その六

第1話 その六 1



 そんなわけで、奈良に向かう。


 特急のなかで、僕らは向かいあわせに席をとる。

 ゆれる列車。

 窓の外を流れていく冬景色。

 京都市内を通りすぎると、ポコポコした低い山に囲まれた田んぼが目立つように。


 ハルカさんはベアのマスコットをつけた赤いキャリーケースを持ってきていた。足元が窮屈きゅうくつなので、猛が言う。


「それ、網棚にあげようか?」

「はい。お願いします」


 うなずいて、猛がキャリーケースに手をかけようとしたとき、ハルカさんが引きとめた。


「あっ、でも、ちょっと待ってください。おばあちゃんに貰ったお守りだけ、身につけておきたいんです」


 ハルカさんはキャリーケースをあけて、十センチくらいの縮緬ちりめんの小袋をとりだした。いかにも手作りの古いお守りだ。


「それ、おばあちゃんが作ってくれたの? 可愛いねぇ」と、僕は言ってみる。


 ほんとは可愛いっていうより、迫力があるって言ったほうがいいかな。桜柄の縮緬は、色あせてくすんでる。


「おばあちゃんが、ひいおばあちゃんから貰ったものだそうです。必ず、わたしを守ってくれるから、いつも身につけてるんだよって言われたけど、学校とかつけていけないじゃないですか。けっこう大きいし」


「そうだよねえ。体育の授業で着替えるとき、絶対、からかわれるよね」

「そうなんです。おばあちゃんに貰った大事なお守りだから、なくしたくなかったし、いつも自宅の机の引き出しに入れてるんです」


「なか、何が入ってるの?」

「さあ? 見たことないですけど、たぶん、護符みたいなものじゃないですか? ひいおばあちゃんは、わたしやおばあちゃんより力の強い巫女だったらしいので、魔除けの護符も自分で書いて作っていたそうですよ」

「そうなんだ。すごいねぇ」


「うちの先祖に、おたまさんって女の人がいて、その人が最初にそういう力を持ったって話ですけどね。おたまさんに匹敵するくらい、ひいおばあちゃんは霊力が強かったそうです」


 猛はハルカさんのキャリーケースを網棚にあげてから、

「おたまさんはなんで、そんな力を持ったの?」


 たずねたが、ハルカさんは首をふった。


「わかりません。おばあちゃんも知らなかったんじゃないかな」


 ひいおばあさんは家から追いだされた過去があるから、以前の暮らしに関係することを、あまり話したがらなかったようだ。なので、おばあさんは、ひいおばあさんから聞いた断片的なことから推測するしかなかったらしい。


 そうこうするうちに、電車とバスを乗りついで、またまた、やってきました。◯◯村。

 まずは陣内さんちに行ってみるべきか?


 ところが、バス停をおりたところで、僕らは思わぬ人に呼びとめられた。獄門島の住職っぽい風貌。バス停の裏にあるお寺の住職さんだ。


「この前の人やないか。おもろいもん見つけましたで。寄ってきまへんか?」


 いや、僕ら、遊んでるヒマないんで……と、僕は思ったが。


「何が見つかったんですか?」という猛の問いに、住職はこう答えた。

「生霊姫神社の神主の系図ですわ」


 えッ! それは見たい!

 僕らは住職の誘いに乗った。



 *



 旅行カバンをさげたまま本堂へあがり、僕らの前には粗茶が置かれる。住職の奥さんが持ってきてくれた。

 住職はどこへやら姿を消している。やがて、やってきたときには、長細い桐の箱を手にしていた。


「じつは私は婿養子でして、昔のことはよう知らんのです。あのあと気になったんで調べてみましたわ。これが蔵のなかから出てきました。なんで、うちにあるんか、わからんのですが」


 僕らの前で桐箱のフタがあけられる。

 なかには巻物が一本。

 想像してたより古くない。


 そういえば、神社じたいが二百年前くらいに、急に建てられたんだっけ。

 系図は、きっと、それよりずっと新しい時代に書かれたんだろう。


「ひろげていいですか?」


 猛が問うと、住職はうなずいた。

 猛は巻物を手にとり、紫色の紐をほどいて、サッとひろげる。

 なるほど。系図だ。墨で書かれた多くの名前と、続柄を示す簡易な線。


「おたまさんだな」


 猛の示す最初の名前は、“たま”と、ひらがなで書かれている。


 僕は気づいた。

「あれ? 名字がない」

「二百年前なら江戸時代だ。百姓なら名字はないよ」

「あっ、そうか」


 そのあと、何人かの女の人の名前が続く。


 たとえば、おたまさんの娘は三人いて、おしなさん、およねさん、おはなさん。

 神主を継いだのは、三女のおはなさんのようだ。


 おはなさんの娘は二人。おきよさんと、おそねさん。

 今度は長女のおきよさんが家業を継いだ。


 うちは女系家族なんですと、ハルカさんが言ってたが、ほんとに女の人の名前ばっかりだ。


 さらに、さきに目を進ませる。

 そして、思わず、僕は声をあげた。


「これ、おかしい!」

「おかしいな」と、猛。


 しかし、ハルカさんは言った。

「おかしくないですよ?」


「えっ? でも、おかしいよ? ここ」


 僕はその場所を指さす。

「ほら、名字が“桜塚”ってなってる!」


 明治になったんだろう。

 五代めから名字が書かれている。だが、その姓は桜塚だ。陣内じゃない。


 ハルカさんは当然のように、うなずいた。

「だって、ひいおばあちゃんの旧姓は、桜塚だったそうですから」


「でも、ハルカさんは“柳瀬”だよね?」

「柳瀬はおじいちゃんの姓です。ひいおばあちゃんは女手ひとつで、おばあちゃんを育てました。それで、おばあちゃんが、おじいちゃんと結婚して、柳瀬になったんです」


 つまり、生霊姫神社のほんとの神主は、桜塚家だったってこと?


 すると、考えこんでいた猛が、こんなことを言いだした。


「なあ? 陣内って、庄屋の名前じゃないか? 大名行列の大名が宿泊してた場所のこと、昔は“本陣”って言ったんだろ?」


 本陣殺人事件!……あっ、すいません。TPO考えずに、しゃしゃりでました。


「本陣はたいてい、その土地の庄屋や地主がになってた。陣内家はもとは庄屋だったんだ。

 それに電車のなかで、ハルカさん、言ったよな。ひいおばあちゃんは霊力の強い巫女だったと。神主と巫女。似て非なるものだ。

 桜塚家は女系家族。代々、女の子が霊力を継ぐ巫女の家系だった。夢のお告げをじっさいにとりおこなってたのは、桜塚家の巫女。

 その力を自分の家の繁栄に役立てるため、独占してたのが、神主の陣内家。神社を建て、桜塚家の暮らしを経済的に援助してた——たぶん、そういうことだろ?」


 なるほどッ! 納得!


「さすが、兄ちゃん!」


 僕が抱きつくと、猛はまんざらでもない顔をした。


「まだあるぞ。ハルカさんは、ひいおばあちゃんの旧姓は“桜塚”だったと言った。ということは、ひいおばあさんは結婚していた。結婚した状態で家から追いだされたんだ。それは婚家から追いだされたってことだ。ひいおばあさんを追いだしたのが、陣内家だとしたら? それなら、神さまが怒って、陣内家を祟るのも理解できる」


 はううっ。スゴイなぁ。猛。

 僕は本気で、わが兄に見ほれた。

 兄ちゃん、カッコイイ……。


「陣内家が元庄屋なら、きっと向こうにも家系図があるはずだ。見せてもらおう」


 そう言って、猛は立ちあがった。

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