーだったら、どうする? 去年の夏、遊びに来たこの子を見かけて、ひとめぼれした。だけど、ちょくせつには接触できないんで、探偵をやとった——とか」

「うう……」


 まあ、そういうのも考えられないことはない。

 じっさい、友貴人さんがスケッチブックの人を見かけたのは、そのときとしか考えられない。


「まあ、ひとめぼれはともかく、ストーカーとはかぎらないだろ? たんに交際申しこみたいだけかもしれない。

 それなら、姓名は明かさず、僕らが立会いのもとで二人が会えるようにセッティングすればいいわけだし。そのあとのことは本人しだい」

「まあな」


 なら、もっと明るい顔しなよ!


「猛。なんか、依頼受けたくない理由でもあるの?」

「勘だよ。どうも、ただの人探しじゃない気がするんだよな。菜代さんの顔、見たろ? あれは似顔絵の人物を知ってるのに隠してる顔だ。息子は探してくれと言い、母親は知らないふりをする……変なんだよな」


 うん。まあ。表からは見えてない因縁がありそう……には思える。


 とにかく、ひとまず、僕らは織恵さんからの連絡待ちだ。とくにやることはなくなった。


「京都に帰ろっか? 織恵さんの大学の友達ってことは、その人も京都にいるんだろうし」

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